第9話 高嶺の花は、俺の……。

 結局、俺が風呂に入ってる間はドア越しにすみれがいて、すみれが入ってる間はドア越しに俺がいた。


 そして思い出した。先日洗い物をしていた時にすみれが話してくれた過去の話の内容を。


 それはまだすみれが幼かった頃、ハロウィンのリアルなクモのおもちゃに驚かされた後、立て続けに現れたオバケや怪物のリアルなコスプレを本物だと思い込んで、大絶叫したという話だった。


 その恐怖体験が、クモと結びついて異様なまでにクモが怖くなってしまったらしい。


 まあ……大きなクモを怖がる女子はたくさんいるし、子供の頃のトラウマはなかなか抜けないというから、それも無理はないのかもしれないけれど。


 問題は……風呂上りのいい匂いを漂わせたまま、俺の腕にぴったりと抱き着いてソファに横並びで座っているというこの距離感。


 ……この部屋の中、俺とすみれだけなんだけど?


 さすがに俺も……俺の中に沸き上がる気持ちを押さえられなくなってきた。


「……なあ、すみれ?」


「なあに、匠君」


「すみれは俺に……頭撫でられたら今でも嬉しいと思う?」


「うん。嬉しいし、落ち着くと思う」


 やっぱりすみれはそんな事を言うから。


「でも俺……この状況で頭撫でたら、キスしたくなるかもしれない」


 つい、そんな事を言ってしまって