妄想性恋愛症候群

マッキロンα

第1話「少しベタ過ぎませんかね?」

仁見ひとみさん、放課後、ちょっといい?」

 昼休みもそろそろ終わるだろうという頃、窓際で空を眺め穏やかに佇む一人の少女。仁見 由利ゆりにとってとんでもない人から声が掛かった。

 整った顔、切れ長の目、サラサラのセンター分けショートヘア。そして少し低めの声。同じ女だというのに何でここまで整っているのか不思議に思えるほどの容姿。

 由利にとってとある理由で注目している少女、五月雨 有紀さみだれ ゆきであった。

「だ、大丈夫です、よ?」

 急な来訪者に上ずってしまった声。しかし、有紀はそれを笑うでもなく表情一つ変えずありがとうと一言だけ残して自分の席に戻っていった。

(え、なんで? 私に何の用?)

 正直なところ、由利は有紀とそこまで面識が無い。あくまでクラスメイトであり、友達と言えるほどかと言われると微妙な所だ。

(もしかしてアレがバレた......?いやいやまさか......)

 有紀は所謂クールビューティな容姿から異性同性問わずに人気だが、ここが女子高ということもあり同性からの人気はより強い。

 そんな彼女の方から話しかけられれば、内心喜びに狂喜乱舞するものだろう。しかし由利の脳内はは疑問と不安が埋め尽くされていた。

(それにしても学校で放課後に呼び出しって、話としては......)

「少しベタ過ぎませんかね?」

 思わず声に出てしまった心の内。そんなベタな展開、有紀との間柄からそもそもあり得ない。それでもそんなベタなシチュエーション故に少しでも期待、意識してしまえば胸の高鳴りがはずなのだが、由利にはそれが全くなかった。強いて言うなら疑問と不安で動悸が激しくなっているくらい。

 なぜなら彼女は、自分を誰かの恋愛対象になると考えていなければ、まともな年齢になって誰かに恋愛感情を抱いたことが無いからだ。

 そして彼女は、誰かの恋愛を見るのが好きだったからだ。


――――—


 ホームルームが終わり、放課後となると生徒たちが各々目的の場所へと散らばっていく。部活動に励む者。勉学に勤しむ者。友達と遊びに行く者。

 そして由利は有紀に連れられ、今ではほとんど使われていない旧図書室、資料室へと来ていた。

 活気と喧騒から切り離されたような静けさに包まれる中、由利は茫然としていた。

「あの......、え? 今なんて言いました?」

「付き合ってほしいの」

 ただ短い一言。だが、由利はそれを理解することができなかった。今目の前にいる人は表情一つ変えずに何を言っているのだろうか。

「待ってください待ってください。えーっと......」

 付き合ってほしい。それはつまりそういうことなのだろうか。いやしかし、二人は決して親しい間柄では無い。それで付き合ってほしいと言っている。それはつまり恋愛感情としてではなく他の何かだ。由利は混乱しながらもその結論にたどり着いた。

「えっと、何に付き合えばいいんですか?」

 勉強、ということは無いだろう。せいぜい中の上の由利が学年一桁に位置する有紀に教えられることなんてない。だとすれば買い物とか何かだろうか。

「だから、私と付き合ってほしいの」

 わざわざもう一度言われてしまった。綺麗な瞳が由利から逸れることは無く逃がさない。

(これって、つまり......そういうこと?!)

 相変わらず表情一つ変えない有紀。どう見ても告白とかそういう場面には見えないが、まさか二度も付き合ってほしいと言われてしまえばそういうことなのだろう。

 だが、それこそ理解が出来なかった。友達というには距離が離れているし、そんなに話したことも無い。そもそもそんな好意を寄せている素振りなんて無かった。

 好意を寄せてくれているなら嬉しいは嬉しいが、理解できるかどうかは別の話。

「だ、ダメです! そういう相手は私じゃありません!」

 そして何より誰かが自分を好くのは解釈違いであった。まして相手は由利にとって『誰がどのようにその隣に立つか』を注目している有紀とならば尚更。

 らしくなく声を荒げる由利に有紀も思わず目が点になっているが由利はそんなことお構いなしに言葉を続ける。

「私はそういう相手じゃないんです! 攻略対象じゃなくて所謂村人Bみたいな感じで!」

 一体、何を言っているのか。正直、自分でも分かっていない。上手いこと断るとかそんな気の利いた事も出来ず、ただただ感情任せに訳の分からないことを口にしている。

「私はあくまで観葉植物とかそういうのなんです!」

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