第29話 告白

 シルフィアはライカに向かって土下座したまま続けた。



「実は・・・ボクは正体を隠してキミに近づいて、

 隙を見て裏切る作戦だったんです!!」


「ちょ、ちょっとシルフィア・・・!!」


 ファイレーンはあまりに突然な出来事に、そんな言葉を発するのがやっとだった。

 ウォーバルもどうしたらいいか分からず絶句している。


 何で急に作戦をバラすんだ、とか、

 そこまで全部正直に言う必要あるのか!?とか

 言いたいことは色々ある気がするが・・・


 だがシルフィアはなおも続ける。


「でも、さっき映像で見てもらった通り、ボクたちの魔王城がドラゴンに襲われて大変なんだ!!

 だから・・・こんなことお願いする立場じゃないって分かってるけど・・・・」


 シルフィアは少しだけ躊躇して・・・つまり、自分でも無茶なお願いだと自覚して、それでも意を決して、


「・・・だからボクたちと一緒に魔王城に行って、協力してくれないか!?」



「ハァ!?」

「えええ!!??」


 ウォーバルとファイレーンは、今度は声を出さずにはいられなかった。


 本当に何を言ってるんだ!?

 いつの時代も、勇者は魔王軍に敵対してきた存在。

 勇者を仲間にしようなんて、考えたことも無かった。


 だがシルフィアはその言葉に託したようだ。

 バッと顔を上げてライカの方を見る。


 それを見て、ファイレーンとウォーバルも、

 ずっとシルフィアの方ばかり注目していたことに気付いて、ライカの方を見た。

 そうだ、ここまで来てしまうと、先ず気にしないといけないのは勇者の反応だ。



 シルフィアが実はスパイで裏切りを企んでいた、ということを・・・・

 不意打ちしてから告白するわけでもなく、ただただ謝罪しただけ。


 当然ライカは激怒するだろう。

 その上魔王軍を助けてほしい、という。

 図々しい、どの口が、とさらに怒りは高まるだろう。


 今までのライカの気性を考えると、何か言葉を発するより先にブチ切れて剣を振り下ろしてくるかもしれない。

 そうなったらすぐにでも応戦しなければ・・・・。



 ・・・・


 しかし、三人の見たライカの表情は想像のものとは違った。


 目は大きく見開かれ、口の力は抜け、剣を持った手は微妙に震えている。


 要するに、目をまん丸にして、口をぽかんと開けて、驚きとショックでフルフルしているのだ。



「そんな!!

 シアが・・・シアがオレを騙していたなんて・・・・!!

 知らなかった・・・・」


 怒りではなく悲しみの声を上げ、ライカは剣を落としてその場に力なくうずくまってしまった。


「えええ・・・」


 ファイレーンは思わずそう声に出してしまった。


 これは全くの予想外だった。

 ファイレーンとウォーバルは勿論、シルフィアにとっても。


 シルフィアも、正直ライカにブチ切れられると思っていた。

 ぶん殴られることも覚悟していた。

 すでにシルフィアの正体に気付いているかもしれない、とも思っていた。


 なのだが・・・。


 ライカは未だにうずくまって現実を受け入れられていない様子だ。

 顔は見えないが、もしかしたら泣いているのかもしれない。


(裏切りられたことでこんなにショックを受けるなんて・・・・)


 ファイレーンはライカの様子を見て少し落ち着きを取り戻していた。

 あまりに予想外だと逆に冷静になるというやつかも知れない。


(こんな風になっちゃうなら、予定通り裏切り作戦をしていたら、本当に倒せていたかも知れませんね・・・)


 今更言っても仕方がないことだが・・・。いや、もしかして今からでも倒せるのか?


「ううう」


 ライカはうめき声を続けている。


「そ、そんなに落ち込まないでよ!

 騙してたって言っても、本当に裏切る直前で作戦がメチャクチャになっちゃったからさ、裏切るところまでいってないから!

 裏切っていないのと同じだよ!

 ライカは誰にも裏切られてない!

 元気出しなって!!」


 ライカの姿があまりに哀れだったのか・・・シルフィアはさっきまで土下座していたのを忘れたかのように、無茶苦茶な理屈でライカを慰めはじめた。



「う・・・・」



 ライカはまた声を上げた。


「う?」


 シルフィアはライカの顔を覗き込む。




「うるせぇぇぇぇえええええ!!!!」


 ライカはいきなり激昂してシルフィアをぶん殴った!!


「ギャーーーーーーーー!?」


 シルフィアは叫び声をあげて壁まで吹き飛ばされた。

 結局はブチ切れられてぶん殴られてしまった。


「好き勝手言いやがって!てめぇら、覚悟できてるんだろうなぁ!?」


 ライカは立ち上がってファイレーンとウォーバル・・・と、吹き飛ばされたシルフィアに向かってそう怒号を上げた。


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ!!

