白髪の人間と黒髪の吸血鬼

「有栖。貴方に会えてね、本当に良かったと思ってるよ。」

 出会った公園の跡地に、二人はいた。ビルらしき建物が建っていて、璃杏が惹かれたかつての寂しげな様子はない。

「勿論俺もだよ、璃杏。」

 有栖は車椅子を押している。璃杏には、もう歩く力が無い。

 死期を感じ取った璃杏は、最後にここへ訪れたいと言った。有栖は何個も何個も我儘を聞き続けた。でも、これで終わり。


 元旦。あの日から83年。

 身体が冷えないようにとダウンコートを着てマフラーを巻いた璃杏を有栖は車で連れ出した。バイクは今頃中古屋で買った誰かのもの。

「帰ろ。」

「ああ。」

 二人は子を成そうとはしなかった。それは不可能ではなかったが、互いを愛しすぎていた。それに精一杯だった。


 マンションは一度建て替えを経験したが、今でも間取りは変わらなかった。

「ただいま。」

 有栖は璃杏の防寒具を壁に掛ける。抱き上げて、ベッドへ寝かせた。そのまま一緒に並ぶ。

「一つ、言っていなかったことがあるんだ。」

「なあに?」

 いくつになっても、璃杏は有栖と話すことが好きだった。

「吸血鬼は、基本灰になって死ぬ。でも、俺には璃杏がいた。ほら、契約しているだろう?」

 契約をこまめに結びなおさなければいけないのは嘘だと、ついでに明かす。

「その吸血鬼は肉体を残したまま、契約相手と一緒に死ねる。これ以上のエンディングがあるか?」

 横を向く。愛しい人の髪はもうずっと白い。俺は、黒のまま。手櫛を通した。

 璃杏は白くなる色は気に入っていたが、邪魔になると髪を切ろうとした。だが、有栖にはそれがどうしようもなく寂しかった。

「俺が、いつまでも洗ってやろう。」

 そう押しきり、今でも肩の長さでふわふわ揺れる。

 握った手を強く強くとる。返ってくる力は僅かだったが、もう既に有栖は貰いすぎている。変わることは無かった長く骨ばった手は、しわくちゃの白い手を包み込む。

「有栖らしくて、いいね。」

「以前の言葉を撤回しよう。死んでも、一緒だ。」

「…ありがとう。あのね、一個私も言いたい。」


 _私をお姫様にしてくれて、ありがとう_


 翌日、部屋に現れた二人の吸血鬼は、これ以上ない幸せを享受した同胞と、これ以上ない幸せを享受できたであろう人間を見た。手はしっかりと結ばれていた。

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人間の女の子は吸血鬼に噛まれてしまった @onigirimann

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