第20話 うるさいわよアストロン! あとあなた、笑い方が下品よ!

 天界、照覧の間


「ギャッハッハッハッハッハ!」


 そこではアストロンの空気を震わせるような大爆笑が響き渡っていた。

 同じく照覧の間の映像版には、腹を抱えて転げ回るリロスエル。


(ドナ、ドナッ! ドナーティって! ネーミングセンスが、ふふ! それに語尾! なんなのよあの語尾! ぷっふふふふふふふ!)

(ちょ! 二人とも! 笑わないであげてください! あの子だって必死なんですよ!)


 現在、映像版には青ざめながらヒロイン三人の質問責めにあっているディアーナフォン(ドナーティ)が映っている。

 リロスエルとファジエルは照覧の間にはいないため、映像は見えていないが首飾りから音だけを拾っている状況。


 アストロンに関してはバシバシとそこらじゅうを叩きながら笑い転げているため、ファジエルは状況を聞きたくても全く聞けない状況なのだ。


(これだからちゃらんぽらんのアストロンに照覧の間を任せたくなかったんです! リロスエル様も一緒になってふざけないでください!)

(だっ、だって! ドナーティって、ぷっふふふふふふ、あーっはっはっはっはっは!)


 もはやリロスエルとアストロンは腹筋大崩壊。

 困り顔のファジエルは、一人おどおどしながら首飾りに耳を近づける。


(ドナーティちゃん! 出身地はどこ?)

(ミセスドーナツなんだもん!)

(そんな国はありません!)


 思わず吹き出してしまうファジエル。

 ミセスドーナツは上級天使が管轄している、超文化が進んだ銀河の地球という世界にあるドーナツ屋だ。


 休みの日に天使たちはその世界で観光したり食べ歩きをしている。

 ディアーナフォンが食べていたドーナツもその世界から持ち込んだものだった。


(お父さんとお母さんはどこ?)

(ええっと、エンゼールってドーナツに人気投票で負けちゃったから………旅に出たんだもん!)

(んなわけあるか! 苦しすぎるわよ!)


 ディアーナフォンの頓珍漢な返事と怯えたような声音を聞き、ますます可笑しくなってしまうファジエル。 油断して吹き出してしまうと、すかさずアストロンが言及し始めた。


「ちょっと! ファジーも笑ってんじゃん! ギャッハッハッハッハッハ!」


(うるさいわよアストロン! あとあなた、笑い方が下品よ!)


 必死にほっぺを摘んで笑いを堪えながら指摘するファジエル。

 ファジエルたちがああだこうだと言い合っている間に、ヒロインたちの質問攻めの前に何も言い返せなくなったドナーティは、とうとう大泣きし始めてしまった。

 

 

 

