第31話【エピローグ】

【エピローグ】


 それから一週間後。

 メディアは飽きもせず、ロボットに課せられた疑惑、運用上のミス、整備場の不手際などについて、延々と語っていた。


 すっかり顔なじみになってしまった工学系のコメンテーターが映ったところで、咲良は電源を切った。

 何が悲しくて、同じ話を繰り返すのだろう。


「ウェリンのこともティマのことも、あたしたちが一番よく知ってるのに……」


 しかし、まあいいか。『マスコミへの対応心得』なんて冊子があったが、あの数日間のことを思い出そうとすると吐き気を催してしまうし、そもそも注目を浴びるのは苦手だ。

 そんな咲良は、なんとか自宅に引きこもって沈黙を保っていた。セーフハウスを易々と使うわけにはいかない。


 それでも、ここにいたら情報流出の可能性は上がってしまうわけで。結局、どっちもどっちなのだろう。

 セーフハウスの鍵を弄びながら、咲良はソファに横たわっていた。


 室内で、ピピッという電子音が響いた。

 電子音の種類からして、これは警察の職務に関することであるようだ。


 咲良は急いで姿勢を正し、通話ボタンを押し込んだ。


「こちら咲良蓮・警部補。羽場光敏・警視でいらっしゃいますか?」

「そうだ。こんな昼日中にすまない。実は、明日行われる犠牲者追悼式典のことで――」

「あたしは出席を控えます」


 せっかく連絡をくれた羽場には申し訳ないが、とても他人、それも同じ立場の人間と顔を合わせたくはなかった。

 そこをなんとかしてくれ、と羽場は言う。――と思ったのだが。


「奇遇だな。俺も式典には出席しないつもりだった」

「え?」

「代わりに、桐生巡査部長に幽琳博士。この二人を誘って、四人で海にでも行こうと思う。どうかね?」

「あ、あの、海で何を……?」

「まあ、軽装で来てくれ。桐生くんが集めてくれているのでね」

「集めるって、何をです?」

「いいか? 明日だ。明日の、あー、午前九時に、例の窓口にでも来てもらおうか。頼んだ」


 ちょ、ちょっと――と言いかけた時には、既に通信端末は通話が切れていた。


         ※


 そして翌日。咲良は久しぶりに陽光の下へと足を踏み出した。サングラスでも買っておけばよかったか。

 例の窓口とは、ジンロウ部隊員のみが把握している都内某所のことだ。どうしても、こんなビルの隙間を歩いていると、一週間前の戦闘が思い起こされてしまう。


 自分たちは懲罰なしで普通の任務をこなしていられるが、きっと羽場が上手く根回ししておいてくれたからだろう。でなければ、裁判抜きで身柄を延々拘束される可能性だってあっただろう。と、咲良は推測している。


 咲良が例の窓口に到着した時には、桐生と幽琳は既に到着していた。ビルの陰に入って、狙撃や急襲に備えているように見える。まあ、自分でもそうしただろうが。


 さっと手を上げて二、三回瞬きをすると、二人共咲良の存在に気がついた。


「まったく暑いわねぇ。こんな日に呼び出すなんて、羽場さんって何を考えて――あれ? 咲良?」


 咲良は足を止めていた。いや、勝手に足が止まってしまった。

 先輩としてフォローしなければ。咲良は桐生の下へと足を向けた。


「大丈夫、桐生くん?」

「僕ですか」

「ええ」

「自分でも分かりませんよ。もう、何が何だか」


 もし明るいところで桐生の顔を見つめていたら、咲良でさえも一歩引いていただろう。

 それほどにまで、桐生は心身共に衰弱していた。顔を歪めることさえ必死の様子だ。


 幽琳に、桐生を励ましてやってくれと頼もうとした矢先、軽いクラクションが三人の鼓膜を震わせた。


「すまない、待たせたな。後部座席に乗ってくれ」


         ※


 海岸沿いを走る、やや旧式の燃料電池式の乗用車。外観も内装も見回してみたが、警察組織のそれらしさが伝わってこない。完全に羽場の個人的な自家用車なのだろう。


 咲良は迷っていた。

 確か羽場は、桐生が何かを集めていると言った。いったい何を? 興味関心というよりは、義務感ゆえに、咲良は桐生の内面に踏み込む覚悟が必要なのだと思った。


「桐生くん、さっきから膝に抱いている小さな壺だけど、それは――」

「一週間前の現場で回収された、ティマの部品……遺灰です」


 ああ、尋ねるべきではなかった。

 咲良は頭を抱え込みそうになった。だが、きっと遅かれ早かれ、誰かが尋ねるべき用件だったのだ。その舞台に立たされたのが、たまたま咲良だった。


 そう、偶然なのだ。そうとでも自分に言い聞かせなければ、今度は自分が精神的に参ってしまう。

 軽く肩を上下させていると、誰かに後頭部を叩かれた。


「咲良、大丈夫か?」

「羽場さん……」

「これから散骨する。辛ければお前はここで待機していてもいいんだぞ」

「……」


 正直、救われたと思った。と同時に、そう思った自分のことを、咲良は醜いと思った。

 ティマのことをあれほど大切にしていた、桐生のことを思えば。


 結局咲良は、岸壁から壺の中身を空けていく桐生の背中を見るに留まった。

 悲しいのか辛いのか、それ以外の何かなのか。よく分からない感情だったが、一つ言えるのは、ティマの最期を直視した桐生もまた、同じような気持ちだったのだろうということだ。

 それこそ、涙すら流せないほどの大きな絶望に囚われて。


「ねえ」


 誰かが歩み寄ってくるのを察した咲良は、無造作に声をかけた。


「どうしたの、咲良?」


 この声は、幽琳か。彼女の前でなら、多少は感情の発露があるかもしれない。

 しかし、問いかけたのは全く意味の異なる事柄だった。


「あの子は……ティマは幸せだった、のかな……?」

「そりゃあそうでしょうよ」


 あまりの即答ぶりに、咲良ははっとして顔を上げた。

 あんなに過酷な戦いを強いられたティマが、幸せだった、と?


「咲良、あなたの悪い癖だわ。自分の中で答えが出ているのに、わざわざ他人に尋ねるのは」

「……ごめん」

「いいわよ、別に。でも、あなたは予想していたんでしょう? ティマが不遇な生き方をせざるを得なかった、ってことに。だから頭の中では、私に反論しようと必死になっている」


 違うの? ――そう言われ、咲良は幽琳の洞察力に感服せざるを得なかった。


「人は生きて、死んでいく。それがロボットにも言えることになった。不思議じゃないわよ、これだけ人類の文明が花開いてしまったらね」


 それだけ言うと、幽琳は咲良の肩を軽く叩いて、羽場の車へと戻っていった。


 幽琳は、人類の文明が花開くことで、ロボットにまで『生きる』『死ぬ』という概念が生まれたと言いたいのだろう。

 もしかしたらそれは、返す波となって人類文明の崩壊を招くのではないか。

 

 そんな予想、いや、妄想は、咲良本人にすら意外に思えるほど、彼女の胃袋にどっしりと乗りかかってきた。


「咲良さん」


 再び誰かが声をかけてくる。考えるまでもない、桐生だ。


「ねえ、桐生くん」

「はい」

「……」


 少し甘えさせてもらえないかな。

 そう言おうと思っていた。しかし、言葉にするより先に、咲良の身体は動いていた。


 桐生に両腕を伸ばし、強く強く抱きしめるように。


 THE END

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

愛なき少女はプラネタリウムの夢をみるか? 岩井喬 @i1g37310

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画