クズ教師逆転物語

もみぢ波

第1話 クズ教師と訳あり生徒


教師に対して暴言を吐いたり、嫌味を言う。


昔からの偏見が凄い。


親の権力に頼りっぱなし。


パワハラ・セクハラ発言は日常茶飯事。


生徒に暴力を振るうこともしばしば……。


遅刻は当たり前。


金遣いも荒い。


モラルの欠片も何も無い。





「……ざっくり言うと、こんな先生だね」

「本当にこんな人を教師にして良いんですか」


職員室で会話を繰り広げていたのは、桐生きりゅう 弓弦ゆづる月島つきしま 亜嵐あらん。2人ともこの学校に勤めている先生である。


「分かんないけど、上が許可してるからいいんじゃない?」

「はぁ……」

「まぁ、僕が気にすることじゃあないよね?月島、これからコイツのお世話、頼むよ」


桐生は元気に欠伸をしながら、職員室を後にする。月島と言うと、"コイツ"に関する書類諸々をじっと重たい目で見つめていた。


久我くが 冬馬とうま……」


履歴書には金髪にピアス、絶対に公務員が撮る写真じゃないだろ……という身なりをしている月島と同い歳の男が写っていた。


「絶対にクズだ……」








「なんやねんここ……」


久我は通りにあるボロい建物を見つめ、スーツケースを片手に頭をムシャムシャと掻きむしった。

久我は履歴書と同じで、その街中に似つかわしくない身なりをしていた。明らか教師を志望しているような人には見えない。


(ホンマになんなんここ……。普通の学校やないやろ)


久我は門の横に『青年育成高等学校』と書かれている銘板に目をやった。


(聞いたこともないボロい学校に派遣されてもうたわ)


『青年育成高等学校』とは、全日制とほぼ同意義の学校でありながら、少人数を取り扱う教育機関である。人間関係を築くことが苦手な生徒や大きな秘密を抱えながら過ごしている生徒もちらほら。そんな理由からか、1学級に4、5人いれば多い方である。事実、あまりこの教育機関に息子、娘を預けたいと思う親がまずいないのだ。


「あなたが久我 冬馬先生ですか」


門のすぐ近くにある職員室から月島が歩いてくる。身なりは久我と正反対と言っても良いだろう。黒髪で髪もよく手入れされている。何より服装の違いだ。月島はスーツ姿であるのに対し、久我はジャージ上下セット。ある程度慣れてきた環境の中ではまだしも……初日であると言うのに。


「早速その服装ですか……」

「なんやアカンのか」

「いえ、これもアイデンティティということで許しましょう」


月島は元から正義感の強い人物であった。それ故に規則には大変厳しい人物ではあるが、久我の行動には大きく注意できない節がある。その理由は、久我が大手鉄道会社の御曹司であるからだ。


「なんやねんこの学校、ボロすぎやろ」


久我と月島は職員室のある棟に入った。そこは床はミシミシ音をたて、電気もついたり、消えたりを繰り返していた。


「建て替え工事もしませんし、仕方がないでしょう」

「国が出してくれるんとちゃうん?」

「生徒も全校で20人もいない。正直言って、邪魔でしょ」

「なんでこんなクソ学校に俺が配属されてん。よう分からんわぁ」

「お父さんに聞いてみては?」

「はあ?あのクソ親父が配属しやがったんか!教育機関にまで干渉してきやがって!」


久我と彼の父親との関係はあまりよろしくないのだろう。


(なんでこんな人が教師になりたいと思ったんだろうか。鉄道会社でも運営しとけばいいのに)


月島は心底、久我が教師を志望した訳が気になった。履歴書を見る限り、普通科の高校でも2、3年働いていたらしい。ただ、あまりにもクズすぎて異動になったとか、父親の権力で異動になったとか……。とりあえず、あの性格では教員採用試験に受かるわけもないし、父親のコネで教師になったのは確かだ。月島は久我を職員室に案内しながら、世話係の現実を見つめた。


(なんで俺だけがこんな目に遭わなければいけないんだ)









(うぅ、今日から新しい学校だ……)


