第15章 運河攻撃作戦

15.1章 攻撃作戦始動1

 海軍軍令部に東太平洋の潜水艦攻撃作戦の状況が報告されてきた。昨年から新設された一部一課の潜水艦担当の有馬中佐は、さみだれ式に届いた複数の報告を基にして、既に作戦の分析を開始していた。輸送船団の規模と攻撃に参加した潜水艦の数を考えると、沈めた輸送船はやや少なかったというのが、彼の1次分析の結果だった。


 不振の原因は明らかだ。米軍の小型爆雷が航跡誘導魚雷を無力化したことが大きい。それ以外に、彼は「伊19」の木梨中佐の報告内容に着目していた。「伊19」が船団攻撃を再開した時点で、駆逐艦の前方から30発程度の小型弾頭が投射されるのを目撃したという報告だ。木梨中佐の報告では投射して着水した後は何も爆発しなかったとのことだが、水中で潜水艦に命中すれば信管が爆発するだろう。爆雷では不可能な前方投射型の対潜水艦兵器だ。


「輸送船団への潜水艦攻撃では、航跡誘導魚雷を無効化する小型爆雷がかなり使用されました。このまま多数の艦艇が、広範囲でこの兵器を使用することになれば、我々誘導魚雷は使えなくなります。しかも駆逐艦の前方に数十の小型弾頭を一気に発射して、潜水艦を包囲するように着弾させる新兵器が目撃されています。『伊26』もこの新兵器にやられた可能性が高いと考えます。何か対策を講じない限り、このままでは我が軍の潜水艦は活動を大きく制約されます」


 一部一課の富岡大佐は、戦闘報告の別の部分に着目した。

「『伊19』は、航跡誘導と非誘導の魚雷をうまく混ぜて米艦を攻撃しているだろう。おそらく米軍もかなり混乱したに違いない。この作戦をもっと進化させられないだろうか。例えば、直線的に目標近辺に接近してから、魚雷自身が目標を探索するために周回や往復運動をする。その探索行動で艦船を探知したらそれに向かってゆくというようなやり方だ。探索をする時は魚雷の速度を落として周回するなど目標を捉えやすくする運動をしてもよいと思う。酸素魚雷の特性を生かして、遠距離から確実に攻撃できるのであれば、潜水の被害を減らせるはずだ」


 有馬中佐もすぐに同意した。

「速度や潜航深度などの潜水艦の水中性能をもっと改善できれば、有効なことはわかっていますが、とんでもなく時間がかかります。当面の戦力で改善するとなると確かに、おっしゃったような魚雷の改善が現実的な答えだと私も思います」


 有馬中佐も当面の策としては、雷撃距離を延伸することくらいしか思いつかなかった。さっそく、彼は技術研究所の計算機部に魚雷誘導部の高機能化について打診した。技研からの回答は、既に完成している誘導部の改良のために、比較的短期間で対応可能だとのことだった。もちろん、軍令部から艦政本部に水中高速潜水艦を開発要求することも忘れなかった。


 軍令部第一部からの要求を受けて、技術研究所は、魚雷射撃時に魚雷の航走経路を設定する小型計算機を追加して、生成したその情報を魚雷の制御部に事前に記憶させる方式を採用した。追加する計算機自身は大人一人で抱えられる程度なので、洋上でも改修用部品として駆逐艦や潜水艦に積み込むことが可能だ。発射管室に追加した計算機により魚雷の運動を指示する情報を作成した後に、ケーブル経由で魚雷内部の制御部に書き込む(ダウンロードする)のだ。


 外部から魚雷の運動を決める情報を書き込んでも、それに基づいて、魚雷の発射後は各種制御が必要になる。この点は、誘導用制御部そのものを変更せずとも、魚雷の計算機が内蔵するプログラムの変更だけで対応できた。もともと九三式も九五式も魚雷尾部には誘導部の設定更新のために、接続用のコネクタが設けられていた。それを利用して、配備済みの魚雷内蔵計算機のプログラムを更新していった。魚雷の運動を指定する情報の書き込みもそのコネクタを接続して行う。


 運動情報は魚雷制御部の記憶容量以下に抑える必要があるが、その範囲内ならば魚雷に自由な運動をさせられる。魚雷内の機器を改修しなくても良いので、短期間で前線の魚雷に機能追加が可能だった。


 ……


 一方、潜水艦戦の報告を受けて全く別の反応をした人物がいた。連合艦隊の山本長官である。潜水艦による作戦では限界があるので、もともと考えていた根本的な作戦の実行を早めたのだ。


