4.4章 戦闘機開発

 昭和13年に実施した研究により、陸軍は戦闘機を三種類に分類することに決めた。軽単座戦闘機、重単座戦闘機、複座双発戦闘機である。


 重単座戦闘機として開発されたのがキ44である。重戦として速度と上昇力が重視されたため、600km/h以上(4,000m以上)の速度と5,000mまでの上昇時間が5分以内と要求された。武装については、当初は7.7mm×2、13mm×2だったのが、ドイツの13mm機関砲の高性能に着目して、翼内装備の13mm×4に変更された。


 但し、20mm機銃の装備などにより、重量が増加する十四試局戦と機体を共用化するために、当初よりも翼面積を若干増加させることになった。結局、当初予定の翼幅9.5m、翼面積15㎡はわずかに拡大された。一回り大きくなった主翼は、翼幅10.0m、翼面積17㎡となった。


 ……


 実際に設計が進んで、風洞試験で得られた情報を基にして性能を見積もると、軍が要求した性能の実現は厳しいことがわかってきた。機体の空力的な抵抗値が予定を上回っていた。しかも、機体重量が計画値から200kg以上増加する見込みとなってしまった。これでは要求性能の確保はおぼつかない。


 既に試作機の部品作成は進んでいたが、改修を行うことになった。特にカウリングやカウルフラップなどの機首周りを低抵抗の形状に変更した。更に排気管をロケット効果が期待できる推力式排気管に変更した。


 試作1号機は昭和15年(1940年)4月に完成した。脚の不具合などが発生したが、改修可能で大きな問題はなく試験飛行を実施した。


 陸軍の基本審査は、6月から開始された。審査で大きな課題となったのは、速度が陸軍の要求性能に達せず、570km/hだったことだ。計算機を利用した見積もりでも、要求値に未達になると想定されていた。機首や排気管などの修正を行ったが、それでも不十分だったのだ。


 そもそも、キ44が搭載するエンジンは、1段2速過給機付きのハ41を予定していたが、過給器の試験が完了しないために、試作3号機までは、1段1速過給機を装備した発動機を搭載していた。


 4号機からは念願の1段2速過給器付きのハ41が使用可能となった。4号機が性能の改善したハ41を搭載して飛行試験を開始すると、高度4,000m以上での性能が改善していることがすぐに確認できた。武装や防弾鋼板を装備した状態でも603km/hを記録して、軍の要求を達成した。


 性能を改善したエンジンを搭載した機体の一次審査は、昭和15年(1940年)10月から始まった。審査で指摘された部分の改修を昭和16年(1941年)2月までに実施して、第2次審査となった。昭和16年6月には、一式単座戦闘機「鍾馗」として採用となった。しかし、第二次審査では「キ44は対爆撃機要撃用としては有用であるが、対戦闘機用としては実用価値が低い」という厳しい評価だった。これは、重戦という機種そのものへの評価と言える。それでも陸軍はこの新型機の配備を進めた。ドイツの戦闘機であるMe109を改造した派生型が700km/hを大きく超える速度を記録したとの情報が入っていたからだ。


 一式単座戦闘機「鍾馗」(キ44-Ⅰ) 昭和16年6月

 ・全幅:10.0m

 ・全長:8.85m

 ・全高:3.12m

 ・翼面積:17.00㎡

 ・自重:2,010kg

 ・全備重量:2,671kg

 ・発動機:ハ41(空冷複列14気筒) 離昇:1,520hp(1段2速過給器)

 ・プロペラ:ハミルトン定速3翅、直径:3.05m

 ・最高速度:603km/h 5,200mにて

 ・武装:固定13mm×4挺

 ・装備:爆弾30~100kg×2(翼下)または、両翼下に増槽


 ……


 キ44と機体を共用化することが決定した海軍の十四試局地戦闘機は、武装として20mm×2と13mm×2を要求したので、重量が増加することになった。しかもエンジンを三菱製のハ101(MK4A)に換装するように要求したため、機体の設計部隊には余計な作業が発生した。


 ハ101の直径は1,340mmであり、1,255mmのハ41よりも100mm近く大きい。更に、重量もハ101は90kg近く重い。明らかに、機体の大部分を再設計しない限り搭載は不可能である。最終的に、性能が確保できればエンジンはこだわらないというまっとうな結論となり、海軍のエンジン指定は撤回された。


 中島が開発した十四試局戦の試作機が完成すると、陸軍機から約半年ほど遅れて空技廠が機体の審査を開始した。時期を遅らせたために審査対象の機体は、最初からハ41に相当する1段2速過給機を搭載していた。しかも陸軍の審査で判明した改修も織り込まれていた。そのおかげで、審査は比較的順調に推移した。


 昭和15年後半になって、耐久試験も消化して成功が確実視されていたNK6A(後の新星)の利用が可能になった。ハ41とMK6Aは、どちらも重量が600Kg台で直径はMK6Aが10センチ以上小さいので、大きな変更をせずとも置き換えが可能だと容易に想定できる。しかも小さなエンジン直径のおかげで、頭でっかちのキ44の機首を再設計すれば間違いなく空気抵抗が減少するはずだ。


