第41話

(これで俺に集中してくれるだろう)


 このまま無視されて綿本たちを追うという選択肢を省かせることに成功した。

 オーガは低く喉を鳴らしながら、十束に向かって金棒を振り回してくる。だが、十束はしっかりとかわしていく。


(うん、やっぱりゲームと同じ行動パターンだな)


 敵にはそれぞれ攻撃パターンというものが存在する。大きく分けると、弱攻撃、強攻撃、特殊攻撃だ。

 特殊攻撃に関しては、モンスター各々によって多種多様なのでとりあえず置いておく。  


 オーガの弱攻撃パターンは、金棒を縦に振るか横に振るか、それだけ。しかも軽く振りかぶってくれるので読みやすい。そこを見極めることができれば、回避は造作もないのである。

 ただ、厄介なのは強攻撃だ。


(……そろそろ、か?)


 攻撃を避け続けていると、突然オーガの目が赤く光った。


(――来るか!)


 直後、オーガが腰を低くすると、金棒を両手で持ちジャイアントスイングのように大きく回転させ始めた。

 その前に、十束は踵を返して、かなりの距離を取っておくことに成功する。


 オーガの周囲にあった瓦礫や草木などは、まるで台風が直撃したかのように弾け飛んでしまう。

 これがオーガの強攻撃であり、範囲攻撃でもある。距離の取り方を間違えれば、大ダメージを受けてしまうのだ。


 だが攻撃の強度が高いということは、その反動も強いということで……。


(よしっ、奴の身体が硬直した! 今だな!)


 攻撃の終わり、そこが狙い目。大抵のモンスターは、強烈な攻撃の後には隙が生まれる。そこを突くことが攻略の近道なのである。

 それを前もって知識として知っている十束にとっては、慎重に行動すれば無傷で攻略することだってできるのだ。


 硬直しているオーガに即座に接近し、その腹部を刀で斬りつけた。


「グガァッ!?」


 裂傷が走り、紫色の血液が散る。数回、斬撃を放つものの、その刃は内臓にすら到達できていない。


(くっ、やっぱり防御力が高いか!)


 血は出ているし、ダメージも入ってはいるが、ボス級を初期武器で倒すには、さすがに時間がかかりそうだ。

 硬直が解けて動き始めるオーガから距離を取る。


(さすがにこれを繰り返して倒すには、こっちが先にダウンしそうだ)


 ゲームならば、どれだけ動こうとダメージを受けない限り体力が減ることはないが、現実では違う。激しい動きをすれば疲労も蓄積するし、動きだって鈍くなっていく。


 今の攻撃の感触からして、倒し切るには百ターンくらいしなければならないだろう。さすがにそこまで体力がもつとは思えない。

 それにオーガには、低レベルではあるが再生能力もあるのだ。故に、下手に休むわけにはいかない。


 だからこそ、基本的にこういうボス級相手には、相手に休ませる暇も与えないように、多くの仲間で連携して連撃を繰り出すのが倒すコツなのである。

 しかしここには十束一人。倒すには、相応の攻略法が必要になってくる。


(やっぱ、〝アレ〟を使うしかねえか)


 十束は、視線をできるだけオーガに向けながら、素早く《袋》からお目当てのモノを取り出した。


 その手に現れたのは――――一本の針。


 針といっても、その長さは一メートル以上はあり、太さも握り手の部分は直径五センチメートルほどだ。


(――《鬼殺しの針》。コイツなら、オーガにも大ダメージを与えられる!)


 この武器は、先日再度訪れた【隠遁の館】で購入しておいたものだ。当然、オーガ対策のためにである。実際、神出鬼没のオーガと遭遇する危険も考慮していたので、早めに手に入れておこうと思ったのだ。まさかこんなにも早く使うことになるとは思わなかったが。


(本来は『針の勇者』しか使いこなせない代物だけど、俺には関係ねえしな)


 それが『界の勇者』の真骨頂だ。どのような武器ですら、その潜在能力を十全に発揮させることが可能。

 オーガが、弱攻撃を何度か繰り出してきて、それを十束は見事に回避していくと、またも奴の瞳が赤く輝いた。強攻撃の前触れである。


 すぐに距離を取り、奴の強攻撃が終わるのを待ち、その身体が硬直した瞬間に、一気に間を詰める。

 そして、その勢いのままに《鬼殺しの針》を、奴の腹部に突き刺してやった。


「グギャガァァァァッ!?」


 先ほどの攻撃とは明らかに違い、その激痛に顔を歪め悲鳴を上げるオーガ。

 これならいけると踏み、何度も針で突き刺す……が。


 ――パキィィィンッ!


 突然、針は音を立てて砕け散ってしまう。


「くっ、もう壊れちまったか!?」


 その直後、オーガが金棒を振りかぶり、十束に向かって攻撃を繰り出してきた。


「ヤッバ――ッ!?」


 地面を砕くほどの強力な一撃が、十束を捉えた……かに見えたが。


(っ……あっぶねぇ!)


