転生者は僕のかわいい婚約者(仮)

moes

転生者は僕のかわいい婚約者(仮)

 この身に呪いが降りかかったのは十二歳の時だった。

 婚約者候補を決めるためのお茶会をそろそろ開こうかという頃、原因不明の高熱を出し、生死の境をさまよった。

 どうにか命を取り留めたが、目を覚ました時には女の体になっていた。

 すぐさま高位の医師や魔術師、神官が内密に集められ対応に当たらされた。

 判明したのは、これが呪いによるもので、女性になっただけでなく、放置すると十八歳で死ぬということ。

 回避するにはノットン伯爵令息と結婚すること。

 なんだその条件、と解決に当たらされたものたちは思ったに違いない。

 当然呪いを受けた僕はそう思った。

 調べによると呪い主は現ノットン伯爵の母、前ノットン伯爵夫人で、初恋相手だった前国王である僕のおじい様の孫と自分の孫を結婚させ、かなわなかった恋を昇華させたいと夢見たことが始まりだったようだ。

 しかしながら両家とも生まれたのは男児ばかり。

 これでは結婚させることができない、どうしようかと考えた末、腕の良い呪い師に依頼して第二王子である僕を女にして孫息子と結婚させることにした。

 おそらく少々狂っている。

 本来ならさっさと拘束してあれこれするところを、当の前夫人を害すると呪いの症状に悪影響があるとのことで監視のみで処分は保留。

 呪い師は口封じのため処分されていて解呪させられずという八方ふさがり。

 仕方なく第二王子は表向き病気療養中とし、女性となった僕は淑女教育を受けルィーシャ・シスクとしてノットン伯爵次男アルフと婚約を結ぶこととなった。

 


 まぁ双方にとって不幸な婚約だったとは思う。

 外見だけは文句のつけようのない淑女ではあっても中身は男のままでは仲を深めるわけにもいかないし。アルフは事情を知らされているわけではないから被害者でもある。

 が、これはない。

「おまえの、その、傲慢で、あー高慢で、……高飛車で、それにそれと傲岸不遜! な態度には辟易とさせられていた。その上、身分の低い令嬢を陰湿にいじめていると聞いては、これ以上婚約を続けることなど不可能だ。婚約破棄する!」

 授業終了後の玄関口での暴挙に帰宅しようとしていた数多の生徒が足を止める。

 不特定多数の人前での婚約破棄もあり得ないし、頭の悪い言い分もいただけない。

 嫌だなぁ、こんな阿呆が婚約者だって思われるの。

 周囲の視線がいたい。

「証拠はございますの?」

 言いがかりにもほどがある。いやまぁ、傲慢で高慢で高飛車で傲岸不遜は、個人の感想だからその評価は甘んじて受けても良いけれど陰湿ないじめなどしない。

 めんどくさい。

 口ごもりながらもアルフは某ご令嬢の訴えがあったと証拠にもならないことをわめく。

 わからなくもない。

 かわいい女の子に頼られたら張り切るよね。

 それも相手が気に入らない婚約者だとしたら、何の呵責もないだろうし。

 しかし、ここまで馬鹿だったか。

 こいつと結婚しなきゃ死ぬわけだけれど、結婚したらしたで地獄じゃないか?

