第11話 赤命のファイレーン

 赤命せきめいのファイレーン。

 その「赤命せきめい」という二つ名は、ファイレーンが自分で呼び出したことだった。

 現在の四天王の中では最も後に四天王となった。

 他の三人の二つ名は、その武器や戦い方から、自然とついたものだが、

 彼女の力は分かりにくいので、自分でそれらしい二つ名を考えたのだ。


 魔術師が主流の中、錬金術師を名乗りだしたのも彼女の考えである。

 彼女は魔術だけでなく、様々なことを研究しているため、魔術師ではない呼び名が欲しかった。


 炎の魔力を操る彼女。

 その炎は、単純に攻撃魔術として使うだけではなく、特別な力を持っていた。

 あらゆるものを変化させ、新しいものを作り出す力。

 そして、自らが作り出したものに、かりそめの命を吹き込む、命の炎の力だった。


 この力により、彼女は全くの無名から一気に頭角を現した。

 四天王となった今では、魔王軍の戦力の重要な部分を占める、赤命軍団を率いている。

 もちろん、人間軍との戦いにも大きく貢献していた。


 ◆


 悪の四天王『赤命せきめいのファイレーン』の居城は山深い森の中にあった。

 空に浮かぶ満月は普段より赤く大きく、不気味な表情を覗かせている。

 鬱蒼とした森の木々の陰から、死肉を食らう人面コウモリの群れが飛びあがり、獲物を虎視眈々と狙っている。

 その中に佇む古びた城は、まさに邪悪の城・・・・。


(というように見えているといいなぁ)


 シルフィアはライカの後ろについていきながらそう思った。

 悪そうな雰囲気の演出のために、色々理由をつけて夜中に到着するようにしたが、上手くいっているだろうか。

 そもそも、四天王を倒すような実力者が人面コウモリの群れごときで怖がることもないだろう。


「ねぇ・・・ライカ。この後だけど・・・」

「うぁわ!!!」


 後ろから声を掛けたらライカが大きな声を出して肩を飛び上がらせた。


「急に話しかけるな!」


 ライカは、声を潜めながらもシルフィアを睨みつけて抗議してきた。

 もしかして怖がっているだろうか。

 無敵の勇者の隠れた弱点?

 もしかしてこういう場所で戦えば勝てるのかも・・・。


「クソッ!陰気な場所だな!

 早く四天王ともどもぶっ壊して、スッキリさせてやるぜ!」


 ・・・。弱点かどうかはまだ分からない。

 逆に攻撃性が増しているかも。

 ここは変な欲を出さずに、作戦通りいこう。


「!?」


 バッ!と、ライカが後方の森の方を見る。


「ど、どうしたの?またなんか怖そうなものでもあった?」


 シルフィアは若干呆れながら聞いた。

 特にそちらの方からモンスターが出てきたりはしていないと思うが。


「いや・・・誰かの視線を感じたような・・・。

 でも・・・気のせいか?」


 シルフィアは顔には出さずにドキリとした。

 もしかしたらファイレーンとかが遠くから見ていたりして、それに気づいたとか?


 シルフィアには分からなかったが、ライカなら気づく、ということもあるかも知れない。

 誰かが墓穴を掘る前に話を進めよう。


「ファイレーンの居城だからね。どこで誰が見ててもおかしくないよ。

 それで、この後だけど。

 改めて念押ししておくね」


 ライカの目を見てシルフィアは続けた。


「できるだけ一緒に行くつもりだけど・・・・。もしどこかでボクがいなくなっても、キミは気にしないでね。

 前も言ったけど、ボクにはボクの目的がある。この城の中では、そのために動かないといけない時もあるかも知れない」

「・・・・」


 ライカは少しだけ頭をかいてから答えた。


「分かってるよ。もともと、一人旅同士がたまたま行き先が同じだっただけだ。

 お互いの行動にも事情にも干渉しない。

 それだけだろ」

「まぁまぁ、もちろんできるだけ一緒に協力するからさ」


 シルフィアは何となく言い訳するような気分でそう付け加えた。



「さてと、じゃあどうしようか。」


 二人は改めて、目の前の城に目を向けた。

 おどろおどろしいが、それなりに豪華なつくりをしている。

 正面にある大きな扉が目立っているが・・・。


「とりあえず正面から突入してみる?」

「いや、まだオレらの事がバレてるとは限らないから、こっそり入れるならそうしよう。」

(ふーん。意外と言うか・・・)