「米軍の新兵器の登場は、我が軍の船団攻撃に対して大きな障害となり得る。潜水艦による輸送船の攻撃は今まで以上に低調になりそうだ。これを挽回するためには、米軍の太平洋での輸送路を根本から遮断する作戦を実行すべきだと思うがどうか?」


 黒島参謀が答えた。

「珊瑚海で受けた空母艦載機の損失もかなり回復しています。訓練を続けていた特殊爆撃機銀河の部隊も稼働状態になっています。現状では、特殊爆撃機の部隊を『翔鶴』と『瑞鶴』に搭載する予定です。これに伴い、五航戦で余剰となる艦載機を他の機動部隊に補充機として移動させています。幸いにもエンジン出力が増加した烈風改と流星の生産が始まっています。大型機の搭載が可能な一航戦と五航戦に配備する予定です。これにより機動部隊の攻撃力は大幅に増加することになります」


「今回の攻撃隊は、遠距離での作戦ということもあって、一航戦と二航戦、五航戦の6隻の編成で作戦を実行することになる。そうなると、新型機に頼ることになる。その前提で作戦の細部を詰めてくれ」


 山本長官が、まだ発言していない参謀長の方を向いた。宇垣参謀長も今回の作戦には反対しなかった。

「時間がたてば、米軍の兵力が復活してきます。今のところ、輸送船改造の特設空母を除いて、正規空母が太平洋で活動を開始する兆候はありません。しかし、作戦開始が遅くなれば、米軍の空母機動部隊が復活してくるでしょう。そうなれば成功確率はどんどん減少します。太平洋の戦いを一刻も早く休戦に持ち込むためにもすみやかに作戦を実行すべきだと思います」


 いつも慎重な参謀長から前向きの答えを得て、司令長官はにやりとした。連合艦隊司令部としては意思統一できたと判断したのだ。

「軍令部には私自身が作戦を説明しに行くぞ。簡単な内容でよいから、永野さんや伊藤君に説明できる資料をまとめておいてくれ」


 ……


 アメリカ陸軍航空軍の最高司令官であるアーノルド中将のところに、アリューシャンの戦いの状況が報告された。


「しかし、まいったな。驚異的な命中率の対空弾で我が軍の爆撃隊が壊滅させられたことは大問題だ。こんな対空弾が広く使われるようになれば、我が軍の航空機は、日本艦隊に近づくこともできなくなる。しかも海軍の艦艇攻撃にも空中を飛翔する新兵器が使用されている。こちらは機上から遠距離で発射されて、軍艦に命中して無力化したぞ」


 航空参謀長のストラテマイヤー准将は、アリューシャンの夜間爆撃で生き残った爆撃隊員から証言を聞いていた。


「対空弾に関しては、爆撃機のパイロットが、青白い噴射炎を吐き出して飛行してくる小型の飛行体を目撃しています。それが爆撃機に接近してきて爆発するのです。これは明らかに誘導装置を有するミサイルです。誘導法は不明ですが、夜間に遠距離から発射しても、誘導できていることを考慮すると、電波もしくは赤外線だというのが専門家の推定です。日本軍機が艦艇に命中させたミサイルもおそらく類似の誘導方式だと思われます」


「その道のプロがそういうならば、私も信じるぞ。誘導法に対して、対策は何かあるのか? 明日にでもヤマモトの艦隊がサンフランシスコやロサンゼルスを攻撃してきてもおかしくないのだぞ。完璧でなくてもよいから、すぐにでも実行可能な対処を実施したい」


「ミサイルの誘導を欺くような欺瞞弾を発射することにより、狙いを外します。一つは、赤外線を発しながら燃焼するおとり弾です。要するに、多数の燃える花火を航空機からばらまけば、赤外線誘導弾ならばそれらに引き寄せられるはずです。もう一つは、アルミ箔による電波反射です。ミサイル誘導が可能な電波は数十センチ程度の短い波長ですから、それに合わせた長さのアルミ箔で雲をつくりだせば、電波誘導のミサイルならば、騙されてそちらに誘導されるはずです。更に別の回避手段は低空での攻撃です。アリューシャンの戦いでも海面近くを飛行した爆撃機の生還率が高くなっています。海面の影響によりレーダーによる探知が遅れるのと同時に、ミサイルの命中率が下がっているのでしょう」