「どうせ罰ゲームなら短い期間で済んだ方がマシか」

 小さなため息に紛れて本音がこぼれた。





「あなたも転生者なんですね」

 命の期限がきられる、という大問題がありつつも、あれと婚姻を結ばずに済むということに清々としていたところに袖を引かれ、思わずびくっとしてしまう。

 いたのは特筆して目立つところのない女子生徒。

 ネクタイの色からすると一年生のようだ。

「テンセイシャとは? 『あなたも』とおっしゃったということは、あなたはそのテンセイシャだと?」

 耳慣れない言葉を聞きただすと女生徒はしまったと言わんばかりに視線を逸らす。

「是非、お話を伺いたいです。ゆっくりと」

 追撃をかけると、あれこれと言い訳をして回避しようとする。

 関わりたくないよね。わかる。

 自分がそっちの立場だったらそう思うし。

「そうですか。残念です」

 引いて見せると、あからさまにほっとした表情が浮かんだ。

 ころころ変わる表情。わかりやすい。

「それでは、日を改めて。明日はどうかしら?」

「……今からでも大丈夫です」

 がっくりと肩を落とす様子が不憫でかわいい。

 逃げられないように彼女の腕をとった。



 密談に適したカフェに入り、お茶とケーキが出そろったところで給仕を下げさせる。

 本来の姿なら誰か人を置くかドアを開けておくべきだろうけれど、一応女同士なので良いこととする。

 改めてお互い自己紹介し、ユリアと名乗った彼女にテンセイシャについて話を聞く。

「つまり生まれる前の記憶があって、その時暮らしていたのがこことは全く別世界だったと」。

 貴族の令嬢にしては感情が表に出すぎなのは、その転生前の記憶があるせいなのだろうか。

 でも丁度いい。

 嬉々として婚約破棄はしたものの、命は惜しい。

 現状、解呪は手詰まりとなっている。

 ユリアのもつ別世界の知識に何らかの糸口があるかもしれない。

 かけられている呪いの話をすると、ユリアはつらそうに唇をかむ。

 目もとには薄っすらと涙が浮かんでるようにも見えた。

 深刻にならないように軽く話したのに、今日出会ったばかりの厄介であろう相手に、やさしいというかお人よしというか。

 それでいて「手伝ってね」と伝えると渋面を作るのだから面白い。

「あのですね、以前の私の暮らしていたところは呪いとか魔法とかない世界だったんですよ。そういうのは物語の中だけで」

 へぇ。

 魔法がなくて生活は不便ではないのだろうか。

 呪いがないのはうらやましいけれど。いや、呪いたい相手がいるときにその手段がないのはやっぱり不便か。

「その物語の中での呪いの解決方法を教えてください」

 何でも良い。荒唐無稽でも試す価値はある。

 ユリアは困った顔をしながらも、いくつかの方法を提示してくれる。

 棘草で編んだ服を着させられたり、壁ぶつけられたり、どれもいたそうだった、

 おまけに呪われるのは王子ばっかりだな。ダメ王子が多いお国柄なのか?

 呪いをかけられている僕が言えることでもないけれど。

「姫君にかけられた呪いとかはないのかしら?」

 出された案があまりピンとこず、視点を変えたらどうだと尋ねると、ユリアは視線を泳がす。

 何か都合の悪いことがありそうだ。

 しばし逡巡した後、ユリアは口を開く。

「ずっと眠り続ける呪いにかけられたお姫様とかもいますよ」

「その姫君はどうやって目覚めたんです?」

「……王子の口づけで」

 なるほど。

 これを聞いたら僕がやってみようと言いかねないと思ったわけだ。

 それは期待に応えないと!

「なるほど。試してみましょうか」

 笑顔で返すと案の定すごく嫌そうな顔をする。

「そういうのは好きという気持ちがないと!」

「ユリアさんは私のこと嫌いなんですか?」

 そういうことじゃないとはわかっているけれど、半分くらいは真剣だった。

「だめ?」

 重ねて問うと、困ったような表情で、それでも小さくうなずいた。

 大丈夫なのかな、この子。

 こんなにお人好しで、悪い人に騙されてひどい目にあいそうで心配だ。

 今まさに彼女のやさしさに付け込んでだまし討ちをしている僕が言うなという話だけれど。

 顔を近づけるときつく目を閉じられる

 ごめん。

 謝罪の言葉を口にはできずに、そのまま彼女と唇に重ねる。

 かすかな吐息が触れたと同時に心臓付近で何かがほどけるような感覚があった。

「あ? うそ。ちょっと、待った。目、開けないで」

 手足が伸び、みしみしと生地が軋む音。

 駄目もとの、冗談みたいな方法で呪いが解けた?

