第42話 四天王最弱は

 グリードの攻撃は熾烈を極めた。


 数十メートルにも及ぶ巨体から繰り出される爪も、牙も、尾の一振りも、

 それだけで魔王城がどんどん破壊されていく。


 さらにはドラゴン特有の強力な魔術の数々―――。

 口から放たれる光弾ブレスは威力も速さも致命的なものだ。

 時折体を蠢かせると、背中から雷を周囲に放ち、触れるものをズタズタにしてしまう。

 巨大な翼からは嵐を生み出し、周囲の全てを切り裂く。

 さらには、全身を覆う、人間のサイズよりも大きい、強固な鱗を自在に飛ばし、物理的な打撃も与えてくる。


 存在そのものが破壊をもたらす、

 まさに絶望の化身―――――


「ふんぬりゃゃああああああああああああ!!!!」


 そんな絶望の化身に立ち向かうファイレーンは、

 今まで誰にも見せたことがないような顔と叫びで気合いを入れまくっていた。


 転生してから今まで、インテリ系クールキャラでやってきたが、

 今はそんな事を言っていられない。


 ファイレーンは自らが生み出した炎の鎧巨人を懸命に操り、グリードと取っ組み合いを続けていた。

 光弾ブレスやら雷やらはあるが、とにかくその巨体を抑えないとどうにもならない。


 巨大な2体が取っ組み合いを行う光景は、さながら怪獣大戦争である。


 しかしグリードの攻撃はあまりに強力で、ファイレーンの鎧巨人はすぐに破壊されてしまう。

 ではどうするかと言うと、何度でも何度でも鎧巨人を生み出し続けているのだ。


 これだけの規模の魔術だと、呼び出すまでの時間も、そのための魔力も膨大になる。


 時間は気合いで短縮する。

 魔力も気合いで絞り出す。


 気合いしかないのだ。


「うにゃぁぁぁああああああ!!」


 気合いを入れすぎて気合いが入っていないような叫びになっているが、これも気にしている暇はない。


『いい加減に・・・・!』


 グリードは明らかに苛立っているようだ。

 それはいい気味だが、その分攻撃は苛烈になる。


 グリードは体から鱗を大量に射出し、それが全てファイレーンに迫る。


 だが、そうはさせない。


「うぉぉぉ!ガスティ・カノン!100連発!!」


 シルフィアが一瞬でファイレーンの元に駆け付け、

 風の力で相手を吹き飛ばす魔術を、すべての鱗に放つ!

 実際には100個も魔術を撃ってるわけではないが、

 言いやすさと気持ちの問題だろう。


 鱗のその質量攻撃は強力で、この魔術でも弾き返せるわけではないが、

 ギリギリ軌道を逸らすことには成功する。


「はぁっ!はぁっ!

 じゃあまたね!ファイレーン!」


 シルフィアは大きく息をしながらすぐに飛んで行ってしまった。


 シルフィアもさっきから八面六臂の活躍である。

 グリードの周りを飛び回ってちくちく攻撃して、グリードの意識を逸らす。

 グリードの攻撃を避ける。

 グリードの攻撃からファイレーンを守る。

 グリードが呼び出したドラゴンを片っ端から倒す。

 これらをすべてやっていた。


 気合いという事ならシルフィアもとんでもない気合いである。



『なぜだ!!』


 一方、グリードの苛立ちは頂点に達していた。


『なぜこんな雑魚2匹相手にここまで粘られる!!』


 シルフィアとファイレーンの攻撃が、

 グリードに致命傷を与えられているわけではない。

 だが、この二人を倒すのなど、一瞬で済むはずだったのだ。

 確かに煩わしい事情があるにはある、が、それでも


『貴様らごとき、四天王の下っ端に!!!』


 その時、グリードの周囲を霧が立ち込めた。


『!!?』


「これは!!」


 シルフィアとファイレーンは、それが何かすぐに分かり、思わず笑みがこぼれた。


「ランザス・ウォルトナ!!」


 その言葉と共に、霧は無数の細長い棘となりグリードの体に突き刺さった。

 細い、細く鋭いその棘は、グリードの強固な鱗のすき間を縫ってその肉に食い込んだ。



『き・・・さま!!!』


 グリードにとって、不快ではあるが大きなダメージにはならない。

 だが、そんな事が重要ではなかった。


 グリードが見据える先には、

 グランザと、彼に支えられたボロボロのウォーバルが立っていた。


 グランザの仮面は割られている。

 それを確かめるまでもなく、グランザの洗脳が解けていることが

 術をかけた本人であるグリードには分かった。


「ウォーバル!グランザ!!」

「やった!洗脳を解いたんだね!ウォーバル!!」


 ファイレーンとシルフィアが歓喜の声を上げる。


(でもあれ、ウォーバルが勝ったのか?

