第41話 幻青のウォーバルVS黒剣のグランザ

 幻青げんせいのウォーバルはプライドの高い男だ。


 魔族の名門、ハイド家の出身。


 名門と言っても、魔族は戦いのためだけに一族をつないできたようなものなので、

 煌びやかなわけでも何でもないが、

 名門は名門である。


 長い歴史の中で魔族を守ってきた一族、という誇りもあるし、

 一族に代々受け継がれた「流体戦系」という技術を身に着けた実力者である、という自負もある。


 実際、魔族の中で並ぶ者がないほどの強さであった。


 黒剣こっけんのグランザが現れるまでは。


 グランザは、特筆すべきこともない一般的な出身だが、

 ただただ戦場での実績で四天王まで上り詰めた。


 殆どの兵士にとっては、ウォーバルもグランザも等しく「圧倒的に強い」という評価で、その優劣までは分からなかった。


 だが、ウォーバル本人は、相手が自分より強いことが分かってしまっていた。

 何度か訓練と称して本気で戦ったこともあるが、勝つことはできなかった。


 そのことが、ウォーバルの心に重くのしかかり続けていた。

 しかし、これまではそれと正対することを避けていた。


 その事を清算し、前に進む時が来たのだ。


 ◆


「ハッ!どうした!そんな攻撃オレには当たらないぞ!!」


 ウォーバルは自らの集中力の高まりを感じていた。


 黒剣こっけんのグランザの強さは、無数の剣を生み出し、自由自在に操れることだ。


 遠距離戦はもちろん、接近戦においても、

 圧倒的な手数がどんな場所から襲い掛かってくるか分からない、

 と言うのは反則じみた能力である。


 一方ウォーバルには、自らの体を流体――――霧のようにして、

 相手の攻撃をすり抜ける「流体戦系」がある。


 剣を避けるだけ、ならこれまでも出来ていた。

 しかし、勝つためには攻撃をしなければならない。

 攻撃するときには全身を実体化しなければならないのが「流体戦系」の弱点だった。

 その瞬間を狙われれば傷を負う。

 そのようにして、今までグランザに勝てなかったのだ。


 だが――――



「ハァ!!」


 ウォーバルの拳がグランザの脇腹に刺さる!


 グランザは洗脳されているせいか痛がる素振りは見せないが、

 ダメージが入っていることは体の動きを見ればわかる。


(ハッ!段々調子が出てきたぜ)


 ウォーバルが、ここ最近特訓してきたこと、

 それは、「体の一部だけ流体化させる」と言うものだ。


 いまだかつてそれをできた一族はいない。

 ウォーバルも、できないものだと思っていた。


 しかし、グランザに勝てるほど強くなるにはそれしかなかった。

 そして、ウォーバルはそれを成し遂げたのだ。


 グランザは、手に持った剣をウォーバルに振り下ろすと同時に、

 ウォーバルの背後に2本剣を生み出し、突撃させる。

 三方同時攻撃だ。


 だがウォーバルはそのまま間合いを詰め、半身分体をずらす。

 3本の剣はウォーバルの体の左半身を貫く―――が、

 左半身を霧状にしてその剣を受け流す、と同時に、

 残りの右半身は実体化したままで、そちらの拳でグランザを殴りつけた!


 もちろん拳には水の魔力が込められている。

 グランザは大きく弾き飛ばされた。


「ハッ!はぁ・・・はぁ・・・」


 ウォーバルは満足げに笑い顔を作った後、すぐに肩で息をした。


 その左半身は、先ほどの剣の跡が血で滲んでいる。


 左半身だけ霧状にして攻撃をすり抜ける・・・。

 言葉で言うのは簡単だが、霧状にしている部分が多ければ攻撃をする側の力は落ちる。

 勝つためにはギリギリのラインを見極めなければいけないし、

 タイミングが少し間に合わないだけでもダメージは受ける。


 グランザの高速かつ多数の攻撃に対してこの戦法をしているのだ。

 まともに攻撃が当たるようになるまでに、ウォーバルの体は傷だらけになっていた。


 結局のところは、お互いに斬り合い殴り合う泥仕合に持ち込めるようになった、というだけだ。

 しかし、それでもいいのだ。


(ようやく掴んだこの感覚で、一気にたたみかける!!)


 ウォーバルは瞬時に体を霧状にしてグランザに接近し、

 霧状のまま攻撃態勢に入り、

 攻撃が当たる瞬間だけ、必要な部分を実体化する。


 今度は蹴りを叩きこむ・・・だが、これは間一髪のところで防がれてしまった。


「チッ!」


 グランザは即座に剣を生み出し反撃に出る。

 ウォーバルは体を霧状にして攻撃をやり過ごすが、グランザから離れるわけではない、

 そのまま水の刃を生み出した右手刀を繰り出す。

 これはグランザの右肩を薄く切り裂いたが、致命傷にならない程度に避けられている。


 そんな超接近戦の攻防をしばらく繰り返し、徐々に相手にダメージを蓄積させる。

 だが―――――。


「ハァ!!」


 グランザの剣に胴体を薙がれながら、逆にグランザの顔面にストレートを放つ。

 はずだったが・・・


「クッ!!」


 攻撃しようとした拳を的確に攻撃されていた。


 とっさに引いたので致命傷にはならなかったが・・・、


(もう対応してきたのか・・・!)


