第21話 落ち着けファジー! 麻向玲照はお前のものではない!
「あんの泥棒猫め! 私の玲照くんにちょっかいかけやがって!」
(落ち着けファジー! 麻向玲照はお前のものではない!)
現在、可愛こぶって玲照くんを
「生意気なぶりっ子見習い天使め! この私のゲンコツをあいつの
「ノーテンはダメよファジエルちゃん! せめてテンパりなさい!」
また麻雀用語! この人はこの状況でもふざけ倒す気か!
(とりあえず落ち着きましょう! ディアちゃんはまだ正体をバレてはいないけど、監視しつつこっそり天使の弓矢を打てなくなってしまったわ! あの至近距離で天使の弓矢を打てば確実にバレてしまうから)
アストロンが珍しく真面目に状況を整理している。
ついつい私は自分の推しを
確かに現在の状況は
これでは魔王との戦いになり、万が一玲照くんが負けそうになっても天使の弓矢を撃てる天使がいない。
一時的にとはいえ玲照くんのパーティーに入ってしまったディアが、みんなの目を盗んで天使の弓矢を撃つのは非常に困難だ。
(本来ならファジーがすぐに行ったほうがいいのだけど………)
「行きます! 風よりも早く!」
すぐさま飛び立とうとする私をリロスエル様がダイビングキャッチで止める。
「私を一人にする気なの! そんなの寂しいじゃない!」
「いや、そういう問題じゃないですよ! 真面目に仕事してください!」
思わずずっこけてしまう私、床に鼻を打ち付けモナカの味が鼻から広がっていく。
王城から出て城下町に潜伏しているため、道がモナカで舗装されているのだ。 触れているだけでもわずかにだが水分が持っていかれてしまう。 気がする。
(リロスエル様! 遊びに来たなら帰ってもらいますよ! それに今は首飾りで通信してるからお話ししたまま任務につけます! きっと寂しくありません!)
お前ら真面目に仕事する気あんのか! っと叫びたかったが我慢する。
もはやリロスエル様のおふざけが酷すぎて最初の緊張感はない。 下手すればつっこみながら引っ叩いてしまいそうなほどだ。
「それもそうね。 ファジエルちゃん? ちゃんと首飾りはつないでおいてね! ディアちゃんみたいに一方的に切るのはダメよ!」
「わかってますから離れてください!」
渋々私を解放したリロスエル様はにっこりと微笑みながら手を差し出してきた。
私は遠慮しがちに差し出された手をとり、立ち上がるのを補助してもらう。
「とりあえず、玲照くんなら負ける事はないと思いますが、念の為私がすぐ向かいます。 王城の方も何が起きるかわからないので、くれぐれも真面目に監視してくださいね!」
リロスエル様に口うるさく注意をして、私は飛び立つ前の指差し確認をした。
脳内にはアストロンの、こんな時でも律儀なのね? っという呟きが響いたが気にしない。 忘れ物がないことをしっかりと確認した私はすぐに飛び立った。
☆
上空五千メートル地点を滑空する。
王城から魔王城までの直線距離は八十キロメートル。
普通に移動すればかなり遠いだろうが、天使の飛行速度なら一秒かからずに着く。
宇宙を旅する私たちは、下級天使でも光より早く飛ぶのが基本だ。
でなければ宇宙を縦横無尽に飛び回ることなど不可能、世界から世界に渡るのに何万年もかかってしまう。
私は初速はあまり早くないが、加速すれば天使の中でもトップクラスのスピードを誇る。
なので、こんなふうにおさらいしている間に魔王城の上空についてしまうというわけだ。
「さて、首飾りの通信は繋いだままなので、光の屈折機能は使えません。 魔王軍に変装して侵入するのがベストですかね?」
(いっそのこと魔王軍兵士に変装して麻向玲照に襲いかかれば? ディアをその場に残してもらって、私をおいて先にいけ! って展開にするの。)
(アストロンちゃん、それは流石にリスクが高いわ? ポーカーでジョーカーが来るのを必死に待ち続けるくらいリスクが高いわよ)
「そうですね。 玲照くんなら戦闘時に仲間を置いて先に行くのは良しとしませんから、絶対に見つからないように近づく必要があります。 みんなで倒して先に進もう! とか言い出しますよ?」
魔王城はるか上空で翼を羽ばたかせながら、必死に思案する私。
(でもファジーが魔王軍兵士に変装しても、九割型ポカやらかすじゃない? 何かいい方法はないかしら)
「アストロン? 喧嘩なら天界に戻ってから買うわよ?」
額に血管を浮き上がらせた私に対し、まあ落ち着きなさい、とリロスエル様の声が響く。
(いっそのこと兵士ではなく装飾品に変装したほうが無難なんじゃないかしら?)
なるほどその手があったか!
