真っ赤な口紅おじさん
駅までは徒歩で十五分かかり、おまけに今日の五時間目の体育が持久走だったので、校門を出てすぐに脚に重みを感じ始めた。信号を渡って分岐点の前で立ち止まった。まっすぐ進むといつもの通学路だけど、左は駅まで近道で行くことができる。車通りが少なくて田んぼと畑が道を挟んでいる。通学路よりも安全そうなのになぜか先生から進入禁止だと言われている。でも今は、校門前に先生がおらず、見つかることはない。
道を挟む田んぼと畑は冷たい風を遮ってくれないから、太ももの鳥肌がひどくなっていく。先週、お母さんとスーパーに行ったときに首と足先を切り落とされ、羽をむしり取られたローストチキンの表面と私の鳥肌が重なる。幹弥とクリスマスにローストチキンを食べる夢は今年も達成できそうにない。
一歩を前に踏み出すことも重くなり、下を向きながら歩いているとなぜか壁にぶつかって尻もちをついてしまった。
見上げると壁ではなく、黒い中折れ帽子をかぶり、無精ひげを散らし、真っ赤な口紅を塗りたくったおじさんが私を見降ろしていた。おじさんはすぐに私の脇をすり抜けて歩き去った。
真っ赤な口紅塗ったおじさんを見つけて家までついていくと、好きな人と結ばれるっていう話――
奈央の言葉が頭をよぎる。幹弥。奈央にはもったいない。私の方が幹弥を思う期間は長い。湿ったコンクリートに手をついて立ち上がり、かかとを浮かせながらおじさんの後を追った。疲労困憊の脚のわりには軽やかに動けていた。こんなに何もない、人通りも少ないのに、どうしてみんなおじさんの家にたどり着かないんだろう。
おじさんは一度も振り返らず、ずっと進み続けている。分岐点だったところまですぐに引き返して、右に曲がっていく。高校より奥にある道は今まで行ったことがない。ショッピングモールもおしゃれな店も何もないところにわざわざ行く用事がない。
さっきよりも広い田んぼや畑が周りを囲ってきた頃、奥の左手に古そうな二階建てのアパートが建っていた。アパートは日に灼けた黄ばみのような色をしていて、誰かが住んでいそうな気配を感じない。でもおじさんはそこの一階の部屋のドアを開けて入っていった。
家を見つけちゃった。ということは幹弥への恋は報われるということ? 実感がわくがあくまで噂話。こんなことに振り回されないで、ちゃんと幹弥に好きになってもらえるように自分磨きしなくちゃいけないことはわかっている。
冷たい風が脚を撫でつけ、太腿をさするが効果はない。帰ろうとしたとき、おじさんのドアの周りに置かれているクーラーボックスが目に留まった。こんなに寒いのに三つも積み上げている。
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