 こちらの焦る声に反応してユリアが目を開けそうな気配を察知して抱き着く。

 ボタンはすでにいくつがちぎれ、肌が一部露わになってしまっている。

 未婚の令嬢に見せていい姿じゃない

「あー、ねぇ。えぇと、すごいね。転生者の知識。呪い、とけちゃったよ」

 こぼした声がすでに男のものだ。

 呪いを受けた時は変声期前だったので、自分の声なのに聞きなじみがなくて妙な感じだ。

「説明する。ちゃんと。ただ、今差し障りがあるから、良い? 目は閉じたまま。私が離れたら後ろを向く。できるね?」

 腕の中でこくこくと頷いたユリアを信じて解放する。

 王城に出入りする為に持ち歩いていたローブを急いで羽織る。

「端的に言うと呪いの症状はもう一つあってね、女性にされていたんだよね」

「それって」

 ユリアが振り返る。

 こっちを見るなと言ったのに。

 危うくあられもない姿を見られるところだった。

「殿下?」

 上から下まで確認して、再度顔を見たユリアがぽつんと呼ぶ。

 姿絵など数年前のものしかないのに、一見してわかる程度に面影があるのだろうか。

「正解」

 にっこり笑ってみせるとユリアは絶望したような顔をした。

 なんでだよ。

 ふつう喜ぶものではないか? 王家に恩を売れたんだし、それなりに見目麗しかった子供の頃の面影があるなら今もそれなりに良い見た目だろう。素敵な王子様とお近づきに! とか……ならないんだな、ユリアは。

「なにも見てないですし、聞いてないですし、お会いしてもないですし、さようなら。帰らせてください」

 完全に逃げの態勢じゃないか。

 そんな風にされると、追い詰めたくだろう?

「やだなぁ、口づけも交わした後だっていうのに、冷たいね」

 捕獲してささやくとぶんぶんと首を横に振りながらもがく。

「殿下、あれは、治療です!」

 揶揄いがいがあるなぁ、ほんとに。

「ルイって呼んでくれたら放してあげても良いよ」

 ユリアと話すのは楽しいし、距離を置かれたら寂しい。

 しかし案の定ユリアは頷かない。

 抱き上げて「連れて帰る」と言うとようやく止めるために名前を呼んでくれる。

「ルイさま!」

 仕方なくソファにおろし解放してやるとユリアはくったりとひじ掛けにもたれる。

「ユリアかわいいね」

「……呪いのこととか、誰にも言いません。秘密にしておきます。大丈夫です。そんな言葉で懐柔しようとしなくても」

 割と本心で言ったんだけどね? そうとりますか。

「かわいくないこと言うね、ユリア」

 両頬をつまんで引っ張ってやる。

 やわらかいけど思ったより伸びないな。

「知ってます、言われなくても」

 そうじゃないんだよなぁ。伝わらないな。

「好きだよ、ユリア」

「…………そういうの、もういいです」

 本気で伝わらないな、これ。なんでだ。

 テンセイシャの性質なのか?

 気長に行くしかないのか。

「これからもよろしく。ユリア」

 困ったような顔をして、小さくうなずくユリアはやっぱりかわいかった。



 ユリアと別れた後、シスク家ではなく王城へ戻り、第二王子が療養していることになっている離宮へ隠し通路を使って忍び込む。

 伝信具を使い両親である両陛下と兄上に時間が空いた時に離宮へ来ていただけるよう伝書を飛ばす。

 それぞれに忙しい身だ。すぐに来ることはないだろう。

 男性の姿では少々丈の短かったローブを脱ぎ、ゆったりとした寝衣に着替える。

 経緯の説明と、今後の身の振り方など話すべきこと、考えるべきことは山のようにあるが、とりあえずこの姿を見た家族がどんな顔するか楽しみだ。

 整えられた寝台の縁に腰掛け、怒涛の数時間を思い返す。

 婚約破棄でどうしてくれようかと思っていたところに、ユリアと出会ってすべてがひっくり返った。

 小心者で平凡ですといった顔をしながら突飛だし、はっきり言うし。

 ユリアの挙動を思い返して笑みがこぼれる。

 どうしたら。

 考えを遮るようにドアが大きな音を立てる。

「ルイス! なにが……ルイス?」

 いつもしとやかで感情を表に出さない王妃の焦った表情だけでも珍しいのに、その後ぽかんと目を丸くした。

「はい、母上」




 涙して喜ぶ母をなだめ、お茶を飲んでひとまず落ち着いたと思ったら、父と兄が血相を変えて部屋に飛び込んできて、元の姿に戻った僕を見てぎゅうぎゅうと抱きしる。

 心配かけていた申し訳なさと、案じてくれていた有難さと、ずいぶん早い時間だけれど公務は大丈夫なのかと不安とないまぜになった感情を落ち着かせてから、経緯とこれからの身の振り方について話し合う。

