第19話 あたし、パティシエルに旅行したいわ!

 魔王城に到着していたディアーナフォンは、物陰に隠れながら首飾りの通信機能を使い、ファジエルたちの様子を逐一聞いていた。

 呆れ顔のまま特に言及はせず、聞く専門で様子を伺っていたのだが、ぐだぐだな展開を繰り広げるファジエルとリロスエルの行動に対し、ため息の数が増えていくばかり。


 首飾りを通信に使っているため、光の屈折機能を使って潜伏できないディアーナフォンは現在、先ほど玲照の前に姿を現した村娘の姿に変装していた。


(何とか親衛隊長を巻けましたねファジエルちゃん!)

(ああ、ほっぺがとろけてしまいそうでしたよ。 あのチーズケーキもう一回食べたいな………)

(あのケーキの話はしないでよファジー! 『ずびびっ』あんたばっかりずるいのよ! あたし、パティシエルに旅行したいわ!)


 親衛隊隊長、ベイクードに心配されながらも颯爽とその場を去って行ったファジエルたちは、呑気な話をしながら王城を離れているようだった。

 姿がバレずに済んだ、とほっと胸を撫で下ろす一方、呑気な世間話を聞きながら貧乏ゆすりを始めるディアーナフォン。


「もっと真面目に仕事してくださいよ。 まったく………」


 口を窄めながら、首飾りに声を拾われないトーンで毒を吐く。 どうやら楽しそうな三人を羨ましがっているようだった。

 しかしそんな彼女は周りに気を配っておらず、三人の様子を聞くのに夢中になってしまっていたせいで重大なミスを犯していた。


「君は? もしかしてさっき会ったドーナツの子かい?」


 ギョッ! と青ざめながら振り返るディアーナフォン。

 首飾りは背後からかけられた声を拾っていたのだろう、ワイワイ騒いでいた三人の声がぴたりと止んでしまった。


(何やってんのよディア! 麻向玲照に見つかってるじゃないの!)

(えっ? 嘘よねアストロン! いつも完璧に仕事をこなすディアが、監視対象に見つかるだなんて! そんなポンコツなことしないわよね!)

(ファジエルちゃん? ポンコツな子がポンコツなんて言ったら、ディアちゃんも流石に傷ついちゃうわよ? っていうか、あなた今日がディアちゃんと初仕事でしょう? でもまあ、この私に大口を叩いていたくせに、自分がミスをするなんてねぇ? くっふふふふふ、どうしようもないちょんぼちゃ………)


 リロスエルの心底嬉しそうな声の途中にも関わらず、何食わぬ顔で通信を切るディアーナフォン。

 そして引き攣っていた頬を無理やり戻し、声をかけたまま不思議そうな顔をしていた玲照に引っ付いた。


「怖かったんだもん! お姉ちゃんとはぐれちゃって、すっごく怖かったんだもん!」


 プルプルと震えながら玲照にしがみつく(芝居をする)ディアーナフォンを見て、玲照の後ろにいたヒロインたちがギャアギャア騒ぎ出すが、玲照は困ったような顔でディアーナフォンの頭を優しく撫でた。


「ここは魔王の城だよ? こんな危ないところにどうして来ちゃったんだい? ………いや待て、君たちはこの前プリングカスタにいたよね? って事は僕たちより早くこの魔王城に来ていたってことになるのか? 一体どうやって………」


 眉尻を下げながら腰にしがみついているディアーナフォンを見下ろす玲照。

 玲照の言葉に不穏な雰囲気を感じ取ったのだろう。 ヒロインたちも途端に臨戦体制をとった。


 腰に顔を埋めながらダラダラと冷や汗をこぼすディアーナフォン。

 この時、ディアーナフォンは思っていた。


(もはや、どうとでもなれ!)


 勢いよく玲照から離れて距離をとるディアーナフォン。

 彼女の身のこなしを見た玲照は、只者ではないと判断したのだろう。 背負っていたビスケッ刀を抜いて、油断なくディアーナフォンを睨みつける。


「一体君は、何者なんだ!」

「………妾の名は、そう! ………………ド、ドナーティ!」


 即興で思い浮かんだ名前、彼女的には『ドーナツ』をもじったつもりらしい。


「ドナーティ・ポデリングなんだもん!」


 自信満々な表情でビシッと玲照を指差すディアーナフォン。

 口調もさっき会った時に合わせて語尾に『だもん』をつけている。 彼女的には完璧にキャラ作りができたのだろう。 誇らしげな顔をしている。


 玲照は額から一筋の汗を垂らし、キュッとビスケッ刀の柄を握りしめた。


「ドナーティ・ポデリング! 君は一体何者なんだ! なぜここにいる!」


 質問されたディアーナフォン、改めドナーティは視線を一瞬泳がせた後、コホンと咳払いをする。


「妾はこの時を待っておったんだもん! 長らくに渡りこの国を苦しめ続けた魔王を倒す、勇者が現れるこの瞬間を!」


 ドヤ顔で腰に手を当てるドナーティ。

 そんな彼女の自信に溢れた表情を見て、ぽかんとした顔で固まってしまう玲照一向。


 数秒の沈黙の間に、ドナーティの顔はみるみる赤くなっていく。

 先ほどまでは清々しいほどのドヤ顔をしていたが、玲照一向に見つめたられていたせいで恥ずかしくなってきてしまったようだ。


「わ、妾こそ! 魔王を倒す勇者に力を貸すナビゲーター的な存在なんだもん! 君たちが来るのを、ここに隠れて待ってたんだもん! だから妾は、そなたらに力を貸してあげちゃうんだもん!」


 無言で顔を見合わせる玲照たち。


「怪しいわ!」「怪しすぎるっしょ」「怪しい匂いがぷんぷんします!」「ちょっと怪しいかもね?」

「怪しくないんだもん! 麻向玲照! そなたに力を貸すと宣言した以上! この魔王城に潜む敵は、うち………じゃなかった。 妾に全部任せて欲しいんだもん! そなたは魔王との戦いに備え、力を蓄えるといいんだもん!」


 ドナーティの堂々とした態度を見て、玲照はビスケッ刀を下ろし、ポリポリとこめかみを掻く。

 緊張の面持ちのままそんな玲照を、固唾を飲んで見守るディアーナフォン。


「ご、ごめんねドナーティちゃん。 僕たちは魔王との決戦を控えていて、少し警戒しすぎちゃったみたいだね。 本当に協力してくれるのかい?」

「ちょっと待ちなよ玲照! こいつ、そんな簡単に信用していいの?」


 彼のヒロインであるキャン・ディアが二人の間に立つ。

 それを境に他のヒロイン二人も玲照の前に立ち塞がり、ドナーティを取り囲んだ。

 ヒロインたちに取り囲まれてしまったディアーナフォンは、大粒の涙を目頭に蓄えながら、あわあわと口元を緩ませてしまった。

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