4.2章 十三試艦爆の開発

 空技廠で稼働を始めた計算機の活用もあって、十三試艦爆の開発は順調に進んだ。海軍の試作名称もD4Y1が付与されて、試作1号機の完成目標は昭和15年(1940年)9月とされていた。


 しかし、昭和15年になって、十三試艦爆の開発に大きな影響を及ぼす2つの事態が発生した。一つは航空本部からの要求条件の変更である。航空本部は、軍令部の要求に従って空技廠に対する要求を変更したので、実質的には軍令部1課の意思ということだ。


 軍令部では就役を開始したばかりの「ヨークタウン」級に関する各種の情報を集めて分析を行ってきた。その結果、「ヨークタウン」級では、4個飛行隊(72機)とその補用機約30機の搭載が可能であるとの情報を入手した。しかも1939年計画の新型空母には5個飛行隊(90機)の搭載を目標としていることがわかってきた。補用機まで含めると、空母の搭載機は100機を超える。次期空母は120機を超える可能性がある。120機という数字は、日本空母の1.5倍を超える。軍令部は彼我の機数の差に脅威を感じた。


 和田廠長は、山名少佐に航空本部からの通達を説明した。

「申し訳ないが、ここにきて十三試艦爆は設計変更が必要だ。格納時の翼幅制限が大幅に厳しくなった。幅8m以内に収めよとのことだ。これは、水偵の格納時の大きさに近いだろう。新型の米空母の搭載数が想定以上に多いことがわかった。それでわが軍も空母に搭載できる機数を増やせという命令だ。それに加えて、短期間で多数の艦載機を整備できるように、これから調達する機体は、工場での生産性にも配慮せよとのお達しだ」


 正面を向いていた山名少佐は絞り出すように答えるしかなかった。

「性能低下を許容してくれるわけではないので、いいとこどりの無理な要求だと思います。それでも、できる限り要求に応えるように設計します」


「日本空母と比較して、搭載機が多いということは、アメリカの艦載機は、間違いなく我々よりも厳しい寸法の制約下で設計していることになる。彼らにできて我々にできないはずはない。成果を期待しているぞ」


 あいにくと十三試艦爆は、性能最優先で設計していたために、主翼の折り畳み機構を設けることは予定外だった。しかも、艦載機は空母の総数から考えて、それほど生産数は多くないだろうとの想定で、作りやすさへの配慮もあまりしていなかった。


 二つ目の出来事は、発動機部の永野大尉からもたらされた情報だった。ベルリン駐在の由利中佐が、DB601エンジンの改良版についての情報を空技廠に知らせてきたのだ。DB605という名称で1500馬力を目標として、開発が進んでいた。


 永野大尉が詳細に情報を確認すると、DB605は出力増加のためにDB601のシリンダの内径(ボアサイズ)を拡大して排気量を増加させていた。但し、シリンダの行程(ストローク)は変更せず、ボアの拡大もシリンダ間の間隔を変えずに、シリンダの隙間をぎりぎりまで短縮できる範囲に留めていた。すなわちエンジン全体の大きさをDB601からほとんど変えずに、出力を増加させることが目的だ。


 DB600系エンジンの改良情報をもって山名少佐のところに、永野大尉がやってきた。

「……DB605について判明していることは以上です。引き続き情報を収集しますが、ダイムラーベンツ社との間の取り決めに従い、我々はDB605はDB601の改良版であるという主張をしています。由利中佐からの情報では、ダイムラーベンツ社はこれを受け入れる方向とのことです。まあ、設計情報は教えるから、作れるものなら日本で作ってみろということでしょう」


 山名少佐は、永野大尉の説明を聞いてしばらく考えていた。

「十三試艦爆としては、当面DB601で設計を進める。完成版としてドイツから購入したエンジンの搭載を予定しているので、まずはそれを使用するつもりだ。但し、国内でのDB600系の生産状況により、来年のどこかでエンジンを変更するか否か判断することになるだろうな。もちろんその時点でDB605が使えるならば、艦爆の性能が向上することになる。ところで、愛知ではDB605を生産すると決めているのかね?」


「愛知時計の意思は、十三試艦爆で使うエンジンを作るということが全てですよ。海軍で彼らのエンジンを使うことが決まっているのは、現時点では十三試艦爆だけなのですから。愛知は新型エンジンの生産技術を習得するために、技師をドイツに派遣することも決めたようです」


 ……


 十三試艦爆は、航空本部の命令に従って、設計変更により外翼部の折り畳み機構を追加した。主翼構造の設計がやり直しになったが、折り畳み時には機体の幅が8m以下になった。しかし開発は遅れることになった。


