第42話
【アンダーガイア】の〝ベース〟がある前にまで十束が戻ると、そこには待ち構えていたように、井狩たちが立っていた。
そして、一人の人物が勢いよく駆け出してきて、その勢いのまま十束の胸に飛び込んできたのである。
「っ……いきなり飛びつくは危ないから止めてくれ――綿本さん」
彼女は、「ごめんなさい」と口にするも、それでもまだしがみついたままだった。
「良かったぁ……本当に無事で……良かったですぅ……っ」
涙ながらに言う彼女の頭を、優しくポンポンと叩く。
綿本にとっては、十束は命の恩人であり、最も心許せる存在でもある。両親がいない今、彼女にとっては失いたくない人物。
だからこそ、こうして無事に戻ってきたことが嬉しかったのだろう。人目も憚らずに全身全霊で喜びを表現してしまっているのだ。
そこへ井狩たちが遠慮がちではあるが近づいてきた。
十束が、そっと綿本の肩を叩くと、彼女も満足したのか、若干紅潮した表情のまま離れてくれた。
「怪我は……ないようだね。良かった……。それで、オーガは?」
井狩さんの問いに正直に答えるべきかどうか一瞬躊躇したが……。
「完全討伐は……できませんでした」
実際のところ、嘘でもないのだ。
モンスターは、討伐したとしても時間が経つと再びリスポーンするからだ。それはダンジョンボスやフィールドボスだとしても例外ではない。
いわゆるストーリーに関わるイベントボスなどならば唯一であり、討伐すれば二度と出現しない設定にはされている。
だからフィールドボスのカテゴリーでもあるオーガもまた、一応討伐はしたが、時間が経つと再度復活して闊歩し始めるのだ。
故に、簡単には倒したとは言えない。何故なら、どうせまた現れるからである。
だから〝完全〟討伐はできていないと口にした。
「そうか……いや、君が無事で何よりだ。オーガに関しては、あれはもう自然災害みたいなものだからね。今後も皆で注意を払って探索に勤めよう。けれど、これだけは言わせてほしい」
井狩が十束の手を取って、ギュッと力強く握ってきた。
「君のお蔭で、大勢の仲間を助けることができた。本当に……ありがとう」
彼の後ろに立っている及川や鈴村たちも、同様に礼を言ってきた。真正面から大勢に礼を言われると、あまり慣れていないこともあり照れ臭い。
こっちもあの状況を利用した部分もあって、素直に礼を受け取るのは申し訳ない気もした。
それからまるで英雄扱いで、十束は〝ベース〟の中に入ると、次々といろんな人から感謝され、その度に愛想笑いを浮かべていたので、さすがに気疲れてしまい、一人になれるところへと向かった。
そこは以前、井狩に連れてきてもらった夕日が見える場所。
タイミングが良く、時間帯はもうすぐあの時に見た美しい光景が広がる瞬間だった。
「――――綺麗ですね」
不意に後ろから聞こえてきた声に振り向くと、そこに綿本が立っていた。
「おいおい、まさか一人で来ちまったのか?」
「いえ、途中まで護衛の人と一緒に」
「そっか……ん? それは?」
綿本が何かを持っていることに気づき、それに視線が釘付けになる。それはラップに包まれているおにぎりだった。
「ほら、言ってたじゃないですか、帰ったら美味しいものを食べさせてほしいって」
「はは、それがおにぎりだって?」
「はい! 咲山さんのために、一生懸命握っちゃいました!」
満面の笑み。やはり女の子は泣いているより笑っている方が良いと実感する。
「愛情込めて?」
「ふぇ!? え、えと……そ、そうです! あ、あ、愛情を込めてですぅ!」
「そんな真っ赤になって言わなくても。冗談だぞ?」
「も、もう! 咲山さんってば!」
「はは、悪い悪い。じゃあそれ、もらえるか?」
彼女からおにぎりを受け取り、地平線に沈んでいく夕日を見ながら頬張る。
「……んぉ? 鳥マヨ? 美味いじゃんこれ」
中には焼いた鶏肉をマヨネーズと和えたものが入っていた。柔らかい鶏肉と、マヨネーズのまろやかなコクが絶妙にマッチしている。これなら何個でもいけそうだ。
見れば、隣で綿本も同じおにぎりを口にしていた。
「本当に綺麗ですね。日本が……世界が終わりかけているなんて、とても思えないです」
「……そうだな。でも俺たちは、これからも終わりに抗っていかないといけない。死にたくねえならな」
「…………咲山さんは、死なないでくださいね。いなく……ならないでくださいね」
今にも消えそうなほど儚い声で、縋るように綿本がそう言ってきた。
「……まだまだ死にたくはねえな。それに……お前の命を助けたのは俺だ。その命を放置していなくなくようなこともしねえよ……多分?」
「も、もう! そこは絶対って言ってくださいよぉ!」
「ははは、悪い悪い。でも……この光景をまた見たい。何度でも、な」
それは偽らざる本心だった。これほど静かで、穏やかで、心温まる時間は大事にしたい。
そのためならば多少危険だったとしても、その壁を乗り越えるために尽力しようと思う。
十束には、この【ブレイブ・ビリオン】の知識が豊富にある。今後も、それらを十全に活用して自由に生きていきたい。
(裏技とバグを知り尽くす俺は、きっとこの世界では最強の攻略者になるだろうしな)
そんなゲーム開発者としての知識で、今後も無敵ライフを送っていこうと思っている。
「さて、次はどう動こうかな」
夕色に彩られた空を眺めながら、十束は未来を見据え、残りのおにぎりを口の中に放り投げた。
ブラック企業のゲーム開発者は最強攻略者 ~裏技とバグを知り尽くしているからね~ 十本スイ @to-moto
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