第22話 ファー先輩、変装解けかけてましたよ

 降り注ぐクグロフの雨の中、キヤラ・メールはさも愉快そうな顔で口角を上げていた。

 周囲は地面から隆起したクグロフに囲われ、天井からはクグロフの雨。


 逃げ場はない、天井に張り付いている私も、手を伸ばせば届きそうな位置にクグロフがある。

 触れないように気おつけなければ私の身も危ない。


 にも関わらず、キヤラ・メールは両手を広げながら呪文を詠唱し始めた。


「虫歯になってもやめられない 詰め物取れても止まらない! カモンベイベーエブリナイ! キャラメルロック!」


 巨大な四角形のキャラメルが、キヤラ・メールの足元に現れる。

 キヤラ・メールは元々王城の城下町を支配するマフィアのボスだった。


 マフィアといえば聞こえは悪いが、手段は選ばず国を守るためのギャングだ。

 王城と揉めながらも魔王から城を守ってきていた。


 そんな彼女を玲照くんは、キャンディちゃんの協力を得てあっさりと倒した。

 その際に玲照くんの実力を認めたキヤラ・メールは玲照くんと共に行動することを了承したのだ。


 今まで影の世界を支配してきた彼女だからこそ、戦闘能力はヒロインの中でもずば抜けている。

 キャラメルブロックを足元に積み上げ、周囲を取り囲む大きなクグロフから頭一つ飛び出したキヤラ・メール。


 キャラメルで作り出した盾で降り注ぐクグロフから自らを守りつつ、周囲に視線を配り味方の位置を確認する。

 しかし、頭ひとつ飛び出たキヤラ・メールの存在を確認した魔王も、即座に手を伸ばす。


「麻向玲照には接触させぬぞ!」


 魔王の呟きと共に、一際大きなクグロフが隆起した。

 そのクグロフの中心には玲照くんがいる。


 クグロフの中心に空いた穴にすっぽり覆われる形で玲照くんは拘束された。

 慌てて全身に塩をまぶし、極上の旨みから逃れる玲照くん。


 キヤラ・メールも慌ててキャラメルを投げたが、クグロフの旨味に吸収された。


「ちっ! キャンディ! どこだし!」


 舌打ちしながらキャンディちゃんを探すキヤラ・メール。


「ここよ! キャリー! 後少しだけこっちに寄れない?」


 するとキャンディーちゃんは、必死に飴細工で作り出した盾の影に隠れながら、キヤラ・メールことキャリーちゃんに呼びかける。

 即座にキャラメルのブロックを変形させて位置をずらすキャリーちゃん。


 それを確認したキャンディちゃんは飴で作り出した細い糸をキャラメルのブロックに飛ばした。

 背負っていた棒で、伸ばした糸を器用に巻き取りながらキャリーちゃんの元に飛ぶキャンディちゃん。


「助かったわキャリー! 玲照は?」

「とっつかまりやがったっしょ! シャートとがきんちょはどこいんだし?」


 キャラメルと飴の盾で降り注ぐクグロフから身を守ってはいるが、旨味が吸収されているせいで長く持ちそうにない。

 もたつけば一瞬で地上に落とされる。 一刻も早く仲間と合流したいキャリーちゃんとキャンディちゃんは渋面を浮かべていた。


 そんな中、突然王座の間には粉雪が舞い散り始めた。

 眉間にシワを寄せながら降り注ぐ粉雪を睨む魔王。


「なんであるかこの白いのは? 味はせんな。 ただの目眩しかのう?」


 可愛らしく小首を傾げながら手の平の上に落ちた粉雪を注視する魔王。

 しかし次の瞬間、王座の間に吹雪が発生する。


 吹雪の勢いに面食らいながら、思わず両腕で顔を覆う魔王。

 キャリーちゃんやキャンディちゃんも慌てふためきながら吹雪の発生源に視線を落とした。


「頭に響く、キンキンと 背筋が凍る、ヒヤヒヤと 震えて眠れ! アイシクルシャーベットパレード!」


 以前シャア・ベット、通称シャートちゃんは王城から指名手配されていた。

 彼女は無自覚で王城周辺の気候を変えてしまう氷天の魔女と言われていて、長年王城に雪を降らせていた。


 さまざまな果物をシャーベットにして扱う彼女を、玲照くんはキャンディちゃん、キャリーちゃんの三人で倒したのだが、おそらくこの戦いは玲照くんが最も苦戦した戦いと言っても過言ではないだろう。