 大泣きし始めたドナーティを優しく撫でながら、口を窄めるヒロインたち。

 彼女の頭を撫でているのは蒼銀色の癖っ毛を片口まで伸ばした少女。 シャア・ベット。


 全体的に衣装は寒色で揃えられており、肌は透き通るように真っ白だ。

 眠そうな瞳を不機嫌気味に細めながら、大泣きしてしまったドナーティをペタペタと撫でている。


 隣では困った顔で腕を組んでいるキヤラ・メール。

 キャメル色の髪を顎の下あたりまで伸ばしており、綺麗なカットラインでワンレングスに整えている。 ぱっと見はクールな印象をした、切長できつい瞳をした女性だ。


 レザー調のジャケットとパンツを纏っており、白くてセンスの良い柄が描かれたTシャツの首元にサングラスを引っ掛けている。

 玲照は大泣きしてしまったドナーティを見て視線を泳がせながら頭を掻いていた。


「僕はどうしてもこの子が悪い子ではないと思うんだよ」

「けどねぇ、こいつ言ってることがちんぷんかんぷんなのよ」


 キャン・ディアがジッとドナーティを睨みつける。


「ねえがきんちょ! あんたがうちらを手伝うって話しはほんとなのかい?」

「がきんちょじゃないんだもん。 ドナーティなんだもん」


 嗚咽混じりに返事をするドナーティを見下ろし、小さく息を吐くキャン・ディア。


「ったく、しゃーないな。 ドナーティ! うちらは今から魔王と戦うから、足手纏いは連れていけない。 お前が足手纏いだって判断したらすぐ置いていくからね?」

「妾は足手纏いになんかならないんだもん」


 しゃっくりをしながら返事をするドナーティ。

 どうやら嘘泣きではなく、マジ泣きだったようだ。 初めての任務で監視対象に見つかった上に質問攻めされていたのだ、無理もない。


「ほら、かわいそうだからもうみんな疑うのはナシだ! ごめんねドナーティ、怖い思いさせちゃったね?」


 玲照は優しく微笑みながらドナーティに手を差し伸べる。

 するとドナーティ、頬をポッと真っ赤に染めながら、差し出された手を恐る恐る取った。


「ありがとうなんだもん。 ………れ、玲照様!」


 恥ずかしそうに玲照の手を取るドナーティ。

 そんなあからさまな態度を見たヒロインたちは、もちろん黙っているわけがなかった。


「「「玲照『様』だとぉぉぉぉぉ?」」」


 ヒロインたちは再度ドナーティに掴みかかろうとしたのだが、玲照は必死に三人を押さえつけた。

 

 

 

 玲照の鎧からかすかに覗く衣服をつまみつつ、ビクビク震えながら歩くドナーティを、背後から親の仇に向けるような視線で睨みつけるヒロインたち。


「まったく、なんで君たちは仲良くできないんだよ? ドナーティちゃんが怯えているじゃないか!」

「このクソアマたち、すっごく怖いんだもん!」


 これみよがしに玲照にしがみつくドナーティを見て、ヒロインたちがギャアギャア騒ぎ出す。

 玲照は困りながら騒いでいるヒロインたちを宥め、魔王城に入った。


 すると魔王城の警備をしていた兵士たちが、正面から入ってきた玲照の存在に気がつく。

 二十〜三十前後の兵士たちが正門に集まってくるのを見ていたシャア・ベットがチラリとドナーティに視線を向ける。


「お手並み拝見ですね?」


 視線を受けたドナーティは、フンッ、と自慢げに鼻を鳴らして、両手にホワイトチョコでコーティングしたドーナツを作り出した。


「天使の輪っかドーナツ展開! 喰らえ! ドーナツカッター!」


 この世界特有の不思議な呪文は唱えず、とりあえずと言った形でそれっぽい呪文を唱えながら両手を勢いよく振って、二つのホワイトドーナツを兵士たちに投げる。


 次いでさらにもう二本のドーナツを両手に再召喚し、また投げる。

 投げられた四本のホワイトドーナツは不思議な力で操られ、縦横無尽に空中を飛び回りながら兵士たちを襲った。


 大量のホワイトドーナツが不自然な軌道で飛び回り、直撃した兵士たちは大混乱に陥る。

 飛び回るドーナツカッターに陣形を崩された兵士たちは、次々と目をとろんとさせながら膝を突き、ダメ押しとばかりにドナーティはまだ無事である兵士を狙って再召喚させたドーナツカッターを飛ばしていく。


 鮮やかな蹂躙劇を眺めていたヒロインたちも、感心したような目でその戦いを見守っていた。

 玲照はヒロインたちの顔を横目に見て、満足そうに大きく頷く。


「彼女、すごく頼りになるじゃないか。 君たちもこれで仲良くできるよね?」

「ま、一緒に戦うのは別に良いっしょ。 けどさっきこいつにクソアマって言われたんさ。 そこはちゃんと謝ってもらわないと、仲良くできないっしょ?」


 キヤラ・メールが手の平を返しながら肩を窄めると、玲照は苦笑いを浮かべた。


「相変わらず君は執念深いね。 奥歯にくっついたキャラメルみたいだよ」

「その例え! 意味わからんっしょ!」


 口をへの字に曲げるキヤラ・メール。

 そうこうしている間に雑魚討伐が終了したドナーティが、小走りで玲照の元に駆け寄った。


「妾がちゃんと仕事したんだもん!」

「すごいじゃないかドナーティ! かっこよかったよ!」


 玲照が笑いながらドナーティの頭をポンポン撫でると、ドナーティは満面の笑みでぴょんぴょん跳ねながら大いに喜び始めた。 ………これは芝居ではない。 素である。


 そんな二人を羨ましそうな目でチラ見しながらも、ヒロインたちは魔王城の中にずかずかと入って行った。

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