 体の一部だけ実体化して攻撃することで、敵の攻撃を無効化しながら反撃できる。

 理屈としてはそうだが、

 攻撃のために実体化した一部分、そこを的確に狙われれば当然ダメージを食らう。

 それは当然のことだ。


 しかし、高速で動き、これまた高速で流体と実体が切り替わる、体のごく一部分を狙って攻撃するのは至難の業だし、

 それをさせないような戦い方をウォーバルは訓練してきた。


 それでもグランザは、この短い時間で対応してきたのだ。


「フッ・・・」


 ウォーバルは思わず笑ってしまった。

 そのことに自分自身驚きもしたが、しかしすぐに納得もした。


「ハッ!まあ、お前はそれくらいやってくるよなぁ!!」


 グランザと本気で命を懸けて戦うのは初めてである。

 今まではあくまで訓練であるし、

 今になって思えば、自分自身「訓練だから」という言い訳の中で戦っていた気がする。


 だが今、真剣に、本気で、できる限りの工夫と努力をもって戦っていることに、

 これまで自分の中にあったモヤモヤが全て吹き飛んでいるような気がした。


(こうなればもう、をやるしかない!)


 今まで実行しなかった奥の手。

 複雑な作戦などではない。むしろ、誰だってすぐ思いつくことだ。


 ウォーバルは再び体を霧状にすると、複雑な軌道を描きながらグランザに近づく。

 グランザは惑わされることも無く、その動きを追跡する。

 グランザに隙は無い。

 だが・・・必要なのは思い切りだ。

 考えうる最善のタイミングと角度でグランザの体に肉薄し、

 右の拳を繰り出す。

 それに対してグランザは手に持った剣ではなく、空中に生み出した剣で迎撃する。が、その剣はすり抜けていった。

 拳は霧状のまま。

 フェイク―――――

 次の瞬間、控えていた左拳に渾身の魔力を込め打ち放つ!

 だが・・・

 グランザはそれにも対応し、手に持った剣でその拳を真っ直ぐ切り裂きに来る。


 だが―――それもフェイクだった。

 霧状のままの左手はグランザの剣を過ぎ去り・・・・


 そしてウォーバルの左拳はグランザの顔面を打ち抜いていた。

 グランザははじけ飛び、この戦いで初めて、地面に倒れ伏した。


 それを見下ろすウォーバル。

 その左腕から肩口にかけては・・・グランザの剣に深く斬り裂かれていた。


「結局、こんなやり方でしか勝てないか・・・・」


 攻撃の直前まで拳を霧状にしていても迎撃されてしまう。

 それなら、迎撃したと思っている拳で攻撃すれば、グランザの意識外の攻撃となり、

 渾身の一撃を食らわせられる。

 しかしそのためには、グランザの剣が通り過ぎた直後――――つまり、

 に実体化させるしかなかった。


(要は、よくある相打ち狙いの攻撃ってだけだ)


 ウォーバルは自嘲気味に笑う。


 しかし、それでも、勝つつもりで放った攻撃だ。

 相打ちでは終わらせるつもりは無かった。


 グランザを倒せるほど強力で、しかし自分は死なない、

 そんなギリギリを狙って、体のどこをどこまで実体化させるか、

 経験と直感で読み切った。


(それも、最後は賭けだがな・・・)


 倒れて仰向けになっているグランザの元に、足を引きずりながら近づく。


 グランザの仮面は、粉々に割れていた。

 しかし息はある。意識もあるようだ。


 それを見下ろしながら、ウォーバルは喋りかけた。


「お前は操られていたから本調子じゃないと言うかもしれないが・・・・

 俺もお前を助けるために、殺さないように戦ってやったんだ。

 お互いハンデを持った同士の戦いなら、対等な戦いだろう・・・」


 ウォーバルは、少し朦朧とする頭で思いついたことをペラペラと喋っていた・・・


「まあつまり・・・言い訳なんかするなよ。

 俺の、勝ちだ。

 俺の方が強い」



 それを聞いて、グランザは少しだけ口の端で笑ってから答えた。


 その目は――――、かつてのグランザそのままに、しっかりとした意思が宿っていた。


「ああ。分かってるさ。

 だからずっと言っていただろう。

 お前の方が強い、と」


 相変わらずの余裕を感じさせるその物言いに、

 ウォーバルは「やっぱりコイツむかつくな」

 と思った。

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