第3話

建国記念パーティーとは、我らがグランフィア王国の建国を祝して、毎年王宮で行われる夜会である。

この日ばかりは様々な派閥や階級の貴族達が一堂に会し、皆一様に王国の末永い発展を願うのだ……というのはまぁ、表向きの話で。


実際は権謀術数の渦巻く泥沼パーティーだし、ゲームではここで悪役令嬢が断罪され、聖女たるヒロインが新しい王太子の婚約者として紹介されるという濃すぎるイベントが待っている。

今回に限って言えば、悪役令嬢であるはずのシルビア様は男の子で、しかも王太子殿下の腹心であるためそんな心配は要らないのだが、それでもやっぱり警戒してしまうのが前世の記憶持ちの性だ。自分用に制作した対闇魔法のイヤリングに触れながら、私は会場を見回す。


「それにしても、今年はやけに人が多いですね」

「今年は聖女の任命式もあるから。聖女が生まれる歴史的瞬間に立ち会いたい貴族は多いんでしょう。今年は辺境からの参加率も良いってエリックが言ってたし」

「なるほど、貴族ってミーハー」


「そんな理由じゃないと思うけど」と苦い顔をするシルビオ様にえへへと笑って返せば、彼は肩を竦めた。……なんか最近、こういう反応多くない?多分阿呆だと思われてるんだよな。


「ていうか、良かったんですか。まだレーナ嬢が魔族じゃないって確証も得られてないのに、貴族にお披露目なんてしちゃって」


いつまでも阿呆の令嬢扱いでは不満なので、賢そうな話題へ転換してみる。

私がそう尋ねると、シルビオ様は少し表情を固くした。


「それは私もエリックも上層部に抗議したんだけど。長い間聖女の座が空席なのは国民の不安を煽ることにも繋がるから、建国記念パーティーで大々的に吉報を報じたいらしい」

「ってことは、もしかしてこのまま婚約も……?」

「いや、それは無い。さすがに聖女が現れた途端に私との婚約を解消すれば色々と角が立つから」


確かに、いくら相手が聖女とはいえ、婚約の話を早々に解消されるとなればアウソード公爵家の恥になる。

不和が生まれないような落とし所はきちんと用意した上で、時期を見計らって解消するのが当然か。


「えー、お集まりの皆様、大変長らくお待たせいたしました。それではこれより、聖女任命の儀を行わせて頂きます」


宰相閣下の拡声魔法でアナウンスが入ると、会場はにわかに色めき立つ。そりゃあ皆様待望のイベントだものね、さもありなん。


「……念の為、舞台に近づいておこうか」


シルビオ様が前に進めば、周りの人々も気を使って道を開ける。人波を割って進めば、舞台上には国王陛下が登場し、続いて王太子エリック殿下、王妃殿下が姿を現したところだった。


「レーナ・ネペンテス男爵令嬢、前へ」


宰相閣下に呼ばれたレーナ嬢が登壇して、王家へと最上級のカーテシーをする。その所作は伯爵家の人間である私から見ても美しく、男爵家の令嬢とは思えない気品を感じさせた。


「ネペンテス男爵令嬢、貴殿の聖魔法を聖女の力として認め、今この時を以って我が国の聖女と認める」


国王陛下の威厳ある声がそう宣言すると、割れんばかりの拍手が響く。


レーナ嬢は深く下げた頭をあげて、舞台上からこちらを見下ろすように振り返ると、天使のように微笑んで口を開いた。


「ご紹介にあずかりました、レーナ・ネペンテスです。未熟な私ですが、この国のためによりいっそう励んでまいります……そう、聖女として」


そう言ったレーナ嬢は天使みたいな微笑みを醜く歪め、恍惚とした笑みで両手を掲げる。


「チャーム」


ぶわりと、甘い匂いが立ち込めた。

胸が重くなるような不快な匂いは、しかし、私以外の人にとっては甘美なものであったらしく。


「聖女様……聖女様、バンザイ!」

「聖女様〜!」

「レーナ様!」


あちこちで、レーナ嬢への歓声が上がる。

見れば、聖女に熱狂する者たちは皆目が虚ろで、正気を保てていないことが分かった。


「っ、これ、魅了の術……!じゃあ、レーナ嬢は……」


魔族、だったのだ。

今までずっと正体を隠し続けたのは、建国記念パーティーという多くの人が集まる場で闇魔法を展開することで、王国により大きなダメージを負わせるための策略だったのだろう。


