第22話 下野正樹 4


 そうして正樹まさきは四週間もの時間を費やし、群馬県内でのかおりの捜索は空振りに終わる。その間に凛花りんかは殺されてしまったことになるのだが……


 当初警察はあまりの猟奇性から事件を伏せており、正樹まさき凛花りんかの死を知ったのは東京に戻ってからとなる。


 東京へ戻ってきた正樹まさきを待ち受けていたのは、警察の激しい尋問だった。「お前がやったのだろう? 別れたあとも何度も電話をしていたのはなぜだ? 彼女の家の周辺をウロついていただろう? 彼女の家をじっと見つめるお前を見たという証言もある」と、連日尋問は続いた。


 もはや適法だったのか違法だったのかは分からないが、強引な家宅捜索なども行われた。だが出てくるのは正樹まさきの歪んだ性嗜好の情報ばかりで、凛花りんか殺害の決定的な証拠は出てこない。


 捜査上で例の紳士淑女の集いというウェブサイトの存在も明るみにはなったが、そこでの逮捕者は数人。基本的に同ウェブサイトで行われている行為は、特殊な性癖を持つ者同士の合意の上での行為。逮捕者は未成年に手を出した者や、薬物を使用した者。だ。


 正樹まさきかおり、その他の利用者もそのあたりは上手く立ち回っており、ウェブサイト上では罪に問われるようなやり取りをしていない。だが警察は正樹まさきをクロだと決めつけ、強引な捜査を続ける。いや、むしろ正樹まさきと警察は思っていた。なぜならば……


 凛花りんかはあまりにも多くの男性と関係を持っていたからである。その数は百を越え、そのほとんどが凛花りんかの自宅アパートで行為に及んでいた。その上凛花りんかは精神を病んでいたようで、掃除などもほとんど行っていなかった。つまりのだ。


 凛花りんかが関係を持った相手が百を越え──と表現はしたが、これは凛花りんかの部屋に残された日記やSNSのやり取りを調べて分かった人数である。日記には記されていない日付もあり、もしかすれば関係を持った人数は、二百を越えるのかもしれない。実際、遺留物のDNA鑑定では、凄まじい数のDNAが検出されており、もはやどこから捜査していいかも分からないような状態だった。


 そんな中でのストーカー行為を働いていた、幼い容姿に劣情を抱く加虐嗜好の元彼。特殊な性癖の人物が集まるウェブサイトを利用し、凛花りんかが殺害されたと思われる期間に都合よく東京にいなかった男。更には正樹まさきの弟であるまなぶが、凛花りんかという匿名の情報。


 数々の状況証拠が正樹まさきが犯人であると示している。残るは凛花りんか殺害可能期間に、正樹まさきが東京にいたという証拠を見つけるだけ。絶対に正樹まさきが犯人だという考えの元、警察は躍起になって捜査した。だが調べても調べても正樹まさき凛花りんか殺害可能期間に東京にいたという証拠は出てこない。むしろ時間的な問題で、正樹まさきには犯行が不可能だという証拠だけが積み重なっていく。


 ならば何かトリックが──


 いや、やはり弟のまなぶが関わっている──


 違う、紳士淑女の集いで共犯者を──


 そもそも凛花りんか殺害の時期が──


 と、捜査は荒れに荒れた。それもそうだろう。正樹まさき凛花りんかのだ。更に事件はここからよくない方へと転がる。


 被害者である凛花りんかの写真が週刊誌で報じられたのだ。その上凛花りんかの奔放な性生活まで記事にされ、日記の内容や薬物使用疑惑、更には容疑者である正樹まさきの個人情報なども流出した。日記を流出させたのは警察内部の人間であり、世間からの激しいバッシングも巻き起こった。


 週刊誌は事件を伽藍胴殺人事件という名称でセンセーショナルに報じ、世の中は伽藍胴殺人事件の話題で溢れかえる。警察に届けられる情報は日増しに増え、あまりにも多い情報提供や流出の件によるバッシングで、対応する者は疲弊していった。


 そんな状態が一年も続き、正樹まさきはようやく容疑者から外れた。と言っても正樹まさきに対する定期的な監視は続いており、完全に解放されたわけではない。更に正樹まさき凛花りんかを失ったショックや警察の執拗な取り調べ、世間での凛花りんかに対する好奇な目や、晒された自分の個人情報。様々な要因が精神を蝕み、遂には


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