憧れの悪役令嬢の秘密を知ってしまったモブ令嬢は私です

吉野みか

第1話

ここは王立魔法学園、その旧校舎。

老朽化した旧校舎は現在では利用されておらず、放課後のこの時間ともなれば人は寄り付かない。


「はぁ、シルビア様は今日も麗しかったなぁ」


シルビア様は、私にとってのいわゆる推しである。

絹のような銀髪にルビーを溶かし込んだみたいな赤い瞳、絶世の美貌を誇る彼女こそ、シルビア・アウソード公爵令嬢なのだ。

 

性格は高慢でちょっぴり難があるけど、それを補ってあまりある美しさと、王太子殿下の婚約者という地位は人々の憧れの的。今だって私のカバンの中にはシルビア様のブロマイドがぎっしり詰まっている。


ふんふふん、と鼻歌交じりに空き教室の扉を開ければ、そこには。


「え……?」


この世にある賛美の言葉を全部集めたとしても形容しきれない美少女が、学園の制服を着崩した姿でそこにいた。


そう、シルビア様である。


シルビア様は、その端正なお顔をこちらに向けるとこれでもかというほどに歪めて舌打ちをした。


「お前、今私の体を見た?」


心做しかいつもよりも低い彼女の声は、誰もいない空き教室ではよく響く。


「す、すみません!こんなところで、シルビア様がお召換えをしているとは思わなくて……!」

「そんなことはどうでも良い。私は見たかと聞いたの、アンジュ・フィーリア伯爵令嬢」


学園指定のローファーを鳴らして、シルビア様が私に近づいてくる。

あぁ、近くで見れば見るほど、この世のものとは思えない美しさ、可憐さ、麗しさ。気の所為じゃなければ背景で薔薇が咲いてるし、なんかいい匂いもする。


それもそのはずで、彼女は私が前世でプレイしていた乙女ゲーム『聖なる花の奇跡』に出てくる悪役令嬢なのだ。

家柄良し、容姿良し、魔力良しと三拍子揃ったスーパー令嬢の本気の嫌がらせは凄惨なものだったし、最後は悪役令嬢らしくパーティーで断罪され、平民落ちするというストーリーだったが、なにせ顔が良すぎるので無視できない人数のファンがついていたほど。