 海軍の思惑通り、1カ月程度で機首の設計変更を行った十四試局戦の試作4号機は、昭和16年4月に進空した。空技廠の簡単な試験でも、キ44に比べて飛行性能が改善していた。昭和16年10月には審査が終了して、十四試局地戦闘機(J2N2)は「雷電」と命名された。


 雷電は機体の構造はほぼキ44と同一である。操縦席後ろの防弾鋼板と燃料タンクの防弾は、海軍は要求しなかったが陸軍機から変更しないことになったので、海軍機として防弾装備を備えた最初の戦闘機となった。


 一式局地戦闘機「雷電」(J2M2-2) 昭和16年10月

 ・全幅:10.0m

 ・全長:8.85m

 ・全高:3.14m

 ・翼面積:17.00㎡

 ・自重:2,154kg

 ・全備重量:2,810kg

 ・発動機:新星(空冷複列18気筒) 離昇:1,700hp(1段2速過給器)

 ・プロペラ:ハミルトン定速3翅、直径:3.15m

 ・最高速度:345ノット(639m/h) 6,500mにて

 ・武装:固定20mm×2挺、13mm×2挺

 ・爆装:爆弾60kg×2(翼下)または、両翼下に増槽


 なお、海軍の雷電が高性能だったことから、陸軍においてもキ44-Ⅱとして、エンジンをハ110(陸軍版の新星)乗せ換えた機体が採用された。キ44-Ⅱの性能については、ほぼ雷電と同じであった。


 ……


 昭和15年(1940年)7月に、堀越技師の事前予想通り十五試艦上戦闘機に対する設計計画要求書が三菱1社に発出された。零戦の実戦部隊への配備は始まっていたが、まだ実戦に投入されたことはなかった。したがって、戦訓により十五試艦戦の開発方針が大きく変わることはなく、零戦の正常進化による高性能化という内容だった。


 まず、零戦から改善を求められたのは、最大速度と上昇性能だ。340ノット(630km/h)以上が要求され、上昇力も6,000mまで6分以内が条件になった。零戦よりも要求が一段高度になっていたが、それ以外の条件はあまり変化がない。堀越技師にとって幸いなことに、旋回戦闘を重視して、翼面荷重などの機体の構成要件に対する指定は行われなかった。


 計画要求書を受領する数カ月前から三菱航空機製作所における次期艦上戦闘機の開発は既に始まっていた。空技廠と航空本部、三菱が参加する官民の合同研究会は、既に何度も開催されており、三菱側も大体の要求条件を理解していた。要求条件がおおむね判明していて、使用するエンジンも腹積もりとして決めていれば、設計を進めることは可能だ。


 設計要求発出後の会議で、海軍は審査中の新型18気筒エンジン(MK6A)の使用を認めた。MK6Aについてはまだ正式化されていなかったが、空技廠での審査の状況から成功が確実視されていたため、航空本部でも使用を反対する意見は出なかった。これで、三菱が内部で設計を進めていた機体の後戻りは、ほぼなくなった。


 ……


 昭和15年(1940年)8月になって、十五試艦戦の計画要求書が正式に交付されてから、あまり時間が経たないうちに堀越技師が我々のところにやってきた。挨拶もそこそこに、堀越技師は本題を話し始めた。


「さっそくですが、私たちは十五試艦戦の設計に対して大幅に計算機を活用しようと考えています。三菱ではエンジンの設計に際して、計算機の活用も開始しています。今回は本格的な計算機の活用に際してお願いにやってきました」


 話を聞いてみると、堀越技師の依頼は二つあった。最初の依頼事項は、航空機向けの計算プログラムの使用だ。特に十三試艦爆の開発時に、プログラムを作成したはずだが、それらを利用させてほしいとの依頼だった。既に、中島の航空機設計への利用も許可している。海軍からの開発要求機種に対する計算機の活用なので、すぐに許可が下りた。


 一方、二つ目の依頼事項はかなり難物だった。

「空力設計、強度計算に全面的に計算機を利用することを考えています。空力設計を例にすると、機体や翼をきわめて多くの細かな格子状に分割してそれぞれの点での空気の動きを計算します。格子への分割数を増やせば増やすほど、計算結果の精度は向上するはずです。究極的には、この手法で大掛かりな計算をすれば、風洞試験も大幅に削減できると考えています。これは繰り返し演算ですが、演算数が膨大なために時間がかかることが予想されます」


「もともと、三菱の西沢さんが、MK6Aエンジンの開発時に持ち込んできた、シリンダ内の燃焼状態を計算で明らかにしたいとの要望とかなり似ていますね。シリンダ内の計算でも内部を微小な立方体に分割する方法でした。この時は、単体のシリンダでも計算にかなりの時間を要しました。それでも、シリンダは単純な円筒形で容積も限られた条件での計算でした。航空機への適用となると、ある程度計算する格子点の数を割り切って、網目の密度を計算可能な範囲とすれば実施可能です。中島飛行機でも類似の計算を既に実行しています。しかし、風洞試験を置き換えられる精度の計算となると、かなり演算性能が必要です」


