第24話 そんなもの、お菓子などではない!
許せなかったのじゃ。
食べ物を粗末にしてしまう愚者共が。
見ていられなかったのじゃ。
悪戯に失敗を繰り返し、貴重な食べ物を平気な顔で廃棄する凡愚どもが。
耐えられなかったのじゃ。
人々を幸せにすることもできず、おいしく食されることなく捨てられて行く食べ物たちを見ていることが。
人々は食材を無駄に浪費する。
好き嫌いをして食事に手をつけぬもの
利益ばかり気にして作り溜めをし、結局持て余して手もつけずに捨てるもの
調理に失敗して、味見もせずに捨てるもの。
たとえ調理に失敗しようと、それを味わわなければ何がいけなかったのか、わかるはずもないであろうに。
じゃから予は、食べ物の素晴らしさを皆に知って欲しかった。
調理の楽しさをもっともっと広めたかった。
食べ物を粗末にするもの共に、その罪を償わせたかった。
そんな時、やつらは予の前に現れた。
「持て余してるじゃねえか、クソガキ。 悪魔と契約し、気に食わねえ奴らを粛清する力、欲しくはねえか?」
頭部に湾曲した角を生やしたこの世ならざる者たちの甘言。
予は馬鹿ではない、この者どもが良からぬことを企んでおる事は嫌でも分かった。
しかしそれ以上に、食べ物を粗末にする者どもを、放置しておく事は許せなかったのである。
悪魔たちの言葉に従い、予はこの星に呪いをかけた。
『糖晶病』それはこの星の者たちが全身に備えた味覚を刺激し、一定割合を超えればその体を角砂糖へと化す恐怖の病。
そしてこの星に溢れていた食材全てを甘いお菓子に変えてしまう呪い。
予は、お菓子が好きであった。
精密な分量、焼き加減、工程を踏まねば美味の境地に至れない。
そんなお菓子作りが大好きであった。
レシピ通りの分量を守り、どれだけの工夫を施すかで味が変わって行く。
考えれば考えるほど、お菓子はどんどん美味になる。
皆が好きなお菓子でこの世界を満たしてしまえば、きっと食べ物を粗末にする者はいなくなる!
レシピをしっかり守っていれば、調理に失敗するものもいなくなる!
糖晶病は、お菓子作りがうまい者ならならない病気なのじゃ。
なんせ美味なものを作れば、他の者に負けることはない。
この糖晶病の呪いをこの星にかけてしまえば、皆生きるために必死に調理の勉強をするはずなのである!
あの日現れた悪魔たちに力をもらった予は、この世界の人々にもっとお菓子づくりの高みを目指してほしいと願った。
より美味なものを作り出し、予と競い合えるほどのパティシエが現れることを願った。
美味なものを作れぬものは、努力を怠った怠け者じゃ。
そんな輩は角砂糖になって紅茶に溶けてしまえばいい!
予はより旨きものを追い求め、最強の菓子作りに専念したかった。
けれど、その選択はきっと………間違いだったのであろう。
☆
「なんであるかその食材は! お菓子ではない! そんなもの、お菓子などではない! 予を愚弄するか麻向玲照!」
「このお米は冬椿と言ってね。 僕の前世の記憶を頼りに作り出した最高品質の食材だ。 一度食べたことがある僕は、この味を忘れた事は今まで一度たりとてあったりしない。 最高の素材を生かすために、調味料は塩しか使っていない。 これがこの食材を食べるために最も適した調理法だ!」
冬椿、それは玲照くんが転生する前の世界で最高品質を認められた最高級の白米。
豊富な雪解け水にたっぷりと含まれたミネラルがお米に栄養を与え、通常の何倍ものコストと手間をかけた土、そして火力を使わずに除湿させた空気でゆっくりと乾燥させ不純物を徹底的に排除したその米は、香り、艶、粘り。 あらゆる面において最高品質を叩き出す一級品を超えた至高の米。
その米で作られたおにぎりにわずかな塩をまぶした、素材の味を最大限に引き出した究極の一品。
そのおにぎりの叩き出す旨味は、想像を絶する。