 機体の細部については、まだ設計が進んでいなかったので、少しでも後れを取り戻すために愛知の技術者が応援のために空技廠にやってきた。航空本部からの要求に従って、作りやすい構造とすることが設計方針となったが、これは空技廠の技術者よりも民間技術者の得意分野だった。結局、自社工場で作りやすいように、愛知の技術者自身が設計を行うことになった。また主脚やフラップなどの稼働部は、当初はモーターで動かすことになっていたが、愛知の技師は手慣れていた油圧式に変更してしまった。整備性や機構の信頼度を考えると油圧式が望ましいというのが変更の理由である。


 ……


 設計変更の影響で、十三試艦爆の試作1号機の完成は昭和15年(1940年)11月にずれ込んだ。それでも計算機の活用と試作機は輸入したDB601をそのまま使用するという決定で、影響を最小化した結果だ。引き続き、3カ月の間に3号機までの試作機がDB601を搭載して完成した。


 試験飛行が開始されたころ、山名少佐のところに愛知時計の宮地技師が報告にやってきた。ダイムラーベンツのエンジンを国産化するために、訪独していた技師だ。


「やっとのことで、DB605Aの国産化のめどが立ちました。来年の上旬には十三試艦爆に搭載できますよ。DB601向けに準備していた大半の工作機械や治具がDB605でも利用可能だったのが幸運でした。ドイツ人もDB601の工場であれば、DB605の生産が短期で可能になるように設計段階から配慮していたようです」


 愛知では、当初はAE1(13試ホ号)としてDB601 の生産準備をしてきた。昭和15年からは対象エンジンをDB605に変更して、AE2(13試ホ号改)として作業を継続していた。それがやっと昭和16年(1941年)2月には日の目を見ることができそうだ。


「本当にお願いしますよ。このままでは、十三試艦爆は首無し機が並ぶことになります。一刻も早く新しいエンジンを搭載して飛行試験を実施したいと思っています」


 山名少佐は、機体の見直しやエンジンの変更による十三試艦爆の開発のもたつきに焦っていた。このままでは、遅れて開発が始まった十四試艦攻の方が先に配備になるかもしれない。


 昭和16年(1941年)2月には試作4号機が、念願の愛知製エンジンを搭載して試験飛行を開始した。追加の試作機も次々と完成して、試験項目の消化が始まった。しかし、機体の試験は進んでもエンジンの故障が頻発した。ドイツ本国でも1941年初旬のこの時期は、DB605Aの量産に着手したばかりの時期だった。まだ空軍戦闘機への本格的な配備は始まっていない。


 ドイツ本家とそれほど変わらない日程で、離れた日本の地で生産するのはさすがに無理があった。十三試艦爆の試験はさながらエンジンの飛行試験の様相を呈していた。エンジンが何度も故障するので、エンジン交換を3度も4度も行った。それでも、昭和16年9月以降になると故障は減少した。モグラたたき方式でも徹底してつぶしてゆけば、不具合はやがて収束することが証明された。


 昭和16年(1941年)5月に、DB605の量産開始時のドイツの資料を入手できたのも大きい。永野大尉とともに渡独していた大友中佐は、昭和16年もドイツに留まって航空関係の情報を収集していた。彼は、ドイツのソ連侵攻の直前の5月にシベリア鉄道経由で慌てて帰ってきた。大友中佐が持ち帰った資料には、量産開始後のDB605Aの変更情報とベンツ社のエンジン工場の資料が含まれていた。


 昭和16年7月からは、空技廠の工場で制作していた試験機から、愛知の工場で制作した機体に切り替わった。エンジンは13試ホ号改を搭載して、全てが愛知製となった。13試艦爆としての審査が終了したのは、昭和16年10月だった。2カ月後の昭和16年(1941年)12月になって制式化されて、「彗星」と命名された。13試ホ号改もほぼ同時期に耐久試験に合格して、「アツタ20型」となった。10型は、最終的に量産されなかったDB601に予定された型名だった。


 アツタ20型(AE2A)

 ・気筒数:12、気筒径:154mm、気筒行程:160mm

 ・気筒容積:35.7L、重量:764kg

 ・発動機全長:2,303mm、高さ:1,050mm

 ・過給器:1段無段変速、過給高度:5,700m、直接燃料噴射

 ・離昇出力:1,550hp、回転数:2,800rpm

 ・公称:1,475hp(2,100m)、回転数:2,800rpm

 ・公称:1,355hp(5,700m)、回転数:2,800rpm


 彗星11型

 ・機体略号:D4Y1 昭和16年12月

 ・全幅:12.8m 折畳み時:7.8m

 ・全長:10.2m

 ・全高:3.7m

 ・翼面積:25.0㎡

 ・自重:2,800kg

 ・全備重量:3,980kg

 ・発動機:アツタ21型 離昇:1,550hp

 ・プロペラ:ハミルトン定速3翅 直径:3.3m

 ・最高速度:322kt(596.3km/h) 5,650mにて

 ・武装:固定13mm×2挺、後方旋回13mm×1挺

 ・爆装:爆弾50番×1、25番×2(翼下)、6番×4



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