破魔矢

化野生姜

辻の家

「――じゃあ、父さんと母さんは初詣に行ってくるから。鍵はこっちで開けるし、昼寝でもしてなさいな」


 両親のいなくなった、わずかな間。

 俺は久しぶりに帰った家で伸びをする。

 

(…ソファに転がって、テレビでも見るか)


 正月帰省。おせちも雑煮も一通り食べ終え、両親の誘いも断った。


 二年前に購入したコンパクトな住宅。二人暮らしの両親にはちょうど良いそうで、お金を出したこちらとしても嬉しい限りだ。


(でも…ちょっと寒いな)


 腕をさすりつつ、寒気の出どころを探ると窓に突き当たる。

  

 昼なお、二重のカーテンが閉まった窓…以前、開いていたときには、道が一本こちらへ向かうように伸びており、この家が突き当たりにあることを知った。


(――あら、ここ。立地はいいけど辻じゃない)


 つと、母親の言葉を思い出す。


(辻は良くないのよ、悪いものが入るから)


 そのため、引越し初日からカーテンレールの上には魔除けとして、母が選んだ破魔矢が一本置かれていた。


「でも、今日は無いんだな」


 ――正月のうちに破魔矢は一年のお務めを終え、神社に奉納される。


 親から聞いたその言葉通り。

 カーテンが引かれた空間の上には何もなく、どこか空虚な空気が漂っていた。


(…にしても、寒いな)


 窓でも空いているのかとカーテンをたぐろうとするも――気づく。

 光の漏れ出る隙間…その色が、ひどく赤い。


(――外、晴れていたよな?)


 ついで、チャイムの音。


「ごめんねー、帰ったら荷物が多くて。手伝ってくれない?」


「…あ、わかった」


 母親の声に玄関に歩き出すも、気づく。


 ――玄関先、光取りの窓の向こう。

 その先が先ほど漏れ出た色と同じ、赤色。


「開けてー、重たいのー」


 なおも母親が声を上げ、ドアノブが動く。

 

「重いのー、重いのー、来てよー」


 ガチャガチャガチャ…


「すぐに来てー、こっちに来てー」


「…い、嫌だ」


 思わず、自分の口から声が出る。


「行かないぞ、誰が開けるもんか――」


『いや、もう中にいる』


 ついで、自分の肩に爪が食い込む感触がした…



「ただいまー、遅くなっちゃってごめんねー」


 鍵でドアを開け、家に入った母親はソファに座るに声をかける。


「神社が混んでてね。父さんと蕎麦も食べてきちゃって、あんたのぶんも買ってきたから後でお腹が空いたら適当に食べて」


 後に入ってきた父親は上着を脱ぐなり「わ、寒いな」と腕をさする。


「母さん、窓が少し開いているじゃないか。出がけに閉めるのを忘れただろ?」


 それに「…あら、いけない換気のつもりで」と、母親はピシャリと閉める。


「でも、この子もいるし。問題ないでしょ?」


 ついで、彼女は買い物袋に手を入れると破魔矢を上へと――、破魔矢をカーテンレールの上へと置いた…!

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破魔矢 化野生姜 @kano-syouga

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