第23話 美味しいところ持って行ったわね

 唖然とする玲照くんたち。


「馬鹿な! あれほどの旨味を含んだかき氷を、ただのレモンクグロフが消したのか?」

「ただのレモンクグロフではない。 あのクグロフは砂糖を含まない、苦くて酸っぱいだけのクグロフである」


 勝ち誇ったような顔で腕を組む魔王に、悔しそうな顔を向ける玲照くんたち。


「一体何が………」

「確かに、誠に遺憾ながら予のクグロフではうぬが作り出した塩キャラメルかき氷には勝てんかった。 だからのう………打ち消した」

「打ち消した? 意味わかんないし!」


 キャリーちゃんが動揺しながら声を上げる。


「意味がわからんだと? 笑わせるでない。 塩スイーツを生み出したのは味覚の扱い方を熟知していたからではなかったのであるか?」


 邪悪な笑みを浮かべる魔王。

 言葉の意味を捉えられないのだろう、玲照くんたちは悔しそうな顔で立ち尽くしている。


(なるほどね。 抑制効果を使ったと言うことね?)


 スイーツオタクのアストロンが、小さく息を吐きながら呟いた。

 玲照くんたちの様子を伺いながら、どう言うことですか? と解説をお願いする。


(塩スイーツは異なる味を混ぜ合わせることによって甘みを引き立てる対比効果を使っていたスイーツなの。 そこに違う味のスイーツを混ぜればどうなるかしら?)

(三つの味が混ざり合う? 二つの味ではなく、三つの味になり互いの旨味を殺し合ったと言うこと?)

(その通りですリロスエル様。 正確には三つではありませんがね。 通常、甘みを抑制するのには苦味や酸味を用います。 塩味も同様、酸味と苦味が味を抑え込む。 あのクグロフにはレモンの皮に含まれる苦味と、果汁に含まれた酸味を大量に含んでいたのでしょう。 甘みと塩味を押さえつける対照的な味。 苦味と酸味を大量に含んだクグロフが、あのキャラメルかき氷の旨味を殺したんです)


 さすがスイーツオタク、解説がわかりやすい。

 とは言ったものの、さっきのキャラメルかき氷を見た瞬間、私の天使の弓矢は使う機会がないと思われていたのだが、これで雲行きが怪しくなってしまった。

 クグロフにはたくさんの味を引き出す工夫が施せる。


 一方玲照くんたちが作り出せるのは極上の旨みを含んだものの、実際は普通のスイーツ。

 暴力的旨味を作り出せても、変幻自在のクグロフに旨味をかき消されてしまう。

 このままでは決定打を与えられない。


 歯を食いしばっている玲照くんに、嗜虐的な笑みを浮かべながら魔王は呪文を唱え始めた。

 慌てて陣形を整える玲照くんたち。 今度は分断されないよう、コンパクトに互いの距離を詰めている。

 だが、それが仇となってしまった。


「終わりであるな麻向玲照! 予の勝ちである!」


 地面から隆起した巨大なクグロフの中心にある、ぽっかりと空いた穴の中に囲われた玲照くんたち。

 再度塩キャラメルかき氷で拘束を逃れようとするが、穴の中には先ほど見たレモンのクグロフが大量に降り注ぐ。


「塩キャラメルかき氷で拘束を逃れようとでも思ったか! ばかめ! そんなことをさせるとでも思ったか!」


 玲照くんは悔しそうな顔をしながら、降り注ぐレモンクグロフに飛び込んだ。


「玲照! 一体何を!」

「このクグロフは単体なら旨味がないに等しい! ただお菓子の味を惑わすだけ! だったら触れても問題ないはずだ!」


 慌てて玲照くんを止めようとしたキャンディーちゃんは、彼の一言を聞いてすぐさま飴細工で足場を作り、彼のサポートに映る。

 それに続いてキャリーちゃんもキャラメルのブロックで足場を生成した。


 巨大なクグロフから玲照くんたちが頭を出すと、待っていたと言わんばかりに魔王は邪悪に微笑む。


「逃げ場はないのう。 これで、チェックメイトである!」

「待ち伏せされました!」


 シャートちゃんが慌ててスイカシャーベットを噴射させるが、魔王が飛ばしたクグロフの旨味に抗えずに吸収される。

 カカオの香りを振り撒きながら、暗褐色のクグロフが飛んでいく。


 チョコレートの生地で作ったクグロフの中にとろけるチョコレートが入った、まるでフォンダンショコラのようなとろける口当たりのクグロフ。

 塩で体を覆ってしまえば、その塩がクグロフの旨味を引き出してしまう。


 咄嗟の出来事のためキャラメルかき氷を作り出すこともできない。

 諦めたように下唇を噛む玲照くん。


 だが、たった一人だけ、クグロフに拘束されていない仲間がいることを、彼らは忘れていたのだ。


「ドーナツカッター!」


 いくつもの球体がくっついた、花びらが開いたような形のホワイトドーナツがクグロフに衝突する。


「妾のとっておきなんだもん! これは妾の大好物なんだもん! フォンダンショコラのクグロフなんかに、負けないんだもん!」

「「「ドナーティ!」」」


 ヒロインたちが希望に満ちた声で彼女の名前を呼ぶ。

 真っ白な花びらのようなドーナツと、暗褐色のクグロフが空中で衝突し、火花を散らす。


 白と黒のぶつかり合い、ドナーティは必死に両腕を伸ばし、持てる力の全てを搾り出そうと咆哮を上げる。

 私はそんなドナーティを見て、呆れたように息を吐いた。


(美味しいところ持って行ったわね)

