第18話

 あれから数十年の月日が流れ、私はもう一度智也の前に現れた。

 街にある総合病院の病室の一室。

 6人部屋の大部屋で、智也は眠っていた。


 自宅で倒れて、病院に搬送された後、意識が戻らずに眠ったままだ。

 倒れたのは、脳の血管が詰まったことが原因だった。

 手術はせずに、血液が固まりにくくなる薬を投与して、自然に血が流れるようにしたのだが、詰まったところが悪く意識が戻らない。


 私は、その病室で智也のとなりに立った。

 私の容姿は昔と変わらない。

 しかし、ベッドで眠る智也は違っていた。

 面影はあるが、顔には皺が多く、白くなってしまった髪は、少し薄くなっている。

「………老いたね」

 生きる智也の肉体が老いるのは仕方がないことだが、さみしいと思う。


 どうして私は、世界を作るときに、寿命や老いというものをつくってしまったのだろうか。


 私は、智也に手をかざして、白い光であたりを包む。

 今のままでは、智也はしゃべれない。

 私が来たことにもきづいていていないのだ。

 智也の精神に話しかけることにした。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 白い世界が広がっている。

 ただただ、真っ白な世界は、無限に近い。

 そこに智也が立っていた。

 昔のままの、私と初めて会った頃の智也の姿で。


「久しぶりね」

 背後から声をかける私に、智也ゆっくりと振り向いた。


「………」

 私の姿をみて、智也の口元がワナワナと震え、駆け寄ってきた。

「久しぶりじゃねーよ!!今までどこ行ってたんだよ!」

 私の両肩を、もう離さないぞ、と強く掴む。


「急にいなくって、俺……」

 そこからは涙が溢れてもう言葉になっていなかった。

「ごめんね、何も言わずにいなくなって」

 そうでもしないと、先に私の方が狂ってしまいそうだった。

「消滅してしまったんじゃないかって……そんな怖い想像ばっかりで」

 智也の嗚咽は止まらない。


「私は神様よ。そんな簡単に消滅なんかしないわ」

「そうだと思ったけど!だけど、何も、何もなくて。誰も神様のことを知らないし、俺の手元には何もないし…」

「………」

「何も言わないでいなくなるなよ……」

「うん、ごめん」


 ひとしきり泣いた後、智也は改めて口を開いた。

「神様きたってことは、俺はもうすぐ死ぬのか?」

 自分の今の姿を、手元を見ながら智也が言った。


「……そうね、残念だけど」

「そうか……。それは今日か?明日か?明後日なのか?」

「それはわからならいけど………。ただ私が前の世界で知っていた智也の寿命では、4日後の夜に迎えがくるわ」

 これは、前の世界の記憶で、今の智也の寿命はわからない。

 ただ、智也が亡くなる可能性がもっとも高い日がその日だった。


「そうか、4日後の夜か」

 智也は私の言葉を噛み締めるように、繰り返した。

「ってことは、神様は最後のお別れにきてくれたってことか?」

 智也は笑っている。昔のように。


「最後に神様とお別れができるなんて、俺もだいぶ好かれてたんだな」

 そうね、智也は神様に好かれている。


「あら?ちゃんと自覚していたのね」

 私は最後だから、ちゃんと言おうと思った。


「そうね、あんたは神様に好かれているわ」

 私は智也をまっすぐに見上げた。

「このタイミングで告白かよ」

 おどける智也を、私はもう気にしない。


「私もね、一つだけ願いことを言おうと思ってるの」

 こんなに胸がドキドキすることは初めてだ。

「ねぇ、智也。この世界で亡くなってしまった後、私と一緒にこの世界の行く末をみない?」

「………」

「この世界が終わるまで、何百年何千年かかるかわからないけど、やっぱり一人はやっぱり寂しい」

 私は顔を伏せた。

 もし智也に拒絶されれば、私はまた一人だ。

 この寂しい感情を殺すために、私は智也と離れたのだ。

 たかだか数十年。

 その歳月でさえ、私は寂しいと感じていた。

 たった数十年でさえ、私は寂しいという感情を殺すことができなかったのだ。


 この先、数百年数千年の歳月があるかと思うと、もう今から狂いそうだ。

 智也が私の頭に手をおいた。

 くしゃくしゃと、乱暴に頭を撫でる。

「いいぞ」

 智也は笑顔で答えた。

「神様と世界を見届けるなんて、こんないいことなんてないな」

 あぁ、そうだ。

 私は、人の笑顔が好きだったのだ。

 そして、智也の笑顔は特別だった。

「ありがとう」

 私は、この世界に願う。


『この世界の行く末を見届けさせてください。智也と一緒に』

 と。

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