第18話 <第2回>四天王会議
魔王軍の勢力地の奥深く、北の地に魔王城はあった。
人間からは「虚城」と呼ばれている。
人間はこの城を見たことも無いだろうから、単に蔑称としてそう呼んでいるのだろうが、言いえて妙な名前だ、とシルフィアは思う。
「魔王様がお待ちです」
魔王様の世話係のヘルターが、シルフィア、ファイレーン、ウォーバルにそう言って、目の前の巨大な門へ進むことを促した。
三人は前に進み、その門に魔力を込める。
巨大な門が、重々しくゆっくりと開かれると、
さらに巨大な空間が広がっていた。
魔王城の中枢。魔王の間。
その中央には、これもまた巨大な・・・氷漬けの黒いドラゴンが浮かんでいた。
「
「
「
三人はそれぞれ自分の名前を告げる。
そして、ウォーバルが挨拶の言葉を続ける。
「拝謁に参りました。
魔王アイサシス様――――」
◆
「ふー!何とかなりましたね!」
魔王様への拝謁という、一つの緊張事が終わったことで、
ファイレーンは少しテンションが上がっているようだ。
シルフィア、ファイレーン、ウォーバルの三人は、会議の部屋に集まっていた。
勇者に対する作戦会議をするためだ。
ちなみに、先ほど「何とかなった」と言ったのは、先日の城での作戦についての発言だった。
「ちょっとドキドキしましたが、概ね作戦通り!
無事、私達三人は『グランザよりも強敵』として勇者にアピールできましたね!」
「ハッ、本当かよ」
ウォーバルは不満そうにそう反論した。
「あんな変な演技をさせやがって。途中で何度も馬鹿馬鹿しくなったぜ」
「そうですか?でもウォーバルさん上手でしたよ!
思った通り、役柄も合っていましたし!」
(皮肉じゃなくて本気で言ってそうだな)
ファイレーンとウォーバルの言い合いを見ながら、シルフィアは心の中でつぶやいた。
口に出すのは面倒なことになりそうなのでしない。
「まあ少なくとも、魔王軍の中の反応は良かったんじゃない?
ボクも一族の者や部下たちから言われたよ。
『ファイレーン様とウォーバル様がいれば大丈夫ですね!』
『勇者もビビってましたよ!もうちょっとで倒せそうだったのに!』
って」
そう言った後、シルフィアは自嘲気味に笑いながら付け加えた。
「あと『シルフィア様も早く勇者と戦えるといいですね!』とも言われたよ。
自分ところの上司が活躍してないのは残念らしい」
先日の、城での出来事は、魔術の映像で魔王軍内にも配信されていた。
ただし、シルフィアの役目は魔王軍内にも秘密なので、
シルフィアがいない所だけ、の映像である。
シルフィアは極秘任務で別行動をしていた、ということになっている。
(まあケルベロスに丸焼けにされているところなんて見られたくないけどね)
自分で思い出しても恥ずかしい気分になる。
「素晴らしい成果ですね。我々魔王軍に向けたアピールはバッチリ。
人間族に対しては・・・・あの勇者はあんまり他人と交流しなさそうなので、勇者から我々の脅威が人間族に伝わることはなさそうですが・・・・。
事前に周囲の村に広げていた私の怖い話とか、城の爆発とか、捕えていた兵士たちの話とかで、上手く広まってくれるでしょう」
「村人や兵士たちには、『恐ろしく強い四天王の二人に勇者は苦戦して、城は魔王軍の新兵器で大爆発!』って伝えておいたよ」
「ナイスです」
ファイレーンはサムズアップしてシルフィアを讃えた。
「・・・ハッ。まあいい、一度同意した作戦だ。今更どうこう言っても仕方ない」
ウォーバルは、自分自身で思うところもあったのだろう。態度を反省し、建設的な話に移行しようとした。
かつてのウォーバルの振る舞いからすると、なかなか驚きの態度ではあった。
「それで、これからの作戦について確認しようぜ」
「そうですね。まずは今の勇者の動向について改めて確認しましょう」
そう言うとファイレーンはシルフィアの方を見た。
「ええー。現地からちゃんと報告したじゃん。見てなかったの?」
「いや、見ましたけど、こういうのは担当者からちゃんと説明した方がいいかなと思いまして」
そう言われてシルフィアは渋々喋り始めた。
「勇者はこの間の城を抜けて、今はこの魔王城に向かって進んでいるはずだよ。
ルート的には次はここらへんの村に立ち寄るんじゃないかな」
魔術映像で映し出された地図を使って説明する。
「あの城の戦いの後、ボクは捕らわれていた人たちを近くの村まで送って、その後は勇者に会わずに帰ってきたわけだけど・・・」
それは作戦通りの行動だった。
あの状況・・・勇者からすると、シルフィア(勇者にとってはシア)は、勇者の生死が分からない状態で、勇者を探しもせずにいなくなったことになる。
正直不自然な気がするが、作戦上、勇者から離れないといけなかったので仕方なかった。
「村人には、勇者が来たら伝言を依頼しておいた。
『やることが出来たから先に行ってる。「死の谷の迷宮」の入り口で待つ』
ってね。
それに、偵察隊の情報からしても、このルートで間違いないはずだよ」
その言葉を受けて、ファイレーンは話を引き継いだ。
「そう、次の作戦の場所はここ」
魔術映像が映し出す地図の場所が少し移動する。
先ほど指し示していた村からさらにいくつかの村や山を抜けた先。
魔王城のすぐ手前の土地。
『死の谷の迷宮』と呼ばれる地だ。
人間族から見れば、魔王城に向かうための最後の関門。
生命の住まない荒廃した谷の底から、長く複雑な地底洞窟に続く場所だ。
そこは、古の大戦の跡地でもある。
「ここで私たちは勇者に対して最終決戦を仕掛け、勇者を抹殺します」
ファイレーンは真剣な顔でそう告げた。
それに対して、シルフィアが疑問を投げかける。
「それは前から言ってたけど。詳しい作戦はどうするの?