だからこそ、信じられない。

……まさかシルビア様が男の子だったなんて。


さっきシルビア様のはだけたブラウスの下から覗いたのは、男性の体だった。


15歳の女の子ならあって然るべき膨らみはなく、あったのは鍛えられた胸筋と6つに割れた腹筋。その美しさは乙女ゲームやイケメン育成ゲームで目の肥えた私が唸るほど。

うん、今思い出してもお耽美なお顔とのギャップがあって良……


「お前、その気持ち悪い顔どうにかしたら」

「す、すみません!」


シルビア様の若干引き気味な声で我に返る。


「まぁいいけど。それより質問に答えて。私の体を、見たね?」


グイッと近づくシルビア様のお顔。

お人形さんのように整ったそれを間近で享受してしまえば嘘なんてつけず、私はこくこくと頷く。


……あぁ、でも、しくじったかな。


シルビア様は、泣く子も黙る悪役令嬢。

たとえその正体が男の子であったとしても、その自分に都合の悪いことは全て消すスタンスに変わりは無い。人を殺すことにも躊躇いがないだろう。

つまり私は今日の帰りにでも早速消される運命ってわけで……


「ぎゃー嫌だ!まだ死にたくない!秘密は漏らさないので殺さないでください!何でもします!」

「は!?別にお前を殺したりなんかしないんだけど!?」


15歳伯爵令嬢渾身のスライディング土下座に、狼狽えながらもシルビア様が叫ぶ。


「人をなんだと思ってるわけ……いいから立って」

「不敬!って斬首したりは……」

「しないから!」


私が恐る恐る立ち上がると、シルビア様は深くため息をついた。


「はぁ、迂闊だった。ここなら人も来ないし、着替えるには安心だったんだけど……まさかドアもノックできない令嬢がこの学園にいるなんて」

「うっ、失礼いたしました……」


私がすごすごと頭を下げると、シルビア様は可笑しそうに目を細めて口元に手を当てた。


「で?お前はどうしてこんなところに来たの?」

「どうして、って……」

「なに、私にも言えない?」

「……え〜っと……」


そりゃ、あなたのオタ活をしに来ましただなんて、ご本人様にはいちばん言いたくない。

ぎゅっとカバンを抱きしめて「すみません……」と言うと、シルビア様はニヤリと笑った。


「そこになにか入ってるの?見せて」

「ヒィッ、勘弁してください!」

「私の秘密を知っておいて、拒否権なんてあると思った?」


そう言われてしまえば、私に抗う術などなく。

カバンが腕の中からするりと抜き取られ、そこから出てきたのはシルビア様ブロマイドの山、山、山。


「ヒェ、いっそ殺して……」


このコレクションは、前世の記憶を思い出してすっかり魔法オタクとなった私が独自に開発したカメラのような魔道具を使って撮影した、非公式生写真だ。改良に改良を重ねた結果、一眼レフにも負けない美しい写真を取れるようになったは良いものの、実態としてはまだこの世界には盗撮という概念がないから許されているだけの、立派な犯罪者予備軍である。

 

「殺さないでって言ったり殺してって言ったり、忙しい奴。……でも、そう。お前、私が好きなの?」


楽しそうなシルビア様の声に顔をあげれば、彼女、いや彼は、その綺麗なお顔に性格悪そうな笑顔を浮かべて私を見ていた。

真っ赤な唇をにぃっと釣り上げて、ゲームの立ち絵でよく見た表情になったシルビア様は、私と目が合うなり口を開く。


「決めた。お前、今日から私の協力者ね。私がエリックから頼まれている件、お前にも手伝ってもらうから」

「エリックって……で、殿下のことですか!?」


エリックと言えば、この国の王太子殿下の名前だ。

いきなりのロイヤルネームの登場に動揺を隠せずにいると、シルビア様はケラケラと笑う。


「それ以外誰がいるの。あいつ、私に女装なんてさせてまで聖女に探りを入れてるんだ。ほんと、周到な男だよね」


王太子殿下を周到な男呼ばわりだなんて、さすがは天下のシルビア様。

でも、よく考えたらこの2人は婚約関係にあるんだし、このくらい気安くても何も問題は……ん?この旧態依然とした王国で、男の子同士の婚約、しかも片方は女装男子……なるほど、完全に理解した。


「うぅっ、シルビア様、今まで苦労なさってきたんですね……女装して王太子殿下の婚約者になるとはなんて一途な……!」

「はぁ!?」

 

私の完璧な推理に、シルビア様が素っ頓狂な声を上げる。


「馬鹿じゃないの!?あんな陰湿王子、私が本当に女でも願い下げ!」

「いいんです、シルビア様。皆まで言わずとも私には分かりますとも……今は多様性の時代ですから」

「何も分かってないだろ、この阿呆」


ポカッと頭を小突かれて涙目になれば、シルビア様は呆れた、とでも言うようにため息をついた。


「いい?この女装は、聖女の力に目覚めたとかいうレーナ・ネペンテス男爵令嬢を監視するための作戦。エリックの婚約者っていうのも、あいつに万が一のことがあった時に執務を代行するための肩書きに過ぎないの。私がエリックを慕っているとか、気持ち悪いこと言うな」


心底嫌そうな顔でそう言うシルビア様。

歪んだ表情も美しい……とか言っている場合では無い、そんな重要そうな作戦に一般通過伯爵令嬢ごときが一枚噛むのはよろしくない。主に私の精神衛生上。


「でも、私なんかがシルビア様のお役に立てるとは……」

「なに、嫌なの?さっきお前が言ったんだよ、何でもするって」

「それはそうですけど……!」


私が言葉に詰まると、シルビア様は機嫌よく荷物をまとめ始める。


「とにかく、これは決定事項だから。それと、私はシルビオ。シルビアっていうのはエリックが適当につけた名前だから、あんまり好きじゃない。雑だし」

「えっ」

「だから、これから2人の時はそのシルビア様っていうの禁止。わかった?」


有無を言わさないその言葉に慌てて頷くと、シルビア様……じゃなくて、シルビオ様がよし、と微笑んだ。

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