 話だけでも!話だけでも聞いてよ!!!」


 シルフィアは慌てて壁から這い出して、ライカを制止した。


 ライカはそれを見て・・・・

 取り合えず叫んで殴ったら多少スッキリしたようで、

 ひとまず無言でその拳を下した。


 ファイレーンとウォーバルはこっそりと胸を撫でおろした。


 ◆


「要するによぉ、自分とこの城がやべぇから、どうか勇者様力を貸して、ってことだろぉ?」


 勇者はそこらへんにあったちょうどいい大きさの岩に腰掛け、片足を組んでダルそうにそう言った。

 目の前にはシルフィアが、正座をさせられて小さくなっている。


 ライカはこれまでにも増してやさぐれた態度と口調になっていた。

 シルフィアに裏切られたと知って心が荒んでしまったのかも知れない・・・。

 もしくは、単にムカついているだけかもしれない。

 その差がどこにあるのかは分からないが。


 ファイレーンとウォーバルは別に正座しろとも言われていないが、

 とにかく気まずく居心地が悪かった。


 取り合えずファイレーンはシルフィアの近くに立って、

 ウォーバルは近くにあった柱に背中を預けて腕を組みながらその話を聞いていた。


「あのなぁ、オレは魔王を倒しに来た勇者だぜ?」


 ライカはシルフィアの方に体を傾けながらそう言った。


「何か知らんが、魔王軍の中でドラゴン達が反乱でも起こしたんだろ?

 そんな仲間割れを助けてやる義理や理屈が勇者にあると思うか?

 むしろ、その混乱に乗じて魔王を倒しちゃうのが普通じゃねぇか?」


 あぁん?とでも言いそうな雰囲気だ。


「ち、違うんだって!仲間割れとかじゃなくて・・・・」

「おい!ちょっと待て!!!」


 シルフィアの言葉を遮ったのはウォーバルだった。


「シルフィア、本当にを教えるつもりか!?

 大体、本当にこいつに助けを求めるつもりか!?

 こいつの言う通り、魔王軍と人間族は戦争をしてるんだ!

 魔王城に着いた途端、後ろ方から斬られるかも知れないんだぞ!!」


「ラ・・・ライカはちゃんと話して分かってくれたら、そんな事しないよ!!」


 シルフィアの頭の中に、これまでライカと旅してきた記憶が思い出された。

 出会った魔物からはことごとく追いはぎし、人間の村でもやけにトラブルを起こす日々。

 ・・・・そんな事しないかな?するような気もする。でもしないといいなぁ。


 そんなシルフィアの葛藤をよそに、ライカはウォーバルの方を斜めに見上げて絡みだした。


「よく言ってくれるじゃねぇか。

 オレにビビってコソコソ卑怯な作戦に頼ってたくせによぉ。

 以前城であった時も本当はオレにビビってたんだろ?」


 痛いところ・・・絶対に触れられたくない所をつかれて、ウォーバルはなんとか反撃の口実を見つけようとして、あることを思い出した。


「そうだ・・・大体、あの城でファイレーンと勇者が密会していた事はどう説明するんだ!お前らが通じているかも知れない、という疑惑がある以上、

 今回のドラゴン騒動も、グランザの事も、何もかも、お前らの計略かも知れない!

 そんな奴らを魔王城に連れていけるか!!

 本当の事を話すか・・・さもなければ・・・」


 ここで勇者もファイレーンも倒す。

 そう言いたげだが、それは正直やけっぱちだろう。

 もし本当にライカとファイレーンを敵に回したとしたら、ウォーバルが勝てる算段は無いはずだ。

 ライカの前で正座して縮こまっているシルフィアが戦力になるかもわからないし。


 ファイレーンが何か言おうとしたが、その前にライカが口を出した。


 もううんざり、という感じだ。

 魔王軍が仲間割れするのはどうでもいいが、やってもいない事をグチグチ言われるのは気分が悪い。


「あのなぁ、さっきも何かそんな事言ってたけど、何なんだよ!

 確かにこの女は城から逃げようとしてるオレの前に急に現れて、

『おまえ、転生者なんだろ?』って聞いてきたから、

 俺が『だったら何なんだテメェ!』って言ったら、

 一人でニヤニヤして帰っていっただけだぞ!?」


「・・・おい、ファイレーン、本当か!?」

「・・・・・はい」


 ウォーバルの問いかけに、

 ファイレーンはこの事態をどうしたらいいのか、考えがまとまらないまま正直に肯定した。


(私はそんな言葉遣いしてませんけど・・・・)


 心の中でそれだけは訂正した。


 ウォーバルは、それはそれで困惑した表情を見せた。


「ハァ?じゃあ何でそれを隠していたんだ!!

 大体、『転生者』って何なんだ!?」


 その言葉に最初に驚いて声を上げたのはライカだった。


「え、転生者って、知らないのか?魔族でも知らない?」

「え?ボクは知らないよ?何か聞いたことはある気もするけど・・・・」


 ライカはシルフィアに聞いたわけではないだろうが、シルフィアは反射的にそう答えた。


「はぁ・・・・」


 ファイレーンは、事ここに至って、頭を抱えて深いため息をついた。

 こうなってしまっては、もう正直に話すしかない。

 そう覚悟を決めた。


「分かりました。

 全て、お話しします・・・・。

 転生者とは何なのか。

 そして、・・・・この世界の秘密を・・・・」

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