勇者に強者アピールはできたけど、ボクたち自身が強くなったわけじゃないんだよ?」
ファイレーンは、もちろんそんな事は考えています、とでも言うような顔で返事をした。
「我々三人がかりで戦って倒します」
「でもそれじゃあ・・・」
「もちろん、ただ単に三人で戦っても勝ち目は薄いでしょう。
そこでシルフィア、あなたの出番と言うわけです」
その言葉を聞いて、シルフィアは(げぇ)と思った。
なんとなく、何を言われるのか分かったからだ。つまり、当初の作戦の役割のとおりなのだが。
ファイレーンはそのまま続ける。
テンションが上がっているのか、まるで演劇でもしているように。
「四天王の二人との戦いのさなか、仲間だと思っていた少女の突然の裏切りに戸惑う勇者!そう、その少女こそ四天王最後の一人!
彼女の不意打ちを受け、傷を負いながらも現実を受け止められない勇者は、なすすべなく四天王の三人に敗北する・・・・
という作戦です!」
シルフィアは、色々言いたいことが頭の中に生まれたが、まずは一番最初に思ったことを言うことにした。
「それって・・・ものすごーく、卑怯なんじゃない!?」
「何言ってるんですか?我々は魔王軍ですよ?これくらいで卑怯とか、気にしていてどうするんですか」
「えぇ・・・」
シルフィアは、自分の記憶を再確認してからファイレーンに反論した。
「卑怯な手で勇者を倒しても威厳を保てない、って、最初の会議で言ってなかったっけ?」
「あれは、グランザが倒されてすぐに卑怯な手に出たら、って事ですよ。
今は、私やウォーバルの強者アピールした後ですから、弱さゆえの卑怯さではなく、強さゆえの卑怯さですね」
分かるような分からないような事を言う。
「そうかなぁ・・・。
それに、そもそもそんなに上手くいくかなぁ」
シルフィアは、最近この言葉を何度も何度も口にしている気がするが―――とにかくそう言わずにはいられなかった。
「大丈夫です!我々三人の演技力なら何とかなります!
特にシルフィアの演技が見所ですね!」
「それが問題なんだよ!ボクの負担大きすぎない!?」
「ハッ。そんな事より・・・・」
言い合いを続けるシルフィアとファイレーンに、ウォーバルが口を挟んだ。
「これで三人がかりで戦う状況は作れるとして、重要なのは俺たちが勇者を倒せるか、だろう」
「その通りですね。だから、シルフィアの役目が重要なわけです」
ファイレーンの作戦通りにいけば、シルフィアの『不意打ち』で勇者にダメージを与え、そのまま三人で勇者を倒す、というわけだ。
「・・・・・・作戦の事もあるが、前から言っていた『勇者の力の秘密』とやらはどうなったんだ?それが分かれば弱点や対抗手段が見つかるかも、って話だっただろ」
そう言われて、ファイレーンは困った顔をして額に人差し指を当てた。
「それが・・・結局全然分からないんですよ」
「うう・・・ボクも頑張って色々聞きだしてみたんだけど、『頑張って鍛えてたら強くなった』みたいな事しか言わないんだよね・・・」
シルフィアが申し訳なさそうにそう告げた。
「まあそれは仕方ありません。時々妙に強い人間族が出てくるのは、歴史的に見たら時々あることですから・・・。ハッキリとした理由は無いのかも。
でも大丈夫!この作戦を信じてください!」
「・・・・・・」
ウォーバルは何か言いたそうだったが、言葉には出さなかった。
ファイレーンはそれに気付いているのかいないのか、そのままテンション高めに続けた。
「いよいよ『奴は四天王最弱!』作戦の大詰め!
あとはどうやって我々三人で戦う状況に持って行くかですが・・・・」
ファイレーンが続きを言おうとしたその時――――
「いやあ、面白そうな話ですねぇ。ワタシも混ぜてくださいよ」
「「「!!」」」
突然部屋の中に響いたもう一人の声に、ファイレーン達は即座に反応した。
この部屋には我々三人以外入ってはならないと、部屋の外の番兵に伝えていたはずだ。
「誰ですか!?」
ファイレーンはそう叫んで、声の主を探した。
それに答えるように・・・。
部屋の端の影の中から、一人の魔族が現れた。
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