第20話 下野正樹 2

 ── 二〇一〇年、五月


「くそ……なんでだよ凛花りんかぁ……なんで急に別れるなんて……」


 凛花りんかが上京してから六年。正樹まさき凛花りんかが新しく一人暮らしを始めたアパートの部屋を、物陰からじっとりとした視線で覗き見ていた。上京前を含め、実に七年と半年もの間、共に過ごした相手。少し前までは半同棲のように暮らし、愛し合い、正樹まさきにとって最高の姿をしていた凛花りんか


 中身なんてどうでもよかった。過去にどれだけ遊んでいようと関係なかった。圧倒的に幼く美しい凛花りんかを抱けるだけで、正樹まさきは幸せだった。整った容姿の女性を痛めつけたいという加虐嗜好も凛花りんか相手には我慢し、定期的に会うかおりの体や、を見ることで欲望を満たしていた。


 それが突然「私の見た目のせいで変な目で見られちゃうよね。ごめん……」と、電話で別れを切り出された。必死の説得も虚しくそのまま別れることとなり……


 確かに凛花りんかと一緒にいると、援助交際やパパ活だと思われてしまうことが多かったのは事実だ。今現在、凛花りんかが三十歳で正樹まさきは三十三歳。普通に考えれば援助交際やパパ活に見間違えられることなどないはず。なのだが……


 凛花りんかは三十歳になった今なお、十代の女性に見間違えられる程に幼い容姿をしていた。肌の肌理きめも細かく、艶々の黒髪も瑞々しい。その上、圧倒的に整った容姿で周囲の注目を集めてしまう。


 正樹まさきも整った容姿をしているのだが、それでも順調に歳を重ね、年相応かそれより少し上に見える大人の男性へとなっていた。それに加えて仕事が忙しく、ほとんどの日をスーツで過ごしていたために、尚のこと年が上に見えてしまう。仕事終わりにスーツ姿で凛花りんかと居酒屋へ行き、凛花りんかの年齢確認をされるのは毎度のことである。


 だから凛花りんかは別れを切り出したんだ──


 と思うようにしているのだが、実の所、正樹まさきも本当の理由には薄々と気付いていた。それは正樹まさきの家で一緒に過ごしていた日、珍しく凛花りんかに酒を勧められ、飲みすぎて先に眠ってしまった日。


 朝目を覚ますと、凛花りんかの姿は既になかった。なんとなくだが嫌な予感がし、正樹まさきはクローゼットの奥に隠したを確認する。そう、を保管している金庫だ。鍵はシリンダー錠式。鍵のみで開けられる簡単なものだ。


 確認してみたが、金庫の鍵はしまっていた。のだが、金庫の中を触った形跡はある。確実ではないが、おそらく凛花りんかは金庫の中を見たのだ。いや、絶対にそうだと正樹まさきは思う。なぜならば……


 かおりに鍵の場所を知られていたからである。迂闊だったな、と正樹まさきは今更ながらに後悔する。かおりは必ず凛花りんかを不幸にしようと動くと分かっていたはずだ。だが凛花りんかと交際し、七年以上経ってもかおりは動かなかった。「もう凛花りんかなんてどうでもいいから私たちは楽しみましょ?」と、そんな言葉に安心しきっていた。


 かおりのことは凛花りんか不在時に、何度か家に呼んだことがある。その際「正樹まさきがいつも見てるDVDを見ながらしてみたい」と、何度か金庫からDVDを出し、したこともある。いや、むしろ想像以上に興奮し、かおりを家に呼ぶ際は毎回見ながらするようになっていた。当然の如く鍵の場所も知られ、だからといってかおりは既に凛花りんかに興味がないのだと、危機感を持つことはなかった。


 正樹まさき凛花りんかと別れた後で、かおりを問い詰めようと電話をしてみたのだが繋がらず、そのまま関係は途絶えてしまう。その後正樹まさきは心の均衡を保とうと、事実を都合のいいように自分の中で捻じ曲げた。DVDと、およそ二年もの間、凛花りんかに対してストーカー行為を働くこととなる。 

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