第24話 下野正樹 6


「だからさっきからなんなんだよ! 何がしたいんだお前は!」


 古い喫茶店の店内で、思わず正樹まさきが声を荒げてしまう。正樹まさきの目の前には中野拓真なかのたくまと名乗った男が座っており、涼し気な表情で正樹まさきを見ている。なぜこれほど正樹まさきがイラついているのか──


 それは中野なかのの態度や会話内容が、どうにも正樹まさきを煽っているように感じられるからだ。あまりのイラつきにテーブルを両手で叩いて立ち上がってしまったほどである。外で中野なかのに声を掛けられ「まあ少し話すくらいなら」と、喫茶店に入ってしまった数分前の自分を呪ってしまう。


 砂糖を入れた好物であるはずのコーヒーまで不味く感じ、思わず「ちっ」と、舌打ちまでしてしまう程にはイラついていた。とりあえずこの不味いコーヒーを飲み終わったら帰ろうと思うのだが、目の前の中野なかのはじっと正樹まさきを見つめている。


 これほどイラついている正樹まさきだが、実は中野なかのの誘いに乗ったのには「なんとなく」以外にしっかりとした理由がある。それは……


 中野なかの正樹まさきの弟であるまなぶにそっくりだったのだ。少し長い茶髪に色素の薄い切れ長の目。目元の二つ並んだホクロはないが、微妙な差異こそあれ、見れば見るほどそっくりだなと思う。年齢も同じくらいに見え、そんな弟にそっくりな中野なかのを見て興味を抱くのと同時、そういえばまなぶは行方不明だったなと正樹まさきは思い出していた。


 だが、だからといって正樹まさきが弟を心配するかと言われれば、そんなことはない。元から仲が良かった訳でもないし「まあその辺で元気にやっているだろう」程度にしか思わない。


 それよりも今問題なのは、この目の前の男──中野なかのの存在である。中野なかの凛花りんかの事件についてはどうでもいいらしく「リンちゃんの外見と中身、どっちが好きだったんですか?」と訳の分からないことを聞いてくる。


 その上、結局は週刊誌や野次馬と一緒で「ストーカーだったんですよね?」「未練があるんですよね?」とまで言ってきた。だがどうやら中野なかのの話を総合すると、凛花りんかと交際していたような印象を受ける。


 つまり中野なかのが最初に言った通り、週刊誌の人間でも野次馬でもないのだろう。おそらく凛花りんかが殺される前に交際していた男が、素人探偵気取りでやってきたということだ。


 更に中野なかのは、どうしようもなくイラついて落ち着きのなくなった正樹まさきに「そんなに怒らないで下さいよ。僕は下野しものさんを怒らせたくて話してるんじゃないんです」と、ふざけたことを言ってくる。


 それに対して正樹まさきも「だから何が言いたいんだお前は! あれか? 私がやったと言いたいのか!? 残念だが証拠不十分で『私が犯人ではない』という結論だ!」と、おそらく中野なかのが自分を疑っているのであろうことに反論する。


 だが中野なかのは相変わらずの涼しい表情で「ああいや、だから最初から何度も言っていますよ。僕はそんな話をしに来たんじゃないんです」と答えた。どうやら本当に中野なかの凛花りんかの死の真相が知りたいのではなく、正樹まさき凛花りんかを知りたいようだ。


 正直中野なかのが何をしたいのか分からない上に、面倒になった正樹まさきは、凛花りんかの外見がたまらなく好きだったと答えた。すると中野なかのは「やっぱりそうですよね。りんちゃんの日記に『元彼はロリコン系のAVをたくさん持ってた。幼い子に乱暴して殺しちゃうような悪趣味な映画のDVDもたくさん』と、書いてありましたし、そうなんじゃないかなぁと思いまして。別れたのはそれが原因ですよね?」と、またも煽ってきた。


 中野なかのと聞いてきてはいるが、正樹まさきには「お前が殺したんだろう」と、聞こえた。そこからのことはよく覚えていない。頭に血が上って色々と喚き散らした気がするが、気付けば唐突に、唐突な上に抗いようのない眠気に襲われていた。


 そんな急激な眠気に襲われて戸惑う正樹まさきに「ようやく効いて来ましたか」と、中野なかのが不気味に笑う。どうやらコーヒーに睡眠薬を混入されたようだ。そういえば中野なかのが「お砂糖入れますね?」と、勝手に砂糖を入れていたなと正樹まさきが思い出す。


 朦朧とする意識の中、気付けば中野なかのの顔が正樹まさきの目の前にあった。中野なかのはそのまま満足気に口角を上げると、正樹まさきが生前最後に聞くこととなった言葉をゆっくりと紡ぐ。


「ちゃんとリンちゃんの外側の隣に置いてあげますから。伽藍がらんどうの隣に──」


 と。



 ──下野正樹(了)

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