「アンジュ!お前、正気だよね!?」


横から名前を呼ばれて、我に返る。


「はい!シルビオ様も、ご無事で!?」

「お前のペンダントのおかげだね。……でも、この人数に一度に魔法をかけるなんて、あの魔族、相当上位の存在だよ」


苦虫を噛み潰したような顔で、シルビオ様がそう言う。


「……わかってます。私に策があるので、シルビオ様はエリック殿下たちの保護をお願いします」

「お前は?……まさか、立ち向かうなんて言わないよね」

「そのまさかです。勝機はありますから」


私が笑うと、シルビオ様は一瞬逡巡したあと、ぎゅっと私を抱きしめた。


「えっ……シルビオ様?」

「危ないと思ったら、すぐ退くこと。私はこの国が大事だけど、そのためにお前が犠牲になってもいいなんて思ってないから」


耳元で囁かれたのは、いつもよりも低められた声で紡がれるそんな言葉だった。

背中に回された腕は力強く、華奢な美少女に見えても、シルビオ様が男の子なのだと改めて感じる。


「……大丈夫ですよ。言ったでしょ、勝機はあるんです」


私がそう言うと、シルビオ様は少し寂しそうに笑い、「信じるよ」と言い残してエリック殿下の元へと駆けていった。




*****




「さて……いっちょやりますか」


私は手荷物の中から小さな杖を取り出して、レーナ嬢の姿をした魔族に向かって構える。


「おい!魔族!こっち向け!」


声を張り上げると、魔族はゆったりとこちらを向いた。


「あら、術を破ったの?人間にしてはやるようね。……とは言え、聖女でも無いあなたの魔法では、魔族である私に傷一つつけることなんてできないけれど」

「それはどうでしょうね。……ウォーターランス!」


杖を振るい、得意の水魔法を展開する。

水でできた槍は魔族の頬を掠め、そして。


「っ!?何故、傷が……!?」


彼女の頬に確かな傷をつける。


「そりゃ、魔法オタクが聖属性魔法の解析をしてないわけないでしょ」


秘密はこの杖にある。

これは大気中の無属性のマナに、聖属性を付与する効果を持つ魔道具だ。聖魔法を打ち出せる魔道具こそ作れなかったが、歴代聖女の慰霊碑がある山の鉱物を核に使う事でマナへの属性付与を可能にした私の最高傑作。これ1週間で作ったの、天才かもしれん。

