第10話 残虐狂気の錬金術師

 シルフィアとライカは次の村に到着していた。


 前の村で盗賊から奪った宝を売り払おうとしたが、何せ長年魔族の勢力圏にいた村だ。

 お宝を買い取れる「お金」が十分に無い。

 仕方ないので、持ち運びやすいものは売らずに自分たちで持って行くことにして、買い取ってもらえる分だけお金に換えて、あとはその村にプレゼントしてしまった。

 勿体ない気もするが、多すぎる荷物は旅の邪魔になるだけではある。


 例外的に、いくつかのアクセサリーだけ、ライカはシルフィアに隠れてこっそりと、

 魔獣の森の手前の村に何かのついでに届けてくれ、と頼んでいたらしい。

 シルフィアはちゃんと教えてもらえなかったので推察でしかないが、

 おそらく、もともと魔獣の森の手前の村で、大事なものを盗賊に盗られたから取り返してほしい、という依頼を受けていたのではないかと思う。

 それならあんなに執拗に盗賊から宝を取り返そうとした理由も納得がいく。

 もしそうでなければ、単に盗賊をいじめるのが好きなだけなのかも知れない。


 そんなこんなで、殆ど宝をタダでプレゼントしたような形になったので、

 お礼にと、その村でできる範囲の好待遇で泊まらせてもらえた。

 何とその村には温泉もあるらしい。


「ライカ!一緒に温泉入ろう!温泉!」

「なんでテメーと入らなきゃいけないんだよ!!」

 シルフィアはライカにぶっ飛ばされた。


 ◆


「と言うわけで、一緒に温泉に入る作戦は失敗に終わっちゃった」

「ちょっと待ってください。なんで一緒に温泉に入る作戦になってるんですか・・・?」


 シルフィアはファイレーンとの遠隔通信で近況を伝えていた。

 ライカに気づかれないように通信するのは結構難易度が高い。

 シルフィアは「時々勝手にいなくなる奴」というキャラを最初から徹底することで、

 長時間いなくなっても疑問に思われないようにしている。


「だってファイレーン言ってたじゃない。男か女かも分からない、って。

 だからさりげなく調べる方法はないかなーって」

「それは・・・その時は何も分かっていないという意味の比喩で言っただけで、

 今更そんなことはどうでもいいですよ」

「あ、そうなの?なんだー。早く言ってよ。ボクもこんな情報意味ある?って思いながら色々頑張っちゃったよ」


 はぁ・・・。と、ファイレーンは色々心配になりながらため息をついた。

 とは言え、シルフィアはそれなりに上手くやっているとは思う。

 まず勇者と一緒に旅できるようになることが一番のハードルだったのだから。


「勇者ライカ。

 生まれは人間の勢力圏の奥の方、南方の田舎村。

 『何か昔から強かったので、いっちょ魔王を倒してみっか』、と思い旅に出る。

 戦闘スタイルは剣一本。特に師匠などは無し。

 魔術は『使う必要性を感じなかった』ので覚えたこと無し。

 途中の国で聖剣セインリオンをゲット。剣の効果は『よく斬れて、頑丈』」


 ファイレーンは、シルフィアが道中聞きだした情報を整理して復唱した。


「まあ本人が言ってることなので、どこまで本当かは分かりませんが・・・。

 あと、ライカが通った町や国での評判を調べてみると、大体の場所で乱闘まがいの騒ぎを起こしてるみたいですね」

「あいつ本当にヤバいよ。狂犬って感じ?

 相手がちょっとでも嫌な態度だと、一気にケンカ腰になるんだもん」


 シルフィアは思い出しただけでうんざりした顔をしている。

 自由奔放で通してきたシルフィアがフォロー役に回るとは・・・。

 ファイレーンもちょっと怖くなってきた。


「あと、ファイレーンが言うように、ファイレーンの「悪名」を色々吹き込んで、ファイレーンが指定した廃城を教えておいたけど。それでいいんだよね?」

「はい、バッチリです。私も部下を使って、近隣の村に私の悪い噂をバラまいておきましたので」


 ◆


赤命せきめいのファイレーン』は人間の命を弄ぶ残虐非道な狂気の魔女である。

 錬金術と称して、様々な人体実験を行い、さらにその実験で使った人間を使い

 魔王軍の手先として大軍を作り、人間達を夜な夜な恐怖に陥れている。


「四天王の一人、黒剣こっけんのグランザを勇者が打倒したという噂は聞いております・・・。

 しかし、それと時を同じくしてこの地に現れた赤命せきめいのファイレーンによって、ワシ等の村はもはや生きた心地もしないのですじゃ・・・」


 ライカ達はいくつかの村を経て、ファイレーンの居城にほど近い村に到着していた。その村の村長が、ライカ達にそう話した。


「聞くところによると、奴は村から人間をさらっては、その体を改造し、不死の軍勢に変えてまた人間達を襲うとかいう噂ですじゃ。

 そして大軍を準備したら人間軍に攻め込み、グランザの敗北で人間軍が勝ち取った土地を取り返すつもりだと言われています。

 我々の村は幸い、さらわれたものはまだいませんが、夜になると村の近くで亡者のような鎧兵がさまよい歩いているのがよく目撃されておるそうで・・・。

 この村も滅ぼされるのも時間の問題なのですじゃ・・・」


 村長は感極まって泣いてしまった。

 他の村人もすっかり暗く落ち込んでしまっているようだ。


「ボクの言った通りだっただろ?」


 宿に戻ってシルフィアはライカにそう言った。


赤命せきめいのファイレーン。奴は四天王の中でも特に危険だ。勇者や兵士相手ではなく、一般人相手、と言う意味では四天王最悪だろうね。

 しかもグランザが倒されたことで、本格的に活動を開始したようだ」


 シルフィアは一度言葉を切った。

 ライカは椅子って頬杖をついたまま目を閉じている。


「このままだと多くの犠牲者が出るだろうね。

 そして・・・、前も言ったが、ボクは奴に個人的な因縁がある。

 詳しくは言えないが・・・絶対に奴に会わなきゃいけないんだ」


 ライカはまだ目を閉じているが、話はしっかりと聞いているようだ。

 シルフィアは続ける。


「それに、キミにとってはこれが一番重要だろうけど、

 今奴がいる城を突破しないと、魔王城にはたどり着けないよ」


 ◆


「と言う感じで、明日そっちに行く予定だから」

「分かりました。ありがとうございます。ここまでは計画通りですね・・・。

 明日もよろしくお願いします」


 そう言ってシルフィアとファイレーンは通信を切った。





 そう、ファイレーンのエピソードは、全て噓である!


 ファイレーンは確かに錬金術師という名で、魔術をはじめ色々な研究をする学者タイプの幹部だ。

 しかし、彼女は研究に人間を使わないし、人体実験もしない、人間を改造して兵士にもしない。


 全ては勇者と人間をビビらせて、強さとは別のベクトルで四天王の「格」を持たせるためのイメージ戦略だった。

(まあ人間と戦争してるんだから、全く人間に害を与えない訳じゃないですけど)

 一応自分の中で言い訳をしつつ。


「これで事前の仕込みはバッチリ。

 あとは明日、勇者との直接対決で計画通りにできるか、ですね・・・」


 そう言ってファイレーンは、目の前の魔術の球体に映し出された様々な情報、

 これまでファイレーンが調べた研究結果を見た。


「私の考えが正しければ、勇者の正体は・・・・!」

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