第25話 あなたのおかげで毎日が楽しいんです!

 最終決戦から数日がたち、パティシエルにかけられた呪いは解除された。

 角砂糖になっていた人々は次々と元の姿に戻り、アフタヌーンティーに溶かされた人たちも、世界の至る所で次々と発見された。


 魔王の名を捨てた一人のお菓子職人、マリアン・ワーネットは現在、玲照くんと共に世界中に散らばった人々の捜索を続けながら、日々料理の腕を鍛え上げ、より美味しい食材を作るための研究を続け、玲照くんと度々料理対決をしているようだ。


 途中で姿を消したチョー・コレットとヴァニーラ・アイシスはワーネットの口から悪魔だったと玲照たちに伝えられた。

 玲照たちは初めは驚きはしたものの、今はこの星をお菓子の世界に変えた原因になった二人の捜索を続けている。


 二人がファジエルたちの手で始末されたことは伝えることはできないため、天使側もどうにかして倒したという痕跡を残そうと苦悩している。

 悪魔たちも倒され、ワーネットが呪いを解いたこの世界はねじ曲がっていた理が修正された。


 この世界の力は糖力から味力と名前が変わり、この味力を食材に変えたり、味力を操作して調理法を工夫することで美味な料理を作り出すことができるようになった。

 この世界はお菓子の国ではなく、食べ物の楽園に戻ったのだ。


 美味しさを追求するあまり、周りが見えなくなってしまった一人の少女、ワーネットは料理と食材の素晴らしさを世界中に布教して回っている。

 ワーネットの活躍もあり、世界中に腕利きの料理人が溢れ、毎日のように絶品料理が溢れている。


 今も変わらずこの世界にあるものは全て食材だ。

 けれどお菓子だけではない、草原に生えるのはさまざまな野草、大地にはコーヒー粉やココア粉を固めたものが、木々はキノコが巨大化した物になり、どんな食材にも毒はなく、ひとくちかじれば幸せな気分になれるほど洗練された食材たち。


 その食材たちを最高品質にするために、玲照とワーネットはさまざまな研究と実験をしている。

 極限の旨味を全身の味覚で味わっても、角砂糖にはならず幸福感を味わえるようになった。


 糖晶病の呪いがなくなった今、美味しいものに恐る人間はいなくなった。

 自ら進んで美味しいものの研究をし、互いが料理の腕を競い合う幸せな世界へと変わったのだ。


 そして今日も玲照くんたちは笑顔を絶やさずに料理を作り続けている。


「とまあ、最初の仕事にしては上々ですね!」

「また玲照様の監視っすか? ファー先輩!」

「あなただって隙あらば玲照くんを監視しようとしてるでしょ! うっとりした目でね?」

「う! うるさいっすね! 別にいいっしょ! 初仕事をこなした思い出の地ですから!」


 頬を真っ赤にしながら怒り出すディア。 まったく、ウブなやつめ!

 最初はハーレムクソ野郎とか言っていたくせに、いざ少し話しただけで玲照様と呼んでしまうほどだ。


 よっぽど玲照くんがお気に召したのだろう。 ちょろインである。

 初めは玲照くんの特殊な恋愛観に対してひどく悲しんでいたのだが、だからこそ彼は女性であろうと男性であろうと下心なく、等しく優しく接することができるのだと知り、玲照くんのことを随分と気に入ってしまったようだ。 私ももっぱら玲照くんの監視が非常に楽しい。


 玲照くんとベイクードさんが少し話しているだけで大興奮してしまう。 二人はいつ結ばれるのだ! ベイクードさんには奥さんいるけど諦めないでほしい!