 もともと呪いが解けなければ、『病弱な第二王子』は適当な時期に臣籍降下して地方の領地を与えられ、そこで療養していたものの死亡、という扱いにする予定だったので、大枠はそのままで問題ない。

 死亡のところが快復したことにするだけだ。

 シスク家に身を寄せていた謎の令嬢『ルィーシャ』は婚約破棄のショックで自国に帰ったことにしておけばいい。

「ここに残って私の補佐をしてくれた方が助かるんだけどなぁ?」

 王太子である兄が面倒なことを言い出したが、聞こえないふりをする。

 派閥問題が出て、より面倒なことになりかねない。

 粗方話が決まると、それぞれ仕事に戻るべく部屋を出ていく。

 案の定、最低限の公務を終わらせたのみで抜けてきていたようだ。

 静かになった部屋で一人になるとゆるゆると眠気がおりてくる。

 寝台に寝転がり目を閉じた。



「ん」

 誰の気配も感じないことに違和感を覚えながら薄暗い部屋の天井を見つめる。

「そっか、離宮か……?」

 病弱な第二王子の存在を偽装しているため、この宮に出入りできるのは信頼できるごく少数の使用人のみで、普段はいない第二王子を世話する人間もいない。

 それは良い。

 がばりと起き上がり、手を見る。

 見慣れたほっそりとした白い指。

「嘘だろ」

 こぼれた声は男性にしては高くて、でも聞きなれたそれで。

 寝台から降り、姿見に映る自分を見て大きくため息をつく。

 女の、ルィーシャの姿に戻っていた。

 呪いが解けたのは一時的なものだったのか?

 どうするべきか。

 あれだけ喜んでくれていた父母兄を落胆させることを思うと胸が痛む。

「とりあえず、ユリアだな」

 早いうちに出た方がいいだろう。

 手早く身支度を整え、ローブを羽織る。

 ルイスには小さかったローブは、ルィーシャに戻った今はぴったりで、またため息がこぼれた。



 ユリアと約束している、と伝えると、クローブ子爵家の執事はにこやかに応接室に案内してくれた。

 先触れもしなかったので不審に思われるのを覚悟していたが、すんなりしすぎていて逆に少々心配になる。

 ユリアがお人好しなのは転生者だからじゃなくて家系なのか。

 それほど待つことなく、ユリアが応接室に入ってくる。

「今日、約束なんてして……」

 少々非難するような口ぶりだったのが、こちらの姿を確認してすぐに口をつぐむ。

 察しが良くて助かる。

 一緒に来たメイドがお茶を出し終わると下がるように伝え、ドアが閉まってから大きくため息をこぼす。

「殿下、戻ってしまったんですね。申し訳ありません、力不足でした」

 向かいに座ったユリアはきれいに頭を下げた。

 ユリアが謝罪する必要など一つもないのに。

 線引きをされているようですごく腹立たしい。

「ユリア」

 頭を下げているユリアの横に立ち声をかけると驚いたように顔を上げる。

 隙をついて唇を重ねる。

 前回と同じく、体内で何かがほどけるような感覚。

 服が破れだす前に持ってきたローブを羽織る。

「っ、な、にを…………もぅ。せめて事前に声掛けしてくださいよ。でも、戻ってよかったです」

 男の姿にもどった僕を見てユリアは文句を引っ込め、淡く微笑む。

 さほど親しくもない男に不意打ちで口づけられて怒ってもいいはずなのに、こんな風に許す。

 お人よしが過ぎる。

「ユリア、結婚しよう」

 膝をつき、ユリアの手を取り指先に口づける。

 呪いを解くのに必要だから、だけではなくて。

 しっかりしているようで危なっかしくて、好き勝手なこと言う割に根本的にやさしくて。

 多分これは恋愛感情じゃないけれど、そばにいてほしいと思って、だから本気の言葉だった。

「無理」

 一瞬の間もなく、あまりの即答に意味が分からなかったくらいだった。

 逡巡なく断るか、普通。

 でも「嫌」ではなく「無理」ならまだ目はあるのか?