 紙一重で、《自在界入》を発動させ、金棒をすり抜けていた。

 命中させたと思ったのか、困惑しているオーガを尻目に、十束はそのまま距離を取る。


「ふぅ……今のはギリギリだったな」


 あと少しでも発動が遅れていれば、今頃潰れたトマトのようになっていたことだろう。

 本当にこのスキルは便利だ。だから、わざわざ危険を冒して、相手の攻撃後に的を絞らなくても、この《自在界入》を使えば、効率的にダメージを与えられると思うだろう。


 確かに相手の攻撃の間だけ別空間に逃げ、こちらの攻撃の瞬間にだけ元の空間に戻れば、安全にダメージは与えられる。しかし、それは数ターンで倒せる相手に限る。 


 オーガのように討伐に長時間かかる相手には、逆に自分の首を絞めることになりかねないのだ。何せ、BPだって無限ではないのだ。使う度に消費するのだから、そこを蔑ろにしてしまえば、先ほどのような本当に必要な時に使えず即死なんてこともある。

 だから便利だからといって、安易に乱発していいものではない。


(にしても、やっぱ《鬼殺しの針》は耐久度が低いな)


 武器にはそれぞれ耐久度が存在する。その値を越えてしまえば、当然壊れてしまうのだ。


 とりわけ、《鬼殺しの針》の耐久度は、武器の中でもかなり低いのである。ゴブリンのような小鬼程度ならば、五十体倒しても耐えてくれるが、防御力の高いボス級相手では、僅か数発程度で今のようになってしまう。


 それでも大分ダメージを与えたことには変わらないし、それに……。

 十束が再度を開き、その中から取り出したのは――《鬼殺しの針》だった。


「買い溜めしといて成功だったな」


 オーガ相手では一本では心許ないことも熟知していたので、事前に買えるだけ買っておいたのである。

 十束は再び《鬼殺しの針》を装備し、攻略パターンに従って攻撃を繰り返していく。


 そうして、何度目かの攻撃が終わった直後のことだ。


「グググググググググゥゥゥゥッ!」


 突如、オーガが身体を震わせながら唸り声を上げ始めたと思ったら、その身体が赤く変色したのである。


(これが出たってことは、大詰めってことだな)


 ボスには、与えたダメージによって攻撃パターンが変わったり、見た目やステータスが変化したりする存在がいる。

 このオーガもまた、体力が残り一割を切ると、身体が赤く染まり攻撃力と防御力が増し、攻撃パターンも変化するのだ。


 こうなれば、弱攻撃ですら強攻撃に匹敵するほどの威力を発揮するため、容易に当たるわけにはいかない。

 また、金棒での連撃を繰り出してくるため、その見極めも必要になってくる。


 しかし、そのパターンもすべて十束の頭の中に入っていた。


(けど、そろそろ俺も疲れてきた。……! そうだ、いいこと思いついたぞ!)


 ある方法を考え付き、思わず頬が緩む。

 十束は、《袋》からすべての《鬼殺しの針》を取り出し腕に抱えた。


「そろそろ決着つけようぜ、鬼さんよ」


 オーガが、大股で突っ込んでくると、そのまま十束に向かって、金棒での凄まじい一撃を繰り出してきた。

 金棒は地面を抉り、地震すら周囲に引き起こす。ただ、金棒の下には十束の姿はない、


 十束は――――空にいた。


 オーガの攻撃が当たる前に、十束は《自在界入》を行使し、傍にある空間と、頭上の空間を繋げ、そこを通過し、一種のテレポーテーションを行ったのである。

 空から滑空する十束は、眼下でキョロキョロとしているオーガに向かって、束になっている《鬼殺しの針》の先端を向ける。


 そして、またも《自在界入》を使用すると、複数の針が徐々に一体化していき、一本の巨大な針へと姿を変えた。これですべての準備は整った。


「おーい! こっちだぞーっ!」


 空からの十束の声を受け、当然のようにオーガが空を仰ぐ。

 その瞬間、十束とともに落下してきた巨大な針が、オーガの顔面を貫いた。


 重力を乗せた一撃は凄まじかったようで、オーガの頭蓋をあっさりと貫通し、そのまま体内まで沈み込んだ。

 十束は、体勢を崩しながらも、オーガの身体を緩衝材にして、そのまま流れるように地面に着地した。


「……っつぅ……痛てて……! おっと、オーガは?」


 着地の際に打った腰を撫でながら、目前に立っているオーガを見やる。


 すると、そこには脳天から針に串刺しになったオーガがいた。

 断末魔の声すら上げず、ただジッと佇んでいるオーガの身体が、徐々に泡になって消えていく。


 その場からオーガが消えた直後、レベルアップの音がファンファーレのように聞こえた。

 どうやら、何とか倒せたようで、思わず仰向けになり大きく息を吐き出した。


「あぁ~、しんどかったぁぁぁ~! けど……やってやったぞコラァァァッ!」


 見事自分一人で、ボス級を倒せた事実に嬉々となる。

 しかし、さすがに疲れた十束であった。




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