 まあこんなこと考えてると、ディアには冷めた目で見られるが………


 しかし初任務が終わったにも関わらず、私は今とあることに悩まされている。


「ファジエルちゃ〜ん! ディアちゃ〜ん! 今度こそ私の部隊に来てもらうわよ〜!」


 毎日のようにリロスエル様が私たちの照覧の間に現れるのだ。


「げ、また来たんですか? 博打好きのなんちゃって力天使総代」

「なんちゃってはひどいじゃない! ディアちゃん? 罰として私の部隊に来てもらうわ!」

「だから! テレシール様の許可がないとダメって言ってるじゃないっすか!」


 ディアがわずわらしそうな顔でリロスエル様を追い返そうとする。

 実際、パティシエルの一件が終わった後、勧誘の話を何度もされたのだが、私たちの直属の上司はテレシール様だ。


 そのテレシール様は第六階級天使で、力天使総代であるリロスエル様の直属の部下なのだが、テレシール様は必死に断り続けている。

 あの後リロスエル様は、グルーミー銀河で光の回廊を使った後始末をしていたテレシール様に直撃し、必死に交渉をしたらしいのだが断られてしまったらしい。


 『ファジエルはポンコツだからやめた方がいいですよ? これからも私が責任を持って指導しなければなりませんから』

 『大丈夫よテレシール! あの子は肉弾戦が得意なの! 私の部下になったら戦闘を中心にさせるからきっと得意分野よ! 蛇の道は蛇っていうでしょ!』

 『でしたら余計にダメです。 可愛い部下をみすみす死地に追いやるような非道な真似はできません。 そもそも、私は今仕事中なのです、第五階級総代を名乗っているのですから、時と場合を考えてから交渉に来ていただけます? 常識的なことですよね?』