 話をしてみると、どうも面倒くさい半分、そこまで役に立てない半分といったところのようだ。

 別に十分なんだけれど、呪いが解けるというだけで。

「僕をこんな体にした責任を取ってくれても良いんじゃないかな、ユリア」

「殿下! 語弊! そして耳元でささやくなぁっ」

 わたわたと慌てる姿がかわいい。

 呪いを解けて、かわいいって十分すぎないか?

「事実だし。ユリアのキスがないとすぐに女に戻っちゃうんだから。困るよね」

 本当に困るんだよ。

 でも僕以上に困っているような顔をしているユリアが面白くて笑みがこぼれた。

「そんなにダメ? 結婚」

「だから無理ですって。……そうだ。殿下専属治癒師として私を雇うのはどうでしょうか」

 妥協案にしてもどうなんだ、これ。

「また突飛なこと言いだしたね、ユリア」

「妙案じゃないですか? ルイさまの呪いにも対処できるし、私は働き口を手に入れられるし、一石二鳥」

 思わずあきれる僕に対して、ユリアは完璧だと言わんばかりの得意げな顔。

「治癒師、ねぇ」

「別に名前は何でもいいですよ。呪い担当者でも」

 そこじゃないんだよ、引っかかってるのは。

「いや、呪いは大っぴらにできないし、名前の問題では……あぁ、じゃあ妻にしておこうか」

「却下!」

 返事が早い。まったく。

 悪くないと思うんだけどね、見た目も財力もそれなりにあるし。

「僕の何がだめ?」

「ルイさまがだめなのではなく、私が無理なだけです。私に王子妃は務まりません」

 真面目な顔でユリアはまっすぐとこちらを見る。

 こういうところも良いんだよなぁ。

 実際王子妃となっても、うまくやっていきそうな気がする。面倒そうにしながらも。

 まぁ、でもそんな未来は来ない。

「臣籍降下の予定ではあるんだ。近々兄上が立太子するしね。僕は病弱設定になっているし、田舎の領地を拝して余生を過ごす感じ?」

「ずいぶん長い余生になりますね」

 その境遇を不憫に思ったのか、ユリアの表情が一瞬陰った。

 しかしすぐにそれを消して笑って返す。

 うん。別に不幸ではないんだ。一生、女の姿で意に沿わない相手と添い遂げることを考えたら楽園だし。

「そ。だから、どうせなら好きな子と一緒の方が楽しいでしょ。どう? 田舎なら社交もそんなに考えなくて良いと思うし、のんびり、気楽じゃない?」

「…………美味しい話には裏があるっていうもの」

 言葉に詰まったユリアの頬がほんの少し赤く見える。

 もう一押し? っていうか、かわいい反応すぎない?

「やだなぁ。疑り深い。軽率に転生者だなんてばらしてきたユリアとは別人みたい」

 あまり追い詰めて本格的に逃げられても困るので、少し話を逸らす。

「あれで反省したんです。でも、あの時はうかつでちょうど良かったんです。結果的にルイさまの呪いを解くことができたんですから」

 なんだそれ。そういうところだよ、ユリア。

 困ってるくせに、結局甘い。お人よしで。

 ソファの背もたれに突っ伏す。顔があつい。

 大きく深呼吸して顔を上げる。

 良くわかっていない顔のユリアの手を取り、指先に口づける。

「まぁ、焦らずいこうか」

 文句を言いたげに口を開きかけて、言葉にならなかったのかユリアはそっと目をそらす。

 とりあえず治癒師の名目で離宮にユリアの部屋を作らせて招くか。

 あぁ、でも卒業まではルィーシャの姿のままユリアと一緒に学院に通うのもいいかもしれない。

 そうなると死ぬ方の呪いが解けてないとまずいことになるな。

 その辺を魔術師に確認して、大丈夫そうなら、呪い主も片付けて。

「ルイさま、わるい顔してますよ」

 あきれた顔をしてユリアが言う。

 敏くてやさしいくせに、やさしいからこそなのか許容するし。

「ひどいなぁ。楽しい未来について考えてるだけだよ」

 とりあえず婚約の打診をクローブ子爵に出す手はずを整えよう。

 最終的には絆されてくれると思うんだ。


                                  【終】


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転生者は僕のかわいい婚約者(仮) moes @moes

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