第2話

シルビオ様の秘密を知ってしまったあの日から、私は彼の取り巻きとして行動を共にしている。

その中で知らされた、聖女に関する情報はこうだ。


今からおよそ100年前、しばらく聖女の出現が無かった時代に、聖女を騙る魔族の襲撃があった。

 

魔族は貴族令嬢に化け、聖女の力を得たと吹聴し、魅了の術を使って周りの貴族令息達を意のままに操ったという。聖女の扱う聖魔法のうち、治癒の能力は、魔族の扱う闇魔法でも同じことが出来るので、周りもまんまとそれに騙されたのだ。

 

結局その翌年に覚醒した先々代の聖女様のお力で魔族の目論見は失敗に終わったが……聖女は王族と結ばれるという掟があるこの国において、聖女を騙られるのは相当な痛手となる。下手すれば魔族に国を乗っ取られていたかもしれないのだから。

 

だから、レーナ嬢……乙女ゲームの世界ではヒロインとして描かれていた少女が、本物の聖女であるかどうかを確かめる必要があった。

エリック殿下とシルビオ様は、王太子とその婚約者としてレーナ嬢を試し、その力を見極めようとしているのだ。


でもまぁ今のところ、レーナ嬢は善良な令嬢と言って差し支えないらしい。


エリック殿下に露骨に媚びを売ることもなく、嫉妬深い婚約者の体を装ったシルビオ様から苦言を呈されても「申し訳ありません」と素直に頭を下げる。


魔族であれば旺盛なはずの攻撃性を欠片も見せないのは、レーナ嬢が本物の聖女だという証明になる気がした。 


「やっぱり、レーナ嬢は本物の聖女様なんじゃないですか?」


教室の窓から中庭でお昼を食べるレーナ嬢を見下ろし、私はそう呟く。

そもそもこれは乙女ゲームの世界なんだから、そのヒロインが魔族だなんて有り得ないのだ。


「そうだったら有難いけど」

「そうですよ。だってほら、今も小鳥と戯れてるじゃないですか。あぁいうのってプリンセスの特権では?」

「お前、時折訳の分からないことを言うよね」


苦い顔をするシルビオ様に、あははと笑って誤魔化す。


「そんなことより、これシルビア様にあげます」


微妙な空気を払拭すべく取り出したのは、ルビーのペンダント。

一見ただのアクセサリーだが、メイドイン私の工房なので、もちろん魔道具である。


「これ、対闇魔法の術式が掛かってるんです。シルビア様への貢物にはピッタリでしょう?」

「その言い方どうにかならないの?まぁ、そういうことなら貰っておく……どう?似合う?」

「もちろんお似合いですっ!!きゅんです!!」

「うるさい」


指ハートは叩き落とされてしまったが、気に入っていただけたようで何よりだ。

推しの役に立てるなら、そんな嬉しいことってない。


「そう言えばお前、来週の建国記念パーティーには来るよね?」

「え?はい、もちろん」


私が頷くと、シルビオ様はふぅん、と相槌をうつ。

 

「そう。なら、私の傍に居なさい。何かあった時、遠くにいたら守れないから」

「えっ、シルビア様が私を守ってくれるんですか?私があなたの盾になるのではなく?」

「っ、あのさ、こっちだってお前を危険な作戦に巻き込んでる自覚はあるの。せめて危険な目に遭わせないようにするのは当然でしょ」


それなら初めから私を巻き込まなくても……と思わないこともないが、お傍に侍る許可がいただけるならやぶさかでは無かった。



*****



「アンジュ、アンジュ!一体どうなってるんだ!何故アウソード公爵家の馬車が、ウチみたいな落ち目の伯爵家の前に〜っ!?」


1週間後、夕方。

可哀想なくらい顔を真っ青にしたお父様が、私の部屋に飛び込んできた。


「あれ、言ってませんでしたっけ。私、今日のパーティーにはシルビア様と一緒に登城します」


あ、もしかするとお父様たちに伝えそびれていたかもしれない。

いやでも、この一週間忙しかったのだ。パーティー用のドレスを用意したり、いざと言う時のために闇魔法や聖魔法の解析をしたり色々と。

建国パーティーと言えばゲーム内では悪役令嬢の断罪シーンもあったし、念には念を入れておくべきだろう。


「な〜んでお前はそういう大切なことを言ってくれないの、お父さんもう馬車の手配済ませちゃったよ!?しかも見栄張って馬四頭のやつ!」


およよと泣き崩れるお父様には申し訳ないが、家の前まで来ていただいたシルビオ様を追い返す訳にもいかない。


「……じゃあ高級馬車でお母様とデートですね、お父様。やったじゃん」

「確かに……!」


苦し紛れのそんな一言で持ち直したお父様は「アウローラ〜!僕とランデブーしよ〜!」とお母様を呼びに部屋を出ていってしまう。


「……調子良いんだから。さて、私も行かなきゃ」


昨晩までかけて用意しておいた荷物を引っ掴んで、門の前まで急ぐ。


「お待たせしました!」


公爵家の大きな馬車に声をかけると、中からシルビオ様が姿を現した。

マーメイドラインのスタイリッシュな型のドレスはシルビオ様のスタイルの良さを際立たせ、真っ黒なレースのショールが妖しさをプラスしている。まさに悪の女王といった風体だ。

しかも、私の見間違いじゃなければそのデコルテで輝くルビーは先日私が制作した対闇魔法のペンダント。まさかつけてくれるなんて。最高か。


「今日も麗しいです、シルビオ様」

「そう?お前も、いつもより綺麗」

「ぎゃっ、褒められた……!?」


私が胸を抑えて唸ると、シルビオ様は大きくため息をついた。


「大袈裟。ほら、手を貸しなよ」

「えっ」


反応するよりも早く、シルビオ様は私の手を掴んで馬車の上に引き上げる。

よろめいた私の腰をもう片方の腕で抱きとめると、彼は何食わぬ顔で「ほら、行くよ」と笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る