 普段のケンカ腰からすると、回りくどいような気がする。

 とは言え、ここに来る道中も何度かモンスターや野良魔族と戦ったが、

 何も考えずに戦う猪突猛進、というわけではないことも分かっていた。


「とりあえずお前の魔術で、あの城のてっぺんまで飛んで行って、上から下に攻めていこう。

 もし四天王が一番上にいたら手っ取り早いし」


 考え方と人使いが若干荒い気もするが、作戦自体には異論はなかった。

 二人分飛行させるくらいなら、シルフィアの実力なら・・・

 と言うより、「人間の魔術師シア」としての設定としても十分可能な範囲だ。


「いいよ。それじゃ・・・」


 シルフィアは同意して魔術の準備に入ったが、

 しかし心の中ではそれが無駄になることは分かっていた。

 ・・・・そろそろ『作戦』が始まるはずだ。


「ようこそ、勇者御一行様・・・・と呼べばいいでしょうか?ふふふ・・・」


 森の中で不気味で冷たい声が響く。

 大きいような、小さいような。遠いような、近いような。

 もしかしたら頭の中に直接語り掛けているのかも知れない。

 そんな声だ。


 周囲から淡く赤く光る霧が生まれ、城の前の空中に集まっていく。

 そしてそれは人の形をつくった。

 人そのものではない。

 そこに実体はない。半透明の、映像のようだった。


 黒い長髪、長身、魔王軍のコートを着ているが、彼女が纏うとドレスのようにも見える。

 眼鏡をかけた、人間の基準で言っても美女と言っていいだろう。

 その口には笑みをたたえているが、その目は氷のように冷たい。


「勇者よ。よくこの私の城を突き止めました・・・。

 本当ならお茶会にでも招待してあげたいところですが、

 残念ながら今私は『実験』で忙しいのです。ふふふ・・・」


 ファイレーンは思わせぶりに人差し指を自分の唇にあてた。


「おっと、自己紹介がまだでしたね。

 すでにご存じなら嬉しいですが・・・・。

 私は魔王軍最高幹部四天王、赤命せきめいのファイレーンと申します。

 以後お見知りおきを・・・。」


(演技でやってるなら、あれは恥ずかしいな。素の性格でやれる人ならいいけど)


 シルフィアは心の中でそう思った。

 自分もやっていたことだが、他人がやっているのを見ると改めて羞恥心が沸いてくる。

 もちろん、ああいう物言いをする魔族は結構いるし、ファイレーンも普段からあんなもんと言えばそうだが、演出のために普段より頑張っているように見える。


 という考えを表には出さないように、シルフィアは緊張した表情を作っていた。

 ライカに聞こえるくらいの絶妙な小声で、

赤命せきめいのファイレーン・・・・!」と因縁ありそうに名前を呟いたりしながら。


 ファイレーンのショーは続く。


「そういう事情ですので。勇者様達には今回は帰っていただくのをお勧めします。

 私の『実験』が終わりましたら、改めて招待状を送りますので・・・」

「うっせぇな!このメガネ!」


 ライカが怒号を上げてファイレーンの言葉を遮った。


「こっちはさっさと魔王の城に行きたいんだ!用がないなら素通りさせてもらうぜ!文句ねぇよな!!」


「ふふふ・・・。面白い人ですね・・・・。

 そう言われてしまったら仕方がないですね。私は魔王様の忠実なしもべ。

 この地であなた達を抹殺させてもらいます」


(いきなりメガネ呼ばわり?)と思いながらファイレーンはセリフを続けた。


「グランザを倒したようですが、所詮彼は四天王最弱」


 ファイレーンは言うべき言葉を言いきった。


「まずは、私の魔の錬金術で生み出した、呪われた兵団で

 勇者の力を試させてもらいましょう!」


 ファイレーンが右手を高く振り上げると同時に、ライカ達が立っている周りの地面が振動と共にうごめき出した。


「いでよ!赤命せきめい軍団!」


 土の中から、動く鎧リビングメイル動く人形リビングドール動く石像ガーゴイルの大軍が現れ、ライカとシルフィアを取り囲んだ。


「まずはそいつらを倒してみなさい!

 それができれば、私が相手をしてあげますよ!」


 そう言って高笑いを上げながら、ファイレーンは城の扉の中に消えていった。


「空を飛ぶのもだめか・・・」


 動く石像ガーゴイルの方を見ながら、シルフィアはそう呟いておいた。


「それじゃあ取り合えず、こいつらを突破して城に突入してみようか」


 ライカの方を見てそう言った。


 これまでの旅の道中で倒した有象無象の敵とは違う。

 ファイレーン直属の強力なモンスターたち。


(勇者の真の実力、見せてもらうよ!)







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