 私の横で話を聞いていた、海野少尉が今まで研究していた計算機強化の方法が活用できるとわかって、説明を始めた。

「計算機の演算部分を複数に拡張することにより計算能力を強化する方法を開発中です。例えば、計算に100時間を要する演算が必要だとしましょう。これを5台の演算部で同時並行的に処理すれば、20時間に短縮できます。但し、こんな処理方法が利用できるのは、今の堀越さんの考えている利用法のように、独立した多数の演算を行う場合に限ります。演算結果を次の処理で利用して、逐次計算を実行する場合には適用できません」


「私が説明したのと類似の模擬計算の応用は、かなりいろいろできるはずです。今まであきらめていたことが、高性能の計算機で演算可能になれば、空力形状や強度部材の構造などで新たな発明も生まれるでしょう。計算能力の向上が必要なのは容易にわかりますが、時間と共に計算機も性能が向上しますよね。ぜひとも実現をお願いします」


 結局、堀越技師の最初の依頼については、海軍で保有していた航空機関係のプログラムはすぐに使用可能として、十五試艦戦の設計に大いに活用されることになった。大幅な計算時間の短縮のための並列計算については、昭和15年末に完成する新型計算機の実現を待つ必要があった。


 新型計算機が登場したころには、十五試艦戦で必要な計算の大半は終わっていて、実際に試作機を生産する段階となっていた。そのため、新型の計算機が活躍する場面はそれほど多く残されていなかったが、翼や尾翼のフラッターの動的な解析に利用された。


 昭和16年(1941年)8月には、A7M1は早くも試作1号機が完成して初飛行を行った。三菱社内での飛行試験で改修が行われたのちに、海軍で3機の試作機を使用した本格的な試験が始まったのは9月だった。A7M1は艦上機ということもあり、局地戦闘機のように翼面荷重を大きくすれば、空母からの発艦や着艦に支障が出る。堀越技師は、ファウラー式の大型フラップを装備して、離着艦速度を低下させる設計としたが、それでも翼面荷重は、150kg/㎡とせざるを得なかった。そのため主翼は零戦よりも一回りは大きくなった。


 試作機は、主翼を拡大しても1,700馬力のエンジンの使用と、エンジンに合わせた断面積の小さな胴体のおかげで、340ノット(630km/h)の速度要求を満たすことができた。A7M1の胴体幅は零戦よりも50mm程度小さくなっている。主翼の面積が増加しても胴体周りの空気抵抗により、全体としては相殺しているだろう。


 すぐに追加の8号機までの試作機が海軍に引き渡され、空技廠以外にも横須賀航空隊での実戦を想定した試験が開始された。


 昭和16年(1941年)10月になって、堀越技師が我々のところに報告にやってきた。

「おかげさまで、A7M1の設計では計算機を利用した設計により大きな成果を出せました。初期の試作機では修正が出ましたが、ほとんどは機構部品やエンジンに関する部分でした。機首や主翼の形状などは、形状を少しづつ変えて、計算の結果を比較して最終的な形を決めましたが、想定以上に良い結果となっています。まだ試験は続いていますが、これほど順調に開発が推移しているのも、事前に計算機で徹底的に確認した効果だと思っています」


 堀越技師の一歩一歩緻密に確認しながら進める設計手法は、計算機を活用した開発方法とどうやら相性がよかったらしい。初期設計で時間をかけても、設計内容からの変更点が少なくて、計画に近い性能が実現できるならば、試験は短時間で消化できる。


「設計の開始時には計算を行うことで時間がかかりましたが、試作機の飛行後は後戻りが少なくて、試験が早く進捗しています。全体的には予想よりも早く開発が終わるでしょう。これも計算機の大きな効果だと思います」


 A7M1は初飛行から約半年間の試験で、第一審査と第二次審査を消化することができた。昭和17年(1942年)3月には三菱で零戦の後継機として量産が開始された。制式化の手続きは、昭和17年(1942年)5月になって「烈風」と命名された。


 二式艦上戦闘機「烈風」11型(A7M1) 昭和17年(1942年)5月

 ・全幅:12.4m

 ・全長:9.6m

 ・全高:4.1m

 ・翼面積:25.5㎡

 ・自重:2.450 kg

 ・正規全備重量:3,830kg

 ・発動機:新星12型、離昇1760hp(1段2速過給機)

 ・プロペラ:3.30m 4翅プロペラ

 ・最高速度:349ノット(646km/h) 6,700mにて

 ・上昇力:6,000mまで5分44秒

 ・武装:翼内:20mm機銃2挺(携行弾数各300発)、13mm機銃2挺(携行弾数各400発)

 ・爆装:6番(60kg)×2発または25番(250kg)×1



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