結末
地面にゆっくりと足を下ろしながらアパートに近づいた。おじさんは出て来る気配がない。また風が吹いたとき私は息を止めた。異様な臭いがする。生ごみよりも饐えた臭いが鼻を突く。
つま先を立て、引き返したとき、建付けの悪いドアの開く音がした。わずかに首を向けると、うねうねと動き続ける赤い指が見えた。鼓動が激しいせいで上手く呼吸ができない。異臭のせいか、吐き気と眩暈が起こり、脚の力が抜けた。我慢より先に胃からせりあがってきたものを地面にまき散らしてしまった。
四つん這いのまま動けずにいると、足首を掴まれた。背後から荒くなった息が聞こえてきて鳥肌が全身を覆った。気持ち悪さからか怖さからかもうわからない。掴まれた足首に冷たいものを押し当てられた。何かを考える前にパキッという音とともに激痛が体内を駆けずり回った。アスファルトの地面の罅に爪が引っかかって捲れたけど、どこの痛みかわからない。かすむ視界の中で足首が転がっており、私の片足の先端は赤く染まっていた。
胃が熱くなり、またせり上がってきて制服が吐瀉物にまみれた。逆の足首も掴まれ、同じような音がした途端、痛い痛い痛い痛い助けて誰でもいい助けてお母さんお父さん。叫んでいるつもりなのに、耳には自分のうめき声しか聞こえない。
両足を切断されてもう歩けない。地面を見ていたはずが灰色の雲を見えていた。しかしすぐに男の顔が覗き込んだ。口紅おじさんが口の周りを赤く染めている。おじさんは口角を目じりまで上げ、斧を振り上げた。腕が一気に下ろされ、肩の肉の繊維がブチブチと切れる音が聞こえた。焼けるような痛みが身体を刺し続ける。
「う………そ……い…………す……ご……さ」
おじさんは黄色く濁った白目で私を向きながらぶつぶつとつぶやいている。髪を引っ張られ、首に斧の切っ先を充てられたとき、おじさんの呟く言葉が聞き取れた。
「うまそういただきますごちそうさま」
真っ赤な口紅おじさん 佐々井 サイジ @sasaisaiji
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