有明ありあけ 翔太しょうたは『青年育成高等学校』に新しく入学する生徒の1人だ。気の弱そうな性格をしているが、髪型はきちんと整える方で今も鏡の前で格闘している。櫛を持ちながら前髪をセンター分けにしていた。


(ここの寮もボロボロだし……)


『青年育成高等学校』には学生と教師用の寮が設置されている。生徒の中には親元を離れて暮らす必要がある人物もいるからだ。有明はただ自立したいがゆえである。


(先生、どんな人なんだろ……)


有明の頭の中には真面目そうな先生や面白そうな先生が頭に浮かんでいた。『青年育成高等学校』で言えば、前者が月島で後者が桐生だろう。しかし、有明のクラスを担当するのは紛れもなく、クズ教師こと久我 冬馬である。月島は2年を、そして桐生は3年を担当しており、1年生まれるのが早ければ……なんて考えたくなるほど教師に大きな差があった。

有明はそんな考えが過ぎることもなく、寮の部屋から出て行った。

時刻は8時。学校は8時30分から始まるので妥当だろう。



寮を出ると、目の前には職員室がある。そこの横に教室がある棟があり、有明はそこに入っていった。相変わらず、ここの施設の建物はミシミシと音を立てる。


(この音めちゃくちゃ怖いんだけど……)


有明は恐る恐る廊下を歩く。平屋なので1階までしかないが、その分廊下が長かった。そして、1年のクラスは1番奥にあるので尚更だ。

1年のクラスは既に灯りがついていた。他のクラスは登校日ではないようで教室自体閉まっていた。教室にしては珍しい引き戸の扉を開けると、既に3人の生徒が座っていた。あとひとつだけ席が空いていたので、そこに腰かけた。という事は、生徒は全員で4人。有明は人間関係を築くことが苦手なので、少し有難かった。

有明がホッと一息つけると、ノブを回す音が教室に響いた。これからお世話になる教師の登場……緊張感が走った。

スーッ、スーッと履いているサンダルを引きずりながらその教師は教室に入ってきた。相変わらず生徒の前でもピアスをしていた。


(治安悪いっ……!)


有明はピアスの光やジャージのズボンから出ている紐を見て少しの不快感を覚えた。


「ほな、始めよか」


久我はプリントを配り始めた。手先は器用なようですぐに配り終える。そして、教卓に戻り、何か自己紹介などを始めるのかと思ったが、他の資料を持って教室を出ていってしまった。何の前置きも無く……。


(始めよかって何!?始まっても終わってもないじゃん……!)


もちろん、教室からは少しの動揺が感じ取られる。有明は周りの様子を見たいとは思うが、誰かと目が合うことを恐れて、じっと下を見つめていた。その中で自問自答を繰り返す。


(もしかして……いやもしかしてとかじゃなくて……僕の教師ってヤバいのかな!?うわぁ、誰かと共有したいけど、もちろん誰も知らないし……)


有明が頭を抱えている中で、シャーペンの音がした。周りは既に解き始めてるのかもしれないと思い、慌てて周りを見渡したが、そんなことは無かった。真面目なのかと思いきや、むしろ逆である。茶髪でいかにも不良くさい男はあぐらをかいてスマホを触っていた。そして、このクラスで唯一の女性であろう生徒は腕と膝を組んで寝ている。


(うわぁ、誰とも話したくない)


そして、有明はとうとう最後の一人に視線を向けた。


(頼む……!人柄の良さそうな人であってくれ……!)