(ほんとですね。 『きゅうぅぅぅ』後でディアにあのドーナツ食べさせてもらいたいな)


 リロスエル様とアストロンも、呆れたようにボソリと言葉を漏らした。 いや、アストロンは呆れたと言うか、どちらかと言うとお腹を鳴らしていた。

 ドーナツはジリジリと火花を上げた後、クグロフに押し負け霧散してしまう。

 悔しそうな顔で舌打ちをするドナーティ。


 だが、ドナーティが投げた花びらのようなホワイトドーナツが、もちもちとした弾力で魔王が投げたショコラクグロフの勢いを緩和させていた。

 ドーナツは消し飛ばされてしまったが、クグロフの旨味が弱まったおかげで玲照くんたちはなんとか角砂糖にならない状態で吹き飛ばされ、ぐったりとしながら地に伏せている。


 旨味によるダメージは大きく、ヒロインたちは立つこともできない状況だった。

 唯一ギリギリ意識を保っていた玲照くんに駆け寄っていくドナーティ。


「玲照様! 妾のドーナツじゃ、歯が立たなかったんだもん。 力不足で申し訳ないんだもん」

「そんなことないさドナーティ。 君のおかげで僕たちは角砂糖にならなくて済んだんだ」


 優しい声音でドナーティに語りかける玲照くん。 ドナーティ、あれは芝居なのか素なのか? 最早彼女が分からない。


「手こずらせおって、これで今度こそ終わりであるな」

「妾が玲照様を守っちゃうんだもん!」


 両手を広げて玲照くんの前に立つドナーティ。

 ちくしょう! あの生意気天使、ヒロイン気分満喫してやがる!


 私も体張って玲照くんを守りたい! そして『僕を守ってくれてありがとうファジエル。 君こそが僕の正ヒロインだ!』とか言われたい!

 なんて、くだらないことを考えてると、真面目にヤバい展開になっている。


「ドナーティ、君は逃げるんだ」

「玲照様には指一本触れさせないんだもん!」


 涙目で叫ぶドナーティ。 それを必死に心配する玲照くん。

 いい加減腹が立ってきた。 私の玲照くんを拐かしやがって!


 もういい、天使の弓矢をぶっ込んでやる!

 私は首飾りを通信からステルスに変え、天使の姿に戻る。


 そして天井にはりつきながら天使の弓矢を引き絞り、玲照くんに照準を合わせた。

 この弓矢で玲照くんを撃てば、彼が愛する者の名前を叫び、愛の力で覚醒する。


 ああどうしよう! 今の状況的に彼の心は揺れ動いているかもしれない!

 ドナーティとか叫ばれたら本気で泣ける!

 しかしそんなこと言っている場合ではない、このままでは玲照くんが魔王に倒されてしまう。


 私は涙を飲み、微かな希望に賭けて天使の弓矢を放った。

 天使の弓矢は玲照くんの胸に突き刺さり、ハートマークの紋様を出現させた。


 すぐにチョコの煉瓦に変装し直し、鏡で自分を見ながら指差し確認する。

 輪っかよし! 翼よし! 変装よし!


 違和感がないことを確認してから首飾りをステルスから通信に戻す。


「アストロン! 天使の弓矢を使いました!」


(見てたわよ。 さて、これで倒せなかったら本格的にまずいわね)


 アストロンに念話を飛ばし、静かに状況を見守る。

 天使の弓矢で撃たれた玲照くんは、俯きながら瞳を閉じていた。

 ゆっくりと顔を上げながら、玲照くんは愛する者の名を口にする。


「レア・ベイクード!」


 ………ん? 今、なんて? 聞き違いか?


「レア・ベイクードさぁぁぁぁぁん! うをぉぉぉぉぉぉぉ!」


 聞き間違えではなかった。

 ヒロインの名前でも、ドナーティの名前でもなく、まさかの親衛隊長のレア・ベイクードさん。


 おかしい、あの人は間違いなく男だ、妻もいる。

 ………ってことはまさか?


(嘘でしょ! あの降臨者、同性愛者だったの!)