 テレシール様の毒舌の前に、半泣きで帰ってきたリロスエル様は私たちの仕事場でずっと愚痴っていた。

 面倒だったので私とディアはリロスエル様の対応をベリシュロンに丸投げして退避したが、その日を境にリロスエル様は毎日のように私たちの仕事場に入り浸っている。


 リロスエル様がくるたびにベリシュロンがこっそり逃げ出そうとするのだが、ディアは無言で彼女を捕まえてリロスエル様に生贄として献上している。

 ベリシュロンはいつも半泣きで助けを求めてくるのだが、私は無言で両手を合わせて拝むことしかできない。


 そうしてぬいぐるみのように抱えられたベリシュロンにリロスエル様のマシンガンのような愚痴がかけられていくのだ。

 この迷惑行為にため息をつきながらも、ディアは何度もテレシール様に苦情を言っており、報告を受けたテレシール様は頭を抱えながらリロスエル様を連行して去っていく。


 正直、どっちが上司なのか分からない。

 パティシエルが落ち着いたからしばらくはゆっくりできると思ったのに、毎日のように押しかけてくるリロスエル様が私たちの安寧を邪魔しにくるのだ。


 今日もこうして大騒ぎしにきたリロスエル様を、テレシール様が毒舌を無慈悲にかけながらも連れ戻している。


「あの人、本当に総代なんすか?」

「ディア、それは本人に言っちゃダメよ?」


 引き摺られていくリロスエル様を眺めながら頬を引き攣らせるディア。

 ベリシュロンはホッした顔でまた推しの監視に戻ろうとするのだが、すかさずサボろうとしてるベリシュロンを呼び止めるディア。


「ベリりん! サボろうとしてますね? なんちゃって力天使様に突き出されたくなければちゃんと他の世界を監視しなさい!」

「ひゃあぁぁぁ! もう勘弁してください!」


 頭を抱えて震え出すベリシュロン、なんだかディアにいつも脅されているおかげで最近サボることがなくなっている。 おかげで仕事の効率が良い。

 ベリシュロンがサボらないだけでこうも平和になるとは思わなかった。


 ディアとベリシュロンは相当優秀なのだろうと改めて感じた。

 私もいいところを見せなければ! そう思って監視を再開させる。


「ていうかファー先輩、ぶっちゃけどうなんすか?」

「ん? 何がです?」


 監視作業に入った私の隣にちょこんと座りながらチラチラ視線を向けてくるディア。


「何って、ぶっちゃけ悪い話じゃないと思うんすよ。 リロスエル様からの勧誘の話」


 確かに条件的には非常にいい。

 なんせ悪魔との戦いになった時に緊急の呼び出しがあるのだが、それ以外は天界で稽古を受けていたり好きなことをして時間を潰していていいわけなのだ。


 降臨者たちのため根回しをしている今の仕事に比べれば非常に楽だし、戦闘の方が私には向いている。


「まあ、確かに戦闘の方が私には向いてますし、リロスエル様も自由人すぎて絡みが面倒なところを除けばかなりいい方ですからね」

「あの人本当に総代なんすかね? あれが総代とか、ぶっちゃけ天界の今後が心配っすよ」

「ディア、オブラートオブラート」


 冷や汗をかきながら苦笑いを浮かべる私。

 話がずれそうになっていたため、私は映像版に視線を向けながら真剣な顔をした。


「まあでも、条件がいくら良くても勧誘はお断りしたいですかね」

「どうしてです?」


 ちょこんと首を傾げるディアを横目に見ながら、私は小さく鼻を鳴らす。


「今の仕事が少し楽しいからです」


 そう、ディアが来てからこの仕事が大変なだけではなく、楽しいものになったのだ。

 私の管轄する銀河は、以前問題ばかり発生していた。


 ディアと本気を出させられたベリシュロンのおかげで無法地帯同然だったキャンナイク銀河は安定していて、今の問題としては先日光の回廊を使ったグルーミー銀河の後処理くらいだ。

 テレシール様は毎日のようにグルーミー銀河に出張していて、今の所悪魔による干渉は見られないらしい。


 私たちも当事者として手伝ったりしていたが、あと数週間も待てば痕跡は消えるだろう。 痕跡が消えれば晴れてイージスの盾も私に返してもらえるはず。

 つい先日まであっちこっち飛び回っていたのが嘘のように、今も問題なく降臨者たちが仕事をしている映像版を眺めながら、私は控えめに微笑む。


「ディアがくる前だったら有無を言わずに勧誘を受けてたかもしれないですが、ディアが色々と手を回してくれたおかげで今は仕事が楽ですし、世界を救っていく降臨者たちを観測しているだけで心が躍ります。 あなたのおかげで毎日が楽しいんです!」


 私のまっすぐな視線を受けたディアは、頬を真っ赤に染めながらあたふたし始める。


「なっ、急に何恥ずかしいこと言ってんですか! あーやだやだ全くもう、うちがいないと何もできないファー先輩は放っておくのが心配っすね! 仕方がないので、これからもしっかり面倒見てあげようじゃないですか!」


 肩を窄めながら慌てて目を逸らすディア。 その慌てようが何だか可愛らしくなり、思わず頭を撫でてしまった。


「ちょっと! 何子供扱いしてんすか!」

「あらごめんなさい、ついつい手が勝手に動いちゃってね」


 頬を膨らませながら丸くなってしまったディアの背中を見て、思わず微笑んでしまう。


 これからも私たちの仕事は困難が待ち受けているのかもしれない。 例えばヒロインを差し向けても見向きもせず、相手側の魔王に恋をしてしまう降臨者や、ロリっ子ばかり愛でていて一向に働こうとしない降臨者など。


 発生しそうな問題を考えてみれば頭を抱えたくなるような問題ばかりかもしれないが、ディアと一緒ならたとえどんな問題だろうと、楽しく解決できるのかもしれない。

 

 今まで苦労ばかりの天使生活だったが、こうして毎日を楽しく過ごせているのなら、やらかしてしまってもカバーしてくれる頼れる相棒がいるのなら。


 むしろこれから起きる問題が楽しみになってしまうような気がする。 そんな迷惑なことを思いながらも、小言をつぶやき続けるディアに、心のなかで感謝してしまうのだった。

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ポンコツ天使の異世界取締日誌 直哉 酒虎 @naoyansteiger

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