 王城の気候を変えていたのは悪気があったわけではなく、ただただ美味しいものを作り出すことに固執したが故に、周囲の気温を氷点下まで下げてしまっていたのだ。


 魔王軍幹部たちと違い悪者ではないため、心優しい玲照くんは終始悲しそうな顔で戦っていた。

 本気を出した彼女が、王座の間に雪を降らせ始めた。


 彼女が作り出すのは氷を使ったデザートである。 氷で作り出したお皿の上には、吹雪いていた粉雪が山のように積もり始める。


「さあ、反撃と行きましょう。 わたくしの新作をご賞味あれ?」


 シャートちゃんが作り出した氷の皿の上に積もった、山のような粉雪。

 雲のようにふわふわとしたその粉雪を見て、キャリーちゃんとキャンディーちゃんは反射的に呪文を唱えた。


 この粉雪が作り出すのは、ただのかき氷ではない。

 雲のようにふわふわとした見た目の、乳白色のかき氷。


 見ているだけで飛び込みたくなってしまいそうな、細かく削られた氷が積み重なった柔らかな食感のかき氷だ。


(あぁぁぁるぇわぁぁぁぁぁ! 今人気のふわふわ食感かき氷! あの氷は普通の氷と違い、天然水をじっくりと凍らせ、不純物が少なくなり水分子の結合を強固にした氷を丁寧に丁寧に削ることで生み出せるかき氷のキングダム! あのかき氷は普通のかき氷よりもほんのり温度が高く、がっついてもアイスクリーム頭痛が発生しづらく、さらにはそのふわふわしたかき氷にはシロップが満遍なく絡むため、そこら辺の安物と違いその旨味はまさに………)

(アストロンちゃん? 長いわよ?)


 脳内にアストロンの大興奮した早口解説が流れ、どうしたものかと思っていたらリロスエル様が止めてくれた。

 しかし、彼女の言う通りあのかき氷は絶対にうまい。


 反射的に飛びつこうとしたが、必死に理性を抑え込む。

 シャートちゃんが作り出したかき氷にはまだ何もかかっていない、純白な雪山のように美しい銀化粧だ。 この時点でうまそう。


 だが、キャリーちゃんとキャンディーちゃんが呪文を唱え終わると。

 必死に抑えていた私の理性が崩壊してしまいそうなほどの、怪物級スイーツが出来上がってしまった。


 ふわふわなかき氷の上に、とろとろの生キャラメルがトプトプと注がれていき、飴細工で幻想的なオーロラを思わせる薄いべっこう飴が、美しくキャラメルかき氷を飾り付ける。


 それはまさに芸術品、雪山の上から空を見上げれば、幻想的な色彩のオーロラが見えてしまう。

 食べてもいないのに、そんな景色が脳裏をよぎる。


 ふわふわの氷の上に降りかかったキャラメルがほんのりと氷を溶かし、美しかった雪山を歪な形へと変えてしまう。

 だが歪な形になりながら氷に溶けていく生キャラメルが、逆に私の思考回路を崩壊させてしまう。


 トプトプと、キャラメルがかけられるたびに、私の変装が溶けていき、今にも飛び出してしまいそうになったその瞬間………

 私の顔面に、どこからともなくホワイトドーナツが飛んできた。


(ファー先輩、変装解けかけてましたよ)


「あう。 ディアったら、いつから私がいたことに気づいていたの?」


 突然念話が飛ばされて、飛びかけていた意識が戻った。

 おかげで早まらなくて済んだ。


(いつからって………チョコのレンガが壁をよじ登ってたら不審すぎるでしょ! 玲照様やクソあまたちが気づかないか、すっごくヒヤヒヤしてたんですからね!)