聖属性マナを使って打ち出した私の水魔法には僅かながら聖属性が付与され、威力は落ちるものの魔族に対してダメージは通る、という寸法だ。


「っ、人間の分際で、この私に傷をつけた……!?許さない、絶対に殺す!」


どうやら完全に彼女のプライドを刺激してしまったらしい。闇の攻撃魔法が飛んでくるわ飛んでくるわ。


「私の専門は魔道具開発なんだけど」


つまるところ実戦要員では無いのだが、人間窮地に立つと意外と体が動くものだ。

辛うじて連撃を避け切り、体が慣れてくれば反撃の余地も生まれる。


……しかし、相手は魔法に秀でた種族、それも上位の存在だと思われる個体だ。

実戦慣れしていない私との力の差は歴然で、ついに彼女の攻撃は私の腕を捉え、あまりの痛みに杖を取り落とす。


杖は魔族の足元に転がっていって、その足でぐちゃりと踏み潰された。


「っ……」

「小賢しい武器が無ければ所詮は人間。私に敵うわけもないわよね?」


嗜虐的な視線が私を見つめる。

精一杯の虚勢で睨み返したけど、正直腕は痛いし魔族は怖いし勝ち目は無くなったし散々だ。逃げ帰りたい。


けど、まだ策はある。

一か八かの大博打だし、望みも薄いけど……何もせずに後悔するより、試して後悔した方がずっといい。


私はひとつ深呼吸をして、両手を胸の前で組んだ。

神経を集中させて……口を開く。


「聖なる神よ、妖精王よ、我の呼びかけに応え給え」

「っ!?まさか、それは……!」


この口上は、聖魔法の真髄、浄化の術の詠唱だ。

なぜ私がそんなものを知っているかと言うと、ゲームで見たからなのだが……こちらの世界でも同様の効果があるらしいことは魔族の反応から推察できる。


問題は、聖女でもない私が聖魔法を使えるかという一点のみだ。普通に考えたら絶対無理だけど、この詠唱そのものに聖なる力があるとか、神の気まぐれで1回だけ魔法が使えるとか、なんかそう言う奇跡みたいなことが起きてくれる可能性だってゼロじゃない。

やるだけタダなのだ、やれるだけやってやろうじゃないか。


「っ、小癪な真似を……!死ね!」


魔族の攻撃が飛んでくるが、あちらも狼狽しているのだろう。私に当たることはなく……って言うか、なんか攻撃の軌道が逸れてる?どっちでもいいか、こちらとしては好都合。


「我が名はアンジュ・フィーリア。その力を希う者なり。聖なる浄化の力を今、我に授け給え。……パリフィケーションっ!!」


刹那、眩い光が辺りに満ちた。




*****


 


目を覚ましたら、見知らぬ天井を見上げていた。

シャンデリアのぶら下がった豪華な天井にふかふかなベッド、攻撃を受けたはずの腕も痛くないし……

 

「あぁ、ここが天国」

「何言ってるの、阿呆」


コツンと頭を小突かれて慌てて起き上がると、ベッドサイドには不機嫌な顔のシルビオ様がいらっしゃった。

……いらっしゃったのだが。


「えっ、シルビオ様、髪……!」


彼の腰まであった美しい銀髪は肩口の辺りで切り揃えられ、格好も令嬢のそれではなく、貴族の子息らしいものだった。


「これ?似合うでしょ」

「似合いますよ、シルビオ様ならなんでも似合いますけど、どうして……」

「お前が魔族を倒したからね。もうエリックの婚約者の振りなんてする必要ないだろ」


元々、レーナ嬢の監視のための女装だったのだ、聖女の一件が片付けばもうその必要は無いのか……って、ん?


「今、私が魔族を倒したとか言いました?」

「言ったね。私も驚いたよ、まさかお前が聖女だったなんてさ」

「えっ……えぇっ!?」


まさか、あの浄化の術は成功したの?ゲームのセリフを本気で詠唱するとかいう厨二っぽいことしておいて、マジの奇跡を起こせたんですか……?


「やば……」

「これから忙しくなるよ。王宮に缶詰で聖女の仕事について教育されるかも」

「い、嫌すぎ……」


私が渋い顔をすると、シルビオ様はケラケラ笑った。


「そう言うと思って、朗報も持ってきた」

「そっちを先に言ってくださいよ」

「変わり身早……まぁいいけど。お前の婚約者が決まったよ、もちろん由緒正しい王族だ」


その知らせを聞いて、私は再びげんなりする。


「それ、朗報って言いません……王族って言っても、今の王室にはエリック殿下しか王子様がいないじゃないですか。シルビオ様から婚約者を奪うみたいな構図はちょっと……」

「はぁ、話は最後まで聞きなよね。相手はエリックじゃなくて……私」

「はい?」


悪戯っぽく笑ってそう言うシルビオ様に、脊髄反射で返事をしてしまう。


「え、だってシルビオ様は公爵家の……」

「我がアウソード公爵家は、建国の祖である初代国王の王弟が起こした家。そういう意味では、最も王家に近い貴族家で、れっきとした王族の血筋なんだけど?」


……言われてみればそうだ、なんか歴史の授業でもそんなことを聞いた覚えがある。


「え、じゃあ……結婚するんですか、私たち」

「さっきからそう言ってるだろ」


するりと私の髪をひと房持ち上げて笑うシルビオ様は、完全に楽しんでいる時の顔だ。


「これから末長くよろしく、我が婚約者殿」

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憧れの悪役令嬢の秘密を知ってしまったモブ令嬢は私です 吉野みか @Yoshino0502

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