 ウォーバルの方がボロボロなんだけど・・・)


 判断が難しくて、シルフィアは勝敗については聞かないことにした。


『貴様!なぜ・・・!!』


 その言葉が自分に向けられたものだと思ったウォーバルは、

 とにかくグリードに一泡吹かせたくて、ここぞとばかりに嫌味を言った。


「ハッ!まさか俺が接近戦しかできないと思ってたのか?

 貴様みたいなデカブツ相手ならああいう術もあるんだ・・・」


『そんな事じゃない!!』


 そんな事じゃなかったらしい。

 せっかくの嫌味が不発に終わったウォーバルは、また不満そうな顔になってしまった。


『なぜだ・・・なぜだ!!

 四天王最強のグランザが我が手中に落ちた時点で、勝負は決まっていたはずだ!

 他の三人など、グランザと比べれば取るに足らない小物だったはずだ!

 それなのになぜ、この三人にここまで邪魔をされなければならない!!!』


 グリードのはらわたが煮えくり返っているのが、見ただけで分かる。

 怒りのオーラが目に見える形で立ち上っているかのようだ。


『絶対に許さんぞ!貴様らーーーー!!』


 グリードが吠えると、周囲にドラゴン達がさらに召喚された。


 これまで召喚されていた小型のものだけではなく、

 中型、さらに大型のドラゴンもだ。

 大型ドラゴンともなれば魔王軍の幹部レベルの強さ。

 今までシルフィアが相手をしてきた小型ドラゴンとは違い、一体一体が倒すのに苦労する強敵だ。


 しかも・・・・それらが今までとはけた違いの量、

 数百にも及ぶドラゴンが周囲を取り囲み、空を覆いつくしている。


(そんな・・・!これほどの数を!?

 まさか、グリードはずっと、この大量召喚を狙って準備していたのか!?)


 ずっと雑魚ドラゴンの相手をしていたシルフィアは戦慄する。



 だが―――――


「お前は何も分かっていないようだな」


 叫んだりするわけではないのに、不思議とよく通る声で、

 グランザが言葉を発した。


 その表情は、今まで操られていた事への怒りと・・・

 だがそれだけではなく、誇らしさのようなものもたたえていた。


「俺が四天王最強だと?何も分かっていない!

 ウォーバルの格闘センスは、俺を遥かに凌ぐ。

 ファイレーンの知識とモンスター生成術は、俺では決して真似できない。

 シルフィアのスピードと自由な戦い方は、俺には追い付くこともできない」


 そう言って、四天王の仲間たちを見据える。


「グランザ・・・・!」

「グランザさん・・・!」

「お前・・・!」


 そんな風に思ってくれていたなんて・・・。

 シルフィアもファイレーンも、そしてウォーバルも、

 戦いのさ中だが、感極まってしまった。


「だから、俺は四天王最強だというのは、お前の間違いだ。

 俺は・・・・

 俺は所詮、四天王最弱にすぎない!!」


 グランザは、今度はハッキリとグリードへの怒りを前面に押し出した。


「そんな俺が、仲間たちに迷惑をかけてしまった。

 この落とし前はきっちりつける!!」


 そう言うとグランザは自らの魔力を最大限に引き出し、手に持った剣を天に掲げる。

 すると・・・


 百・・・

 千・・・?

 ・・・万!?

 いやもっと!!


 空を埋め尽くすほどの魔術の剣を出現させる!

 そしてグランザには珍しいことだが、呪文付きで魔術を撃ち放つ。

 つまり、それほど強力な魔術と言うことだ。


「グラディオル・エクスインフィディオ!」


 全ての剣が目にもとまらぬ速さで加速する!

 音速を超えた証の衝撃音をそこかしこで響かせ、周囲は大音量に包まれた。

 そして、剣は縦横無尽に空を駆け周り・・・


 数百体いたドラゴン達を一瞬で全滅させてしまった。


 グリードは・・・・

 そして、シルフィアもファイレーンもウォーバルも、

 口をあんぐりと開けて、

 その場を埋め尽くしていたドラゴン達が消えて、

 きれいさっぱりしてしまった空を見上げていた。


 グランザは悲し気に顔を横に振って呟いた。


「はぁ・・・みんなの役に立ちたいのに、これくらいしかできないなんて・・・。

 やはり俺は四天王最弱・・・」


「「「『いや、お前絶対に最弱じゃないだろ!!!!』」」」


 三人とグリードの突っ込みが、見事にシンクロした。

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