第2話「そんなに意外かしら」
「五月雨さんも冗談とか言うんですね」
活気に賑わう日曜日の商店街。のんびりとした口調が喧騒の一部へ溶け込んでいく。
「そんなに意外かしら」
不服そうでも不思議そうでもなく、ただ淡々とした様子で由利の言葉に返す有紀。
「そうですね。真面目そうというか、あんまりそういう柔らかい会話しなそうだなぁって......。あ! 違いますよ?! 冷たそうとかそういう意味じゃなくて......」
自分の口にしたことの意味にハッとなり慌てて訂正するが、当の有紀は特に気にした様子も無く、いつも通りの表情。
「別にいいわ。そういう風に思われてるのは何となく分かってるし」
実際、多くの生徒は有紀に対してそうイメージを持っている。だがそのイメージが外見と合わさり、彼女のクールビューティさを増し、憧れや恋心を生んでしまうのだろう。
「でも、そういう所も含めて五月雨さんのこともっと知りたい人は沢山いると思いますよ」
「......それは、仁見さんも?」
「もちろんです」
好きな食べ物、好きな店。なんでもその人の事を知りたいなんて恋する乙女以外の何でもないが、残念ながらこの仁見 由利という少女、恋する乙女とは程遠い生き物である。
「いろんな人のいろんなこと知りたいですから」
人の恋路を眺めるにしろ妄想するにしろ、その当人らの解像度が高ければより一層楽しめるというもの。自分の為ではあるが、自分の為では無い。恋の為では無く趣味の為。
「それにしても、アレは誰だって驚きますよ。人によっては怒っちゃうかもしれませんけど」
―――――
「......冗談よ」
「へ?」
わずかに茜の差し始めた資料室に間の抜けた声が響く。
「今週の日曜、買い物に付き合ってほしいの」
「買い物......ですか?」
告白かと思ったら、そういう意味での付き合ってほしい。これは言葉足らずにも程があるというもの。
とはいえ、由利が最初に捉えた意味もそういったものであったので、結局のところ有紀の言葉を由利は正しく受け取っていたということらしい。
「えっと、日曜日ですか。それなら大丈夫ですよ」
先ほどまでの狼狽えぶりはどこへやら。呆けた様子は抜けきっていないが約束をあっさりと了承した。
そこからあれよあれよと日曜の集合場所と時間が決まり、連絡先を交換した。
「ありがとう。それじゃ日曜に」
有紀は短くそう言い残し、資料室を出ていった。
「......え?」
ボーっと立ち尽くしながら、改めて今この資料室で起きたことを整理したら、思わず声が漏れた。
冗談かと思ったら本気、と見せかけての冗談。そして最終的には連絡先を交換し、多くの生徒が泣いて羨むであろうデートの約束が決まる。最後に関しては由利からしてみれば何の深い意味も無いただの買い物でしかないのだろうが。
―――――
由利だから良かったものの、有紀を想う他の生徒にこんな冗談を食らわせたら、それこそ冗談では済まないだろう。最後まで会話になれば連絡先とデートの約束を手に入れられるとはいえ、流石に気の毒というものだ。
「......そうね。冗談で言うような事じゃなかったわね」
自覚はあるらしく、ほんの少しだけ俯き目を伏せるが、マスクのせいで由利からはその表情までは読み取れない。
「他の方には気をつけてくださいね」
恋愛感情が無いとはいえ、中々でる言葉では無いだろう。一種の聖人的とも言えるが、由利の場合はただの変わり者な答え。
「そうするわ。ところで仁見さん。買い物の前に何か食べない?」
「いいですね。どこかありますか?」
ここは最寄りから二駅離れた街。たまに来る程度の由利にとって土地勘はほぼ無く、そう返す他ない。
「そこよ。気に入っている喫茶店なの」
タイミングを見計らっていたかのように口にしながら、指差した先にあったのはレトロな小さい喫茶店。
個人経営店であろうそれ特有の初見で入るには少し勇気が必要な雰囲気はあるものの、知ってる人が一緒に入ってくれるなら何も心配は無いだろう。
―――――
「素敵なお店知ってるんですね」
木目調で古風な落ち着いた内装。小さな店ではあるが休日なだけあってテーブルもカウンターもほぼ埋まっている。この辺りでは有名な店なのかもしれない。
(やっぱり綺麗な人って違うなぁ)
学生が入るには少し背伸びしたような空間ではあるが、由利と同い年のはずなのに有紀はしっかりと雰囲気と一致し絵になっている。
「ありがとう。ここのコーヒーとプレート好きなの」
「オススメなら私も同じものでお願いします。あ、でもコーヒーだけカフェオレに」
知らない店なら知っている人のオススメが一番。とはいえ、飲めないものは飲めないわけで。席について早々に注文を店員に伝える。
「そういえば五月雨さん、少し気になったんですけど……」
「なに?」
「もしかして、体調悪かったりします? あ、それとも花粉症とか?」
隣ではなく、改めて向かい合って由利は会ってから疑問を投げかけた。
「どっちでもないけど……。ああ、マスクしてるから?」
感づいてマスクを外す有紀に頷く由利。
「これはね、あまり知り合いに見られたくないから。ナンパ除けにもなりそうだし」
ああ、と納得した。通りでマスクだけでなくかけているのを見たことがない眼鏡に帽子まで被っているわけだ。よく考えると服も体のラインが出ない上に中性的な服装だ。
とはいえ後述の方はどうだろう。そもそも美人はよっぽどの物を着ない限り美人なわけで、あまり効果は期待出来ない気もする。
「見られたくないんですか?」
「自分で言いたくないけど、私そこそこモテるらしいから。そういう人に話しかけられるの苦手でね」
要は押し気味な話されるのが苦手なのだろう。というか、モテてる自覚があることに驚きだった。てっきり無関心で知らないものかと思っていた。
「五月雨さんにも苦手なものとかあるんですね」
「当たり前。私だって人間だもの」
由利にとって初めての有紀の笑顔だった。普段の彼女からはあまり想像出来ない柔らかな表情。
きっと由利以外なら、これだけで恋に落ちてしまいそうな程。
「ふふ、そうですよね」
だが残念ながら眼の前にいるのは他でもない仁見 由利なのだ。
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