真っ赤な口紅おじさん

佐々井 サイジ

噂話

「あれ知ってる? 真っ赤な口紅を塗ったおじさん」


 鏡に映る奈央とは目が合わず、シースルーにしたての前髪を手のひらで撫でることに夢中だった。トイレには肌をチクチク刺してくる冷気が漂っている。


「何それ?」

「真っ赤な口紅塗ったおじさんを見つけて家までついていくと、好きな人と結ばれるらしいよ」


 冷たい風がスカートの中に侵入する。むき出しの太腿は毛穴が収縮し、なぜタイツを履いてこなかったんだと鏡に映る自分を責めた。


「何で家まで付いて行かなきゃいけないの?」

「そんなのわかんないよ。噂だし。そんなんで幹弥と付き合えたら楽だよね」


 奈央が思いを寄せる幹弥の話をしているうちに、いつの間にか脱線していた。同じクラスの幹弥は今日も今頃、サッカー部の練習で頑張っているのだろう。私はトイレで身だしなみを整えるよりも、教室から幹弥の練習風景を眺めていたい。


「誰から聞いたの? そんなわけわかんない話」

「忘れた。ってかこれからバイトマジでだるすぎ」


 自分で切り出しておいて、適当に話題を変える勝手さと終わらない前髪調整にため息が漏れ、先にトイレを出ると奈央も付いてきた。

 奈央は家から高校まで自転車で通学しているので、駐輪場までついていく。駅まで徒歩の私は校門を出てすぐに奈央と違う道になる。


「じゃね、お疲れー」

「お疲れー」


 結局、解散する直前までバイトの愚痴を言い続けていた奈央は、自転車に乗っても独り言で文句を言いそうな勢いだった。

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