第3話 部活動

 お昼休みを告げるチャイムが鳴り、各々が思い思いの所へと動き出す。

「ゆーり!」

「わっ!?」

 座りっぱなしで固くなった身体を伸ばそうと立ち上がろうとすると後ろから抱き着かれてバランスを崩すが、何とか持ちこたえる。

「ちょっと舞、危ないよ」

 振り向くと、由利の友人、桜井 舞がイタズラな笑みを浮かべていた。彼女とは中学以来の付き合いで、性格は天真爛漫、悩みなんて動いていれば大体吹っ切れる、なんて言い出すなんとも元気な(あるいは脳筋)少女だ。

「ごめんごめん。お昼食べよ?」

 そう言って近くの椅子を引っ張り、一つの机に互いのお弁当を広げる。

「ねぇ由利、ちょっと相談なんだけどさぁ」

「え、なにいきなり。まだ一口も食べてないんだけど?」

 あまりに早い切り出しに、思わずツッコむ。もう少しゆっくりしても良いと思うのだが。

「少しの間でいいからさ、陸上部の手伝いお願いできない?」

「なにかあったの?」

 手を合わせて頭を下げてくる舞。彼女は陸上部に所属しているのだが、わざわざこんな風に頼んでくるなんて何があったのだろうか。

「実はさ、マネージャーの子が入院しちゃって......。それで戻ってくるまで手伝ってほしいなぁって」

 思っていたより大変なことになっていたようだ。

 由利はどこの部活にも所属していないし、手伝うこと自体は問題ないのだが。

「手伝うって言っても私にできる事、そんなにあるかな」

「大丈夫、ほんとにちょっとした手伝いだから。記録とか、掃除とか」

 確かにそれなら由利でもできそうな事だ。流石に手伝いにそこまで難しいこともさせないだろうということ。

「うーん、まぁそれなら」

「ありがとう! さっすが由利!」

 由利の手を握ってブンブンと上下させる。オーバーなリアクションにちょっと肩が痛い。

「あ、あはは......。詳しい話は後にして、とりあえずお昼にしよっか?」

 困った笑いでようやく解放されて昼食となった。


―――――


 放課後、由利は一人で陸上部の待つグラウンドへ向かっていた。当の舞は着替えと他の部員への由利の説明の為に先に教室を飛び出していた。

(やっぱり元気だなぁ舞って)

 若干の呆れの混ざったような尊敬。他の友達や陸上部員曰く嵐みたいなんて言われている理由もよく分かる。

 比較的内気な由利にとっては少し憧れがあったりするが、流石にあそこまではなれないなと諦めてたりもする。そもそも、天真爛漫、明朗快活な自分というのが想像できない。

 自分は自分のままでいいや。趣味にしても性格にしても。それが自分らしさであり、無理に変えるものでもないだろうというのが由利の行きつく結論なのだ。

「仁見さん」

 靴を履き替え玄関を出ると、後ろから凛とした声。

「五月雨さん?」

「どこかに用事でもあるの?」

 玄関を出てすぐだというのにそんな疑問を投げかけてきたのは、由利が出てあるグラウンドや別棟のある左の方にに歩き出したからだろう。

 部活を始め、何かしらの様が無ければ駐輪場と校門のある右に進むわけだ。

「部活、入ってなかったと思ったけど」

 そう言う有紀もどこの部活にも所属していない。とはいえ、本人の意図とは関係なく目立つこと、そして彼女を知る同じ中学の人から広がる運動神経の良さ。そのせいで入学当初から色々な部活から声はか掛けられていたのだが。

「実は友達に頼まれて、しばらく陸上部の手伝いをすることになったんですよ」

「陸上部......」

 もちろん、当時陸上部からも声を掛けられていた。その時は何と言って断ったのだろうか。

 少し悩むように口元に手を当て俯いていた有紀だが、ゆっくりと由利に視線を合わせた。

「その友達って桜井さん?」

「そうですよ。知ってるんですか?」

 クラスメイトだし知らないという事は無いだろうが、二人に面識があるとは思えない。

「まぁ、多少は」

 おそらくクラスメイトとして知っているくらいの所だろう。舞の口かもも有紀の話が出たこともほぼ無かったし、間違いないだろう。

「陸上部......なるほどね」

 再び何か考えるように視線を逸らしボソボソと言葉を発している有紀。表情こそ変わっていないものの、意外と忙しない様子に由利は少しだけ苦笑い。

「ごめんなさいね、引き留めて」

「あ、いえ。大丈夫ですよ。それじゃあまた明日」

 軽く頭を下げて歩き出すと、反対側に進むであろうはずの有紀が何故か由利の後についていた。

「え、と......五月雨さんも部活入ってないですよね?」

「ええ、そうね」

 ならどうして気がつけば由利の隣を歩いているのだろう。別棟に用事だろうか。それとも運動部の誰かに用事だろうか。

 とはいえ、由利の知る限り有紀に運動部に親しい友人はいない。というかそもそも友人が少ないのだ。なんで有紀の友好関係を知っているかと言われれば趣味のストーカー、いや人間観察の賜物だ。特に有紀には目をつけているから尚更だ。

 特に会話も無いまま歩き続け、どこかで別れることも無く結局陸上部の部室まで来てしまった。

「失礼します」

 ノックとあいさつの後にドアを開けると、賑わっていた部員の目が一斉にこちらを向き、一瞬で静まり返った。

(もしかしタイミングが悪かった......?)

 そう思った次の瞬間、ほぼ悲鳴と言っていい歓声が由利の耳をつんざいた。

「五月雨さん! ついに入部してくれるの?!」

「五月雨先輩! 握手してくださーい!」

 その理由は隣の有紀。無理もない、今までどこの部活からアプローチにも応じなかった彼女が、こうして部室まで来たのだから。

 もっとも、歓声の中には入部の喜びではなく、ただの一ファンの声も混じっているようだが。

「ちょっと。どうやって五月雨さん連れてきたの?」

 祭りの会場かの如く騒がしくなった中、舞が立ち尽くしている由利に小声で聞いた。

「いや、別に私は何もしてないんだけど......」

「でも五月雨さんてどこの部活の勧誘も断ってたんだよ?」

「そう言われても、たまたま玄関で会ってここに来ただけだし......」

 別に由利が勧誘したわけでも無いし、元々どこかで興味があったんじゃないか、くらいにしか言ってみようがない。

「でも、良いんじゃないかな? みんな歓迎......というか熱狂というか......悪い事にはなってないみたいだし」

 部員に囲まれ、少し戸惑った様子の有紀には申し訳ないが、少なくともこの場にいる多数にとっても好ましい状況ではあるようだし、由利は見守ることにした。

「まぁ、それもそっか」

 聞きはしたものの、気にはなれど理由はどうでもいいのだろう。ニッと一笑いし、喧騒には加わらず自分の準備に戻っていった。

(そういえば、舞って五月雨さんに靡かないよなぁ)

 舞の背中を眺めてそんなことを思いながら、喧騒が収まるまで由利は出入り口でただただぼうっと立ち尽くしていた。

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妄想性恋愛症候群 マッキロンα @makinokku

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