第21話 下野正樹 3


 ストーカー行為を続けていく中で、正樹まさきの精神は確実に壊れていく。周りのことなど考えられず、凛花りんかのことで頭がいっぱいだった。仕事はどうにか続けていたが、あれほどいそしんでいた女遊びは途絶え、とにかく凛花りんかに対するストーカー行為を続けた。


 実はこの時期が正樹まさきの弟、下野学しものまなぶが家出をした時期でもある。実家からも「何か心当たりはないか?」と連絡はきていたのだが……


 正樹まさきまなぶは十二も歳が離れており、そもそもがそれほど仲は良くなかった。そんな状態での家出ということもあり、正樹まさきは「たかが家出だろ」と、実家からの「一緒に探して欲しい」という頼みを軽く聞き流していた。その後、実家の両親は捜索願も提出したのだが、足取りは掴めないまま。


 正直な話、弟などどうでもよかった。正樹まさきにとって凛花りんかより大事なものなどない。だがそんな正樹まさきの目に、更に心を抉る光景が飛び込んでくる。


 凛花りんかがまた男漁りを始めたのだ。連日のように凛花りんかのアパートを訪れる男たち。相手をした数はどんどん増えていき、正樹まさきが数えただけでも百を越える。中には何度か訪れている男もいて、正樹まさきは激しく嫉妬した。どんなに触れたくても触れられない愛した相手が、名も知らぬ無数の男に汚されていく。凛花りんかは自分のものだ。このまま汚されていくのを見るくらいならば、いっそ殺してしまおうか。と、二年間にも及ぶストーカー行為の中で、正樹まさきの心はどす黒いヘドロのような感情に支配されていった。


 どうせ殺すなら、今まで我慢していた凛花りんかをめちゃくちゃに痛めつけるという願望を叶えてしまおうか──


 と、計画を実行するために準備を始めた矢先……


 凛花りんかはあっさり殺されてしまった。仕事からの帰りに行方不明になり、そのまま殺されたようだ。その上凛花りんかはとても酷い状態で死亡が確認された。


 凛花りんかの実家にのだ。心臓や肺、胃や大腸、小腸。田村凛花たむらりんかを構成するが──


 正樹まさきは頭がおかしくなりそうだった。いや、既におかしくなっていたのだろうが、もはや廃人のように何も考えられなくなっていた。もちろん凛花りんかが死んでしまったことによる喪失感だが、それ以上に凛花りんかという願望を叶えることが出来なかったことが大きい。


 正樹まさきは本当に実行しようとしていたのだ。自分のものにならないならば、せめて最後は自分の願望を凛花りんかに刻み込んでやろうと。


 実はこの考えや行動が正樹まさきの逮捕、拘留に至らなかったことに結びつく。凛花りんかからストーカー被害を相談されていた警察は、すぐさま正樹まさきを疑った。だが正樹まさきにはアリバイがあったのだ。凛花りんかの死亡時期はことからはっきりと特定出来ていない。それでもおおよその死亡時期は割り出されたが……


 犯行可能な期間を含む四週間、正樹まさきのだ。


 正樹まさき凛花りんかを殺してしまう前に、もう一人殺したい人物がいた。そう、かおりである。おそらく凛花りんかを殺せばすぐに捕まってしまう。連絡が取れず、どこにいるかも分からないかおりを探し出して殺す時間はないだろうと考えた。


 ならば長年の付き合いで、おおよその居住地区が分かっているかおりを探し出し、先に殺しておかなければならない。なんなら薬でも使って眠らせて監禁し、凛花りんかも攫ってきて同時に殺してしまった方がのではないかと考え、有給を使ってかおりを探していたのだ。


 かおりの居住地区は凛花りんかの出身と同じ群馬県。久しぶりに例のウェブサイト──紳士淑女の集いにログインしてみたところ、おそらくかおりと思われるアカウントがを募集していた痕跡を複数発見した。遡って書き込みを見ると、かおりの書き込みが増えたのは正樹まさき凛花りんかが別れてしばらくしてからだ。


 つまりなんだかんだと体の相性がよかった正樹まさきを切り、新しくパートナーを探し始めたということなのだろう。書き込みは最近まで定期的に続き「可能なら群馬県内がいい」と書かれていて、おそらくかおりはまだ群馬県内にいる。

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