 私の変装は、完璧ではなかったらしい。


「そんなに脆バレだったかしら? みんな気づいていないみたいでしたけど? それよりディア? 玲照様って何よ、あなた………私から玲照くんを奪う気ね!」


(は? 馬鹿なんですか? まあいいか、レンガが壁を登ってる違和感には、頭のいい私だから気づいたんすよ! あいつらは最終決戦前で緊張してたから気が付かなかったみたいですけど、今後ああゆうのはやめてくださいよ! 心臓に悪い!)


 解けかけていた変装を元に戻しながら、ごめんなさい、と謝罪を入れる私。

 ディアのおかげでかき氷に飛び込まずに済んだため、再度監視を再開しようとする。


「ばかな! なんであるかあの美しいスイーツは! 予のクグロフが、旨味で負けたと申すであるか!」


 玲照くんを囲っていたクグロフは、キャラメルかき氷に吸収されて破壊された。

 中で塩の像のようになっていた玲照くんが、自らを覆っていた塩の塊を破壊しながら姿を現す。


「危なかった、塩漬けになっていなかったら旨味で昏倒していたよ」

「クグロフは特別なお菓子っしょ。 油断したら一発だし」


 玲照くんのすぐ近くに集まるヒロイン三人。

 シャートちゃんは目を細めながら周囲に視線を送っていた。


「ドナーティがいません。 もしかしてクグロフの雨に飲まれたのでは?」

「くそ! 足引っ張りやがって!」


 キャンディーちゃんが毒を吐くと、巨大なドーナツの穴に入って忙しなく足を動かし、滑車のように高速移動するディアが玲照くんたちの目の前を横切った。 ハムスターみたいだと思ったが、それは彼女の名誉のために言わないでおく。


「なんじゃありゃ!」

「うち………じゃなかった! 妾のことは気にしなくていいんだもん! いいから早く魔王を倒して欲しいんだもん!」


 私と念話してる最中もクグロフの雨から必死に逃げていたのだろう。 それにしてもドーナツであんな移動法があったとは驚きだ。


「玲照! 今のかき氷に、塩キャラメルのソースを!」

「すごいな、あんなに旨味が凝縮されていたクグロフを一瞬で破壊してしまうなんて! あのキャラメルかき氷に塩をまぶしたら、きっと誰にも負けないよ!」


 自信満々の笑みを浮かべながら手を差し出したキャリーちゃんと手を繋ぐ玲照くん。 ………羨ましい。

 するとキャリーちゃんの掲げた手から、新たな生キャラメルが溢れ出す。


 横目に見ていたシャートちゃんとキャンディーちゃんも再度呪文を唱え、再びふわふわのかき氷を作り出した。

 そしてそのふわふわかき氷に、塩キャラメルのソースをたっぷりとかけていく。


 かつて見たこともないほどの旨味成分を放出させたそのスイーツを見て、魔王は震えながら後ずさった。


「予は、まだやられたくないのである! まだお菓子をたくさん食べたいのである! 午後のティータイムを、優雅に過ごしたいだけなのである!」

「君は何人もの人間を角砂糖にした! 角砂糖にした人間たちを紅茶に溶かした罪は、誤って許されるものではないぞ!」


 生まれて初めてのピンチを迎えた。 絶体絶命と思われた局面、必死に運命に抗おうと思考を巡らせた魔王は、ある一つの解にたどり着いてしまう。


「そうか、触感と対比効果。 塩が与える塩見は、スイーツの甘みを引き立てるのである。 コーヒーに砂糖を入れて苦味を抑える抑制効果と違い、塩っぱさと甘さは相乗効果をもたらし、二つの味を続けて味わうことで変調効果ももたらしていたのであるか! ならば、予のクグロフでその変調を消してくれる!」


 火事場の馬鹿力、追い込まれた彼女の脳内で新たなスイーツを思いついてしまう。

 心からお菓子を愛しているからこそ、このピンチをチャンスへと変えてしまったのだ。


 魔王が作り出したのは、レモンを皮ごと大量に含んだクグロフ。

 それはただ、レモンを大量に使っただけのクグロフだったが———


 そのクグロフは甘いのではなく、強力な酸味とレモンの皮に含まれる苦味を含んでいた。

 キャラメルかき氷とレモンのクグロフがぶつかり合う。


 すると、ジリジリと火花を散らしながら、二つのスイーツは霧散してしまった。

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