「そんなものお菓子ではないのである! 塩で味付けしただけの米の塊如きでは、予のクグロフには通用せんわ!」
「この甘いものだけが蔓延した世界で、君は本当にまだそんなことを言えるのか!」
歯を食いしばりながら、魔王は今できる限り最高のクグロフを作り出した。
ラム酒を大量に含ませて焼き上げた狐色のクグロフに、グラニュー糖をまぶす。
単純な作りだが、魔王本人が今まで食べたお菓子を参考に、形や焼き方、素材全てに気を効かせた今できる全力のクグロフ。
余計なものは一切入れない、ただクグロフ本来の旨味だけを追求した最高傑作。
そのクグロフが冬椿おにぎりと衝突した瞬間、クグロフは一瞬にして砕け散った。
「予のクグロフが………手も足も出んのか!」
塩キャラメルかき氷ですら、僅かに火花を散らしたクグロフでさえ一瞬で消し飛ばすほどの破壊力。
その滝のように溢れ出る旨味の暴力の前に、魔王は脱力しながら膝をついた。
「当然だ。 素材そのものを手間と時間をかけて最高品質にまで押し上げた逸品だ。 どんな調理をしてもどんな調味料を使っても、絶対に美味しくなる。 噛めば噛むほど甘味と深い香りが鼻腔をくすぐり、手が止まらなくなる。 もっと味わいたいと欲求を破壊する! 素材の旨味が、全ての料理の基盤を支えているんだ!」
焼き方や味付けの工夫だけではない、単純な素材そのものの旨味で勝負。
お菓子は材料の分量を間違えば味が激変する。
しかしおむすびは、何と合わせても、どんな握り方をしても美味になる。
甘い油揚げで包んだお稲荷さん、しょっぱいシャケを中に入れたシャケおむすび、酸っぱさを引き立てる梅むすび、ほんのりとした辛さをたしなむ辛子明太子。
全ての味を支えるその旨さの基盤は、冬椿が作り出す圧倒的な風味と触感。
麻向玲照は元々農家の子だった。
しかし不慮の事故で命を失い、神によってこのパティシエルに転移させられたのだ。
魔女王マリアン・ワーネットによってお菓子に変えられてしまった世界に、再び食べ物の喜びを取り戻すため。
麻向玲照に与えられた力は、素材そのものの旨みを最大限に引き出すお米の力。
最高峰の米を作り、それを至高の味へと至らせることができる、炭水化物の支配者だったのだ。
米は何と合わせても絶品になる、甘く煮詰めても、苦味のあるお茶で漬けても、辛さの象徴であるカレーと合わせても絶品の味を叩き出すのだ。
塩単品で味付けされた冬椿のおむすびに飲まれた瞬間、その旨みを全身で受けた魔王は涙をほろりと流した。
「予は、予はただ………食事を幸せなものにしたかっただけだったのである」
「君のお菓子づくりへの情熱は、この戦いを経て十分すぎるほど理解した」
今の玲照くんには先ほどまでの強者の風格はなく、全てを包み込むような優しい声音で魔王に語りかける。
「予は、もっと皆を幸せにしたかっただけなのである!」
「君が作り出すクグロフは、きっとみんなを幸せにしてくれるよ」
懺悔するように涙を流しながら、魔王は全身の味覚で冬椿の塩おにぎりを堪能する。
「予は! 予は美味しいものが大好きなだけなのであるぅぅぅぅぅ!」
「これからはお菓子だけじゃない! さまざまな料理を覚え、新たなる美味の世界を開拓すればいい! 僕だって負けないぞ! さあ! この星にかけた、角砂糖の呪いを解くんだ!」
玲照くんがにっこりと笑いながら、大声で呼びかける。
それを聞いた魔王は一粒の涙を頬に伝わせ、その容姿に似つかわしい満面の笑みを作り出した。
「この食べ物ができる前から、土や環境、育てる際の栄養や、作物ができてからの手間暇。 この芸術品とも呼べる白米には、想像もつかないほどの希望と愛情が含まれておる。 なんと美しい。 なんと美しい食べ物なのか………………」
魔王はそれだけ言い残し、幸せそうな顔で昏倒した。
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