(なるほどね、道理で女の子っぽい可愛いヒロインがいないと思ったわ)


 リロスエル様の納得したような声を聞き、ハッとする。

 普通、ヒロインと言ったらおっちょこちょいの頑張り屋とか、ツンデレとか、高飛車だけど意外に可愛い一面がある子が多いはず。 偏見かもしれないが………


 外見的にハーフツインテールの可愛らしい女の子や、サラサラロングのお淑やかな女の子、ふんわりボブヘアーのヒロインも結構いるだろう。 私個人的にはこんな感じの印象だ。


 なのに玲照くんのヒロインたちは、見た目はポップで可愛いけど男まさりな荒い口調のキャンディーちゃん、ボーイッシュな見た目で元マフィアのボスであるキャリーちゃん。

 あまり可愛げのない冷静沈着なシャートちゃん。


 悪魔が化けていた二人も、可愛らしい性格の子はいなかった。 どちらかと言うとみんなクールな印象。

 納得した私は、無言で玲照くんを監視しながらレア・ベイクードさんを思い出していた。


 あの人もかなりのイケメンだった。 その顔を思い出し、想いにふける。


(まずいわアストロンちゃん! ファジエルちゃんが黙り込んでしまっているわよ!)

(落ち込まないでファジー! ドナーティも死んだ魚のような目をしているけど、そういう子もいるじゃない! 同性愛は今時普通なのよ! あなたも男らしくなればきっと麻向玲照に振り向いてもらえるわ!)


 落ち込む? 何を言っているんだこの食いしん坊は。


「アストロン、何を勘違いしているのですか? むしろ私は心の底から歓喜に震えているのです。 イケメン同士のボーイズラブ、薔薇の展開は何よりも尊いじゃないですか」


(まさか! ファジーあなた!)

(ポンコツ天使という属性の他に、やおい天使という性質を持っていたというの? 今は腐女子というのかしら? それはさておき! 駄目天使の『駄』天使という概念のほかに、腐女子天使の『腐』天使という概念を生み出してしまったというの?)


 リロスエル様が長ったらしい口上の上に、訳のわからないことを言って新たな造語を作っているが、そんなことどうでもいい!


 ベイクードさんと玲照くん、なんて素晴らしいカップリング! ウケはどっちだ! 攻めは! どんな展開を! ああ! 妄想が止まらない! 脳が、脳が腐っていく! 私は今、腐死鳥になっている!


(リロスエル様! ファジーが応答しません! おそらく彼女の脳内はもう、腐ってやがる!)

(そんなこと言ってはダメよ! 本人の自虐ならいいかもしれないけど、相手が真面目だった場合は差別になるわ!)


 私が腐っていると、勝手に慌て出すリロスエル様とアストロン。

 最早どうでもいいのだ、玲照くんは私の望む以上の愛の形を叫んでくれた。 彼はきっと、これから恐ろしいほどの愛の力をもたらしてくれる。


 悟りを開いた私は、聖母のような微笑みで玲照くんを見守る。

 そんな玲照くんから、溢れんばかりの糖力がみなぎり出した。


「バカな! どこにそんな糖力を! じゃが、うぬ一人が起き上がったところで、予を満足させるスイーツなど作れはしないのである!」

「本当にそうかな? 君が変えてしまったこの世界で、お菓子しか食べていなかった君に! 僕の本当の力を見せてあげよう」


 静かに、底知れぬ力のこもった声音で呟きながら、強かな闘士を宿した瞳で魔王を睨む。

 あまりの気迫に、魔王は息を呑みながら半歩後ずさる。


 ベイクードさんのためにみなぎらせた、神聖で尊い力を手の平の上で一箇所に集中する玲照くん。

 そして玲照くんが新たに作り出した食べ物は………


(………嘘? 正気なの?)

(………血迷ったのかしら?)


「いいえお二人とも、玲照くんはベイクードさんを思うことで手にした、神聖で尊い力をあの一品に収束させたのです。 あれはスイーツではないかもしれない。 けれど彼は、あの一品を最高に美味しく仕上げる調味料、塩を使うことができる」


 玲照くんの作り出したものは、純白で美しい三角形の食べ物。

 ほんのりと湯気をたて、食欲をそそる優しい香りが漂う食べ物。


 玲照くんはその食べ物に、手をたかだかに掲げながら塩をふりかけた。

 降りかかる塩はさながら御光のように、キラキラと光を反射させながらその一品に降りかかる。


 途端、純白の食べ物は神々しい輝きを放ちはじめた。


(塩おにぎり! ただ塩を振っただけの白米の塊が、どうしてあんなにも旨味成分を放出しているの!)

(もう、なんでもありなのね?)


 投げやりなリロスエル様の言葉が脳内に響く。 彼女はあの品の恐ろしさを分かっていない。


「リロスエル様、あのお米のツヤを、粘りを、香りを感じてください。 あれはただのお米ではない」


(いや………私、王城の監視してるから音声しか聞き取れないわよ?)


 珍しくまともな返答をするリロスエル様の言葉を無視し、アストロンはゴクリと喉を鳴らした。


(まさか、まさかあのお米は!)


「ええ、そのまさかよ。 あのお米は、地球という世界で最高級の品質と認められ、何年も連続で名誉ある賞を受賞したプレミアムな米!」


 腕を華麗に伸ばし、輝くおにぎりを手の平においた玲照くんは、おにぎりがたてた湯気に包まれながら、勝利を確信した声音で呟く。


「その身で喰らうといい。 魔女王マリアン・ワーネット。 僕が持てる全ての力をこの一品にかけた。 これは炭水化物を支配する王の一品。 『冬椿!』 極限を超えた素材の旨味で、君を打ち倒す!」

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