天使の衣で可能な変装幅は広く、人間以外にも物や魔物に化けることもできる。
方向性が決まった私は、一度落ち葉に化けて魔王城にヒラヒラと落ちていく。
アストロンの監視によると、玲照くんたちはもうじき玉座の間に着くとの事だった。
この銀河を任されてすぐの頃、一度魔王城をこっそり下見していたため玉座の間がどこにあるのかは把握済みだ。
落ち葉に化けた私は上手い具合に跳ぶ方向を調節して魔王城に入り込んだ。
そこからはこまめにチョコレートの煉瓦に化けたり床に散らばっている砂糖の塵に化けて玉座の間に進んでいく。
流石の私もポカはやらかさない。 フリじゃないですよ、ほんとにやらかさないのです!
玉座の間に到着した私は、チョコレートの煉瓦に変装したまま戦いの全貌を監視しつつ、魔王や玲照くんたちに見つからない位置を探す。
玉座の間は縦長の部屋になっており、天井もかなり高い。
天井に張り付くのがベストだと判断し、壁をこっそり登りながら玲照くんたちの様子を伺い始めた。
「忌まわしき玲照め! 予が直々に成敗してくれるわ!」
「望む所だ! 魔女王マリアン・ワーネット! いくぞみんな!」
玲照くんの号令と共に、キャンディーちゃんが飴細工で透明な剣を二本作り出し、玲照くんに投げた。
陣形を組みながら飴の剣を受け取り、二刀流で構える玲照くん。
油断ない眼差しで玲照くんたちの位置を確認した魔王は手を高々に掲げた。
かぼちゃのような王冠をかぶっているが、王冠が少し大きいのだろう、斜めに被った王冠の下で不機嫌そうに唇を窄めている。 ボールドカラーのマントと鮮やかな色彩の洋装、気品あふれるその衣服は少しサイズが大きいのか袖で手が隠れてしまっている。
バターのような黄色い長髪はふんわりとした癖っ毛になっており、前髪は三つ編みにして耳にかけていて見た目も非常に幼い。
わがままが服を着ているような容姿の小さな魔王が、油断なく剣を構えた玲照くんに樫の木のような杖を向けた。
「お祝い事にはこの一品 ぴんぴんぴくるすぱぴるすぱんぱんパンよりお菓子よ! クグロフエッジ!」
魔王の詠唱と共に、色とりどりの焼き菓子が玲照くんたちの足元に隆起した。
王冠の形をした焼き菓子には等間隔で斜めに溝が入っており、バターの香ばしい香りが漂ってくる。
(あれは! お祝いや特別な日に食されるというおめでたいお菓子! クグロフね!)
脳内にアストロンの声が響いた。 相変わらず嬉しそうに騒いでいる。
クグロフ、先ほども説明した上級天使が管轄している銀河に存在する、地球という世界で祝い事や特別な日に食されるお菓子である。
有名な故人もこのお菓子が大好きだったらしい。
そのお菓子の作り方は地域によって違うらしいが、魔王が作り出すのは本場の作り方だ。
ブリオッシュに作り方は似ているが、生地を作ったらバターを塗った型にはめて焼くだけと、非常にシンプルな分アレンジ幅も広い。
玲照くんたちの足元に隆起したクグロフは、アーモンドが散りばめられたもの、洋酒漬けにしたレーズンが含まれたもの、粉砂糖が振られたもの、オレンジや抹茶などで風味を変えたものなど、さまざまな色のクグロフが飛び出しており、玲照くんだけでなくヒロインたちも若干目をとろんとさせている。
相当の旨味を含んでいるらしい。
その上厄介なのは、足元から隆起したため、仲間同士で連携がとりずらくなった上に視界が遮られたこと。
これみよがしに魔王は小さなクグロフを量産し、彼らの頭上から雨のように降り注がせた。
魔王の鮮やかな手際に絶句する玲照くん。
「どうした玲照! 予のクグロフの前に手も足もでんか! それもそのはずである! うぬの塩スイーツは紛い物! 甘くないお菓子など、予の口には合わんのだ!」
したり顔で玉座に腰掛けながら、玲照くんたちを見下す魔王。
ディアもなんだかんだでドーナツを前後左右に投げながら必死に潜伏する機会を窺っているが、おそらくこの状況では自分の身を守ることで精一杯。
念の為見に来ていてよかった、と胸を撫で下ろす。
魔王の強さが想像以上だった。
味わい豊かなさまざまな種類のクグロフ、大きさも調節されていて、玲照くんたちの位置からは反撃もしずらく、仲間同士の連携も絶たれている。
いつもは玲照くんの塩と、ヒロインたちが作り出す飴やキャラメル、シャーベットなどを組み合わせての攻撃のため、連携が取れなければ手も足も出ない。
誰か一人でも玲照くんと合流できればチャンスはあるが、他のヒロインたちも上下同時に襲い掛かるクグロフの対応にもたついている。
シャア・ベットはスイカのシャーベットでクグロフを覆って対応しようとするが、抹茶のクグロフにシャーベットを吸い取られている。
同じくキャンディーちゃんの飴もクグロフの雨を防ぎきれず、破壊されてしまっていた。
二人とも、根本的な旨味で負けてしまっているため、クグロフが自分の体に触れないように最低限の立ち回りしかできていないのだ。
だが一人だけ、キヤラ・メールは降り注ぐクグロフを仰ぎながらニヤリと笑った。
「いい気になってられんのも今のうちっしょ! うちのとっておき、見せてあげんだし!」
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