「わかった。根本的な対策は引き続き専門家に検討させるとして、君が説明した対策を当面の間、全力で進める。欺瞞弾は機体から発射するのだから、飛行方向に向けた発射筒の追加は必要だな。低空からの攻撃法も研究してくれ。我々の対策については、海軍にも連絡する。軍艦でもミサイルを回避するための対処は必要だろうからな」


 アーノルド中将は別のレポートを机の上に広げた。

「次の問題は新型の戦闘機だ。爆撃機やP-38夜戦を新型の夜間戦闘機が迎撃してきたことが判明している。それに加えて、昼間の戦闘でも、日本海軍の戦闘機は全て新型のサム(烈風)に置き換わっていることがわかった。ジーク(零戦)よりも戦闘機の性能が向上したことが日本軍の攻撃が成功した大きな要因になっている」


「夜間戦闘機については、サムを複座型に改修してレーダーを搭載したようです。性能としてはP-38の夜戦型をやや上回る性能と推定しています。我が軍としては、レーダー搭載型P-38の配備を加速します。開発中のP-61の配備も急がせます」


「昼間戦闘機については、P-47は互角に戦ったようだが、楽勝だったわけではないぞ。しかも、配備が始まったばかりのP-47は数がそろえられずに戦力としては劣勢だった」


「サムへの対抗策については、我が軍のP-47はエンジン出力を増加した新型の生産が始まっています。それに加えて昨年末から試験が開始された、P-51マスタングの新型は性能がかなり向上したことが判明しています。軽荷重の試験状態ですが、高度9,500ヤード(8,687m)で時速440マイル(708km/h)に達しています。加えて、この機体は航続距離も長く運動性も軽快です」


「P-51のエンジンを高高度向け過給器を付けたロールスロイス製に交換したら、性能が大きく向上した話は聞いているぞ。我が軍は、既に1942年12月に性能向上型を2,000機近くノースアメリカン社に発注しているはずだ。それほど優秀な戦闘機であれば、私からもっと多数機を短時間でそろえるように働きかけよう。確か自動車会社のパッカードがエンジンを大量生産しているはずなので、P-47よりも数をそろえやすいはずだ」


「既に、1943年が明けてP-51B型の納入は始まっています。かなりの数を欧州戦線に送り出さなければなりませんが、ある程度は本土防衛に振り向けるということでよいですね。それと新型の誘導爆弾が実戦使用可能になっています。爆弾本体に加えて、爆撃機に追加する誘導装置の準備も進んでいます」


「なるほど、新型の戦闘機に加えて爆撃機も攻撃力が増すということだな。太平洋岸の防衛部隊にも配備が必要だ。それにしても我が軍の信号情報局はもう少し日本の行動予測ができないものかね? 数年前ならば日本の暗号もそれなりに解読できたのだが、1940年以降は全く鳴かず飛ばずだ」


「いろいろ努力はしているようですがね。まだ役立つ結果が出ていません」


 ……


 スターリンがモロトフを呼びつけたのは、アリューシャンでの戦いの結果により、アメリカからのレンドリース物資が減少してきているからだ。


「我が国にとって、北太平洋経由でアメリカから運ばれる物資は極めて重要だ。このルートでは、今までは大西洋と違いUボートが輸送船を沈めることもなかった。それが今はどうだ。日本からの攻撃で、アリューシャンの入り口では、輸送路が切断されかけている」


「アメリカにもっと厳重に船団護衛するように要求するということですね」


「ああ、まずは大西洋の護衛船団方式を参考にして、太平洋でも潜水艦攻撃に耐えられる海上輸送法を採用させるのだ。アメリカの国力ならば、太平洋でも護衛艦艇を大幅に増やして大規模な輸送船団を組織できるはずだ。もちろん、我が国へのレンドリース物資を大幅に増やすことも加えて要求せよ」


 モロトフはとんでもない厚かましい要求だと思ったが、自分の命が大事なので、口には出さない。ソ連がヨーロッパでドイツに勝つことは、連合国にとっても絶対に必要な条件のはずだ。そのためには、ルーズベルトもこの図々しい申し出を受け入れるだろうと予想していた。


「しかし、いまいましいのは日本人だ。今は我慢するが、ドイツとの戦いが一段落したら、必ずこの東アジアの国に侵攻するつもりだ。再び我が国への物資の輸送を日本が妨害することがあれば、次は容赦しないからな」


「それはいい考えだと思います。私も賛成しますよ」


 モロトフ外相が本音の部分で賛成したのは、今は我慢するという言葉だけだった。

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