木漏れ日越しに見る夢

 それから何年、何十年、何百年と経ったのか、俺にはもう分からなかった。

 ただ四肢が吹き飛んだ俺は、瞼がなくなった片目で変わりゆく風景を眺めていることしかできなかった。

 急襲にあったあの日以降、帝国と呼んでいた俺の祖国は瓦礫の山と化し、劫火に包まれ、数多の戦車に踏み散らかされ――降り積もる塵芥に埋もれるまで、俺はただそこに横たわっていた。

 誰か俺を殺してくれ、と頼もうにも、人間は誰一人もいなかった。


 そしてどこからか鳥が運んできた種が芽吹き、街だったものが森になった頃――俺の脳から、活動限界が近付いたことを知らせる信号が出た。視界が少しずつフェードアウトしていく。

 ようやく……ようやくだ。やっと、この世界から解放される。

 このクソみたいな、残酷な世界から――

 完全に視聴覚野が闇に覆われ、脳がメモリを手放し記憶が霞に溶けていく最中――もう顔も思い出せないあの子が闇の奥でチラついた。


 何処へ行くにもついて回り、両手を広げて駆け寄ってきたあの子……泣いてごねて仕方なく抱きあげた、ゆうぐれのあのこ……あのこを だいた うで の ぬくも りがそこ に



 ――――

 ――



「パパ見て、ロボットさんだ」

 森を散策していた少女は、後ろから来ていた父にそう手を振った。

 巨木に呑まれるように横たわった銀灰色の身体ボディは、よくよく見れば確かに古き時代に活躍したという機械兵によく似ていた。

「旧世紀の遺物だ、歴史の授業で学んだだろう。汚いから触るんじゃない」

 しかし忠告する父を無視して、少女はその頭を優しく撫でる。

「よしよし、よく頑張りました」


 苔に塗れた艶消しの肌は、木漏れ日を受けてわずかに照り輝いたようだった。

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Mayday 月見 夕 @tsukimi0518

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