有明が後ろを振り向くと、そこには中性的な顔立ちをした男の子が座っていた。それも有明の方をじっと見つめている。


「やっとこっち見た」


その男の子はコソコソ話で有明に話しかける。いかにも人懐っこいんだろうなという顔をしていた。


「ねぇねぇ、新しい先生ヤバいね。めちゃくちゃ冷たそう」

「そ、そうだね……」


有明は彼のコミュニケーション能力の高さに圧倒されていた。それでも、嫌な人のような気配は感じ取られず、少し安堵した。


「あ、自己紹介遅れた、ごめんね。僕は矢切やぎり 遥陽はるひって言うんだ。よろしくね!君は?」

「有明 翔太です……。よろしくお願いします」

「よろしくね、有明くん!」


矢切は笑っていた。まるでその笑顔が彼に引っ付いているくらいに。


「ねぇねぇ、君はなんでスマホ触ってるの?」


矢切は次のターゲットを変えて、有明の斜め後ろに座っている不良もどきに声をかけていた。


「いや、この問題の意味分かんなすぎて調べてた」

「あ、課題してるんだ!僕もそういうの得意じゃないんだ〜。みんなで一緒にやらない?」

「その案賛成。あのやべぇ先生の話でもしながら盛り上がろうぜ」


その不良もどきは意外にも優しい性格をしていた。ノリの良いヤンキー的立ち位置だろうか。

4人は給食を食べるかのように机を合わせて課題を始めた。


「そう言えば、名前言ってなかったよな。俺は相川あいかわ すばる。気軽に仲良くしような」

「相川くん、よろしくね!で、君はなんて言うの?」


このクラスで唯一の女子生徒である彼女はいかにもキツそうな見た目をしていた。それが所謂美人なんだが。


夜船よふね 誠空せら。これからよろしく」

「夜船ちゃんよろしくね!」


生徒の一通りの自己紹介は終わった。何故か教師の名前は紹介されていないという意味の分からない事実もあるが。


「あいつ、自己紹介もしなかったからな〜。なんて呼べばいいと思う?」

「うーん、なんだろ?有明くんなんかある?」

「え、え、僕!?……あんまりネーミングセンスないから……」


有明は「夜船さんは〜」と言わんばかりに夜船のことを見つめていた。その視線にギクッとなる夜船であったが、話す準備をし始めたようだ。


「あの見た目でニックネームつけるなら"クズ教師"以外に有り得ねぇだろ」


"クズ教師"

夜船以外の頭の中でも何となく聞き心地が良かった。まず最初に相川が大賛成した。


「そのニックネーム最高。呼びやすいし、ストレス発散なるわ!」

「なんか、お前も思考がクズ臭いな」

「おいおい、失礼すぎるだろ」


『青年育成高等学校』。訳あり生徒が集まる1つの施設。今年度は意外にも楽しそうな生徒が入ってきたようだ。

……教師を除いては。









「はぁ、聞きましたよ。久我先生、授業を1分もしなかったって」

「座学で教えることなんてないやろ」


月島と久我は学校近くの居酒屋で話をしていた。月島自体、居酒屋はあまり好んで来る場所ではなかったのだが、かしこまった空気で話すより、ある程度気が緩んでいる状態の方が久我は話を聞くと悟り、ここに来ていたのだった。


「そして、生徒の履歴書も見ていないらしいですね」

「そんなん興味無いわ。子供は適当に生きてくれたらええ。俺は金もらえるだけでいい」

(金持ちのくせしてこの態度。……本当にクズ以上の言葉が欲しいところ)


月島は久我と話す度に呆れるのであった。久我のクズっぷりに。


「とりあえず、俺と一緒で良いので、生徒の入学手続き資料を見てください」

「ほいほい、見せてみぃ」


月島はその態度にもイラッとしたが、それは何とか抑えて、カバンに入っている資料を取り出した。


「これが生徒4人分の資料です」


久我は酒を片手にその資料を受け取った。もう2杯目だ。酒には強い方で依然として平然を保っている。反対に月島は酒にはめっぽう弱く、今日も今日とてジンジャーエールで乗り過ごしている。


「写真も貼っとるんか。……こいつはいじめたくなる顔しとるな〜」


久我は資料の名前欄に『有明 翔太』と書いている1枚のペラッペラの紙を見て笑っている。確かにその資料に写っている有明の写真はなんとも弱々しかった。


「はぁ、あなた、一応教師ですよ」

「ええやん別に。そんな大きな行事もないやろこの学校?そんな生徒と親密に関わる機会なんてないわ」

「本当に適当ですね」


月島は心底呆れていたが、久我の家の権力故に大きく言い返すことはできなかった。


「次は誰や。矢切 遥陽くん。ほえぇ、女の子みたいな顔しとるんやね。えぇわ、タイプやわ」

(ちゃんと君付けで呼ぶんだ)

「ほんで、夜船 誠空ちゃん。美人さんやん。これで胸も大きかったら完璧や」

(本当にコイツ……顔しか見てない)

「相川 昴くん。うわぁ、嫌いなタイプやわ。前の学校でもこういう奴が一番ウザかった。なんか、イキるやん?俺、我慢出来んくて、殴ってしもうたんよ」

(あ、本当にクズ教師だ……。生徒を殴るなんて論外。生徒を追い込むのは論外だ)


まるで思い当たる節でもあるのか、月島は頭の中にある久我を殴る勢いでそう思い詰めた。現実では殴れないことをいい気に脳内でめいいっぱい殴ってやった。現実で殴ってしまえば、自分が論外になってしまうのだから。


「なんや、思いつめた顔して」

「いや、生徒を殴るのは」

「は?なんやねん」

「もう良いです。大丈夫です」

「ホンマに真面目な面してんな〜。こんなボロっちい学校さかい、もっと不良くさい教師やと思ってたわ」

「……」

「……君さ、なんかやらかしたん?」


月島は言葉を詰まらせた。何を言っても、どう足掻いても『やらかした』と取られてしまうような危うさがあった。


「まぁ、そやろなって思っててん。こんなん左遷学校って名付けられてもおかしくないやろ」

「それより、生徒の話をしましょう」

「なんなん、逃げるん?」

「逃げているんじゃありません。ただ、個人情報の扱いはこちらの勝手でしょう」


久我と月島の間には何とも言えない冷酷な空気が漂っていた。居酒屋ということもあり、周りは大いに盛り上がっている。その差異が2人の心をより遠ざけ、冷たくさせた。









(あぁ、やってしもうた。これ、二日酔いや……)


久我は寮のベッドに腰かけ、頭を抱え込んだ。


(それにベッドの心地も悪いわぁ。なんで、実家通いあかんねん)


ベッドの上にはマットレスが引かれているだけで心地の良いものではなかった。特に久我の家のベッドとは比べられないほど安っぽさが滲み出ている。


(今から授業とかふざけてるわ。ホントは休んでやりたいんやけどな)


久我は昨日のことを思い出した。月島に言い放った言葉の数々。これに囚われている訳では無いが、何となく、教室に行かなければならないという義務感が滲んでいた。いや、行かなければ、月島の格下と思われそうで嫌だった。特に同い年にはそのような対抗心を燃やす。


(月島くんと俺、同い年やったんや。なんか、嫌やなぁ。それになんで俺、ベッドおるんやろ。……はぁ、きっと月島くんが運んだんやろな)


久我の中で、月島の顔が浮かぶ。


(俺から見るにやけど、悪いヤツやないはずやのに、ホンマになんでここなんかに来たんやろ。……居酒屋で聞いたりたかったわ)


久我の中で、上の人に精一杯謝る月島が浮かぶ。


(うわぁ、めちゃくちゃ知りたいわ。謝ってるところとか、見たいわ)


ようやく、クズから1歩進歩したのかと思いきや、結局は自分の好奇心からなるものだった。


(学校行ったろ。おもろいやん、みんな秘密抱えて過ごしてるこの学校)


久我は二日酔いなど忘れて、ゲラゲラ笑う。


「アイツらの秘密、全部握ったろ!!!」


久我は寮であることを忘れて大音量で喉を鳴らした。それも、ドカドカと足をばたつかせながら。


「うるさいです」

「うわぁ!?月島くん!?」

「部屋、隣なんで。あと、下の階では生徒も暮らしているんで」


月島は既に身なりを整えているようで、教材らしきものも持っていた。久我と言うと……居酒屋の時と同じ服装である。


「えぇわ、この格好で行こ」

「ちゃんと着替えてください」

「え、なんか厳しない?」

「あなたのお父さんから久我先生のマニュアルもらったんで。好き放題させていただきます」

「なんやて!?」(クソ親父……!)


月島はそのマニュアルを持って、ニヤリと笑った。


「着替えたらすぐに来てくださいね」

「すぐ行くに決まっとるやろ!」(月島くんとは仲良くなったろ。弱み握ったりたいわ!)


久我はクックックと笑いながら、着替え始めた。


(秘密握ってばらまいたる!!学校は教える所やない、心理戦の会場や!!!)


久我はクズ思考のまま、意気揚々と部屋を去っていった。



結局クズ教師は、どうしようもないクズ教師である。








「遅くなりましたー」


久我はそう言い放って、1年の教室に入った。先程までは、月島に対する好奇心で浮かれていたが、急に二日酔いという現実を思い出し、気分を悪くしていた。


「遅いです」

「はぁ!?月島くんもおるん!?」

「あなたのこと心配なので、しばらくは授業見学させていただきます」

「2年生のことはどないすんねん」

「ちゃんと課題渡しときましたよ」

「あ、そう」(どこまで完璧やねん。その面剥ぎ取ったりたいわ)


久我は心底そう思ってはいたが、少し教師らしい姿でも見せようと思い、黙ることにした。


「じゃあ、自己紹介から始めよか」

「え、先生めちゃくちゃまともじゃん!」

「すげー!月島先生、何かしたんですか!?」


矢切と相川は声を上げて笑っていた。昨日と同じ人物には見えないからだ。夜船も隠れてクスクスと笑っている。有明はあまりの驚きで口をポカーンと開けていた。


「俺は元からまともや!」

「いやいやいや、まともじゃなかったよね?ねぇ、有明くん!」

「え、ちょ、僕に振らないでよ……!」

「お前、クズ教師って呼ばれてんぞコイツらに」

「クズやないわ!」


久我は珍しく、生徒に振り回されていた。今までの学校とは一味違う。一瞬で悟った。


「月島くん、これ、俺の方がまともやない?生徒がクズや!!」

「生徒のことをクズ呼ばわりしてる時点であなたの負けです」

「はあ!?俺もクズ呼ばわりされてんのに!?」

(久我先生ってクズだけど、チョロいタイプのクズなのか……?桐生先生が生徒に暴行とか物騒なこと言ってたけど……)


月島にとっては予想外な展開だった。月島は久我がこのまま生徒のことを殴ってしまうのではないかと危惧していたからだ。


「もうええわ。とりあえず、自己紹介や自己紹介!」


久我は手を叩きながら話を切り替えた。月島も考え事のループから抜け出し、じっと教室の様子を見ることに集中した。


「あ、先生!僕たち、もう自己紹介したよ!」

「は、え、はあ!?ふざけてんのかクズ共め!!」

「お前がクズみたいな態度とって授業放置したからだろ」

「マジでそれは夜船の言う通り」

(みんな当たり強すぎだよ……!!ちょっと尊敬するけど……!!)


有明は本当に教室か?と疑いたくなるほどに飛び交うクズコールに怯えていた。他の3人はそんな教室を楽しんでいた。


(これでも殴らないのか……?いや、でも、まぁ、発言はクズか)


月島は久我の授業態度を見る度に不思議に思った。確かに保護者からのクレームでここに来るのは分かる。左遷……って言うのも分かる。しかし、生徒に物理的に被害を与えるようなクズさは見えなかった。

月島は自分のことが惨めになった。


(結局、俺が1番ヤバい教師じゃないか)


月島は心当たりのある場面を何度も繰り返し、その度に落胆した。


「で、君が有明 翔太くん」

「はい!よろしくお願いします」

「他の3人と違って真面目やねぇ。やけど、同級生やったら絶対にいじめてたわぁ。なんか、気の弱そうな顔しとるよね」


久我は平然としてそのような言動をとる。さすがの月島も一瞬気づけないくらいの平然さで。


「で、有明くん、いじめられてたん?」

「あ、え、あの……」

「あ、図星?ごめんなー、地雷踏んで」


久我はぶりっ子ポーズをして反省する素振りなど見せずに謝った。……いや、謝っていないのか。


「先生、今のはひどい。今の言葉撤回しよ!」


少し嫌な空気が漂った中で矢切がそう発言した。4人しかいないクラスだからか、既に生徒側は一致団結していたのだ。


「はぁ?自由に発言する何が悪いねん。まぁ、ええわ。それより君は……矢切 遥陽くんやね。顔はタイプやけど、少し正義感強すぎない?ちょっと怖いわぁ」

(顔のタイプを生徒で済ますの気が狂ってるだろ!!)


相川はあまりのクズ教師っぷりに内心突っ込む。確かに生徒に個人の恋愛観を絡めるのは最近の教育界ではおかしい。いや、やっぱり狂っている。


「ほんで……相川 昴くん。……うーん、言うことあったんやけど、ノーコメントや」(相川くんの顔は気に食わんけど、なんかイキる系ではないんよなぁ)

「いや、ノーコメントが一番悲しいわ」

(やっぱり、なんか他の不良もどきとは違うんよな。……なんやろ)


久我は相川に違和感を覚えていた。月島と居酒屋で話していた時は相川に良い印象を抱いていなかった。むしろ、嫌いな部類である。しかし、何か違和感を感じる。


「最後は君や!唯一の女生徒やなぁ。夜船 誠空ちゃん。写真見てて美人やなぁ思っててんけど、理想通り胸もでか」バコーッン!!


意気揚々と久我が話している中、物騒な物音がした。月島が勢いよく久我のことを殴ったのだ。


「なんや急に!」

「マニュアルです。……セクハラ発言に関しては殴っていいと」

「なんやねんそれ!てか、動き早!」

「とりあえず、許しが出ているセクハラ発言にでしか殴りませんが、ちゃんと有明くんへの発言は撤回するように」

「……まぁ、次から気をつけたる」(まぁ、気をつけへんけど笑)


久我は月島には口答えしない方が良いのではないかと思い始めざるを得なかった。それはマニュアルを持っているからでは無い。何かそれ以上に深いもの……久我よりも闇深いものを月島が持っているように感じたからだ。


「あ、昨日の課題。集めてな」

「あ、やばい僕やってない!」

「あ、良かった。矢切くんも?僕もしてないんだよね。昨日、疲れちゃって寝ちゃいました」

「……忘れたわ」

「え、課題やってきたのって……俺だけ?」

「うん、相川くんだけだね。……お願い、見せて!」

「あかんあかん、教師の前で課題見せるってあるんか?もう、ええから、明日までにちゃんとしといてな」


意外にも課題を最後までやってきたのは相川だけだった。その態度に呆れる久我ではあったが、課題提出に厳しいタイプではない。


「ほな、今日はこれで終わりや。絶対に明日には課題終わらせといてな」


久我はそう言い残して教室を出ていった。それに月島も続く。


(やっぱり、クズ教師。生徒に暴言しか吐かない。暴行しないだけマシかと思ったが、そんなことも無いな)


月島の見解である。あまりにも本当のクズが来ると思い込んでいたため、暴行しないだけでクズではないと思っていた。しかし、有明の様子を見て、やはりクズなんだと確信した。


(本当にこんな人が立派な教師になるのだろうか……。俺は毎回、こういう立ち位置だ。もう諦めているが)


「じゃあ、課題をするように」


月島は久我だけの発言では不安で念押しをしておいた。前にいる久我はなんとも思っていないようでブラブラブラブラと廊下を歩く。


(二日酔いや〜。本格的に気持ち悪ぅなってきた)


「え、久我先生二日酔いですか?」

「そうや。……だから、今日の発言は無かったことにしといてな〜」

(ん?どういう理論?……でも、まぁ、罪悪感を感じているのか?いや、気持ち悪いからこそなのか?)


月島にとっても、久我にとっても、互いの謎は深まるばかりだった。






「有明くん、大丈夫?」

「う、うん!大丈夫だよ、心配ありがとう」

「あれはマジで酷いよな。やっぱ、クズ教師ってあだ名がこの上なく似合うな」

「アイツと1年間過ごすの考えるだけでキツい」


4人は結局のところ、久我はクズだと気づく。特に有明は傷ついただろう。


「でもさ、4人で頑張っていこうよ!」

「おぉ、そうだな!ほら、早速協力!俺の課題見せてやるよ」

「助かる」

「相川くん、ありがとう」


至って平穏な日常が流れる。今はクズ教師がいようがいまいが関係ないのだ。それほど平和な日常と言うべきか……。




この時は誰も知らない。4人各々秘密や弱みを抱えて生きていることに。誰も何もかも分からないのだ。誰のことも。


そして、クズ教師こと久我 冬馬のことも……。


(俺、なんで教師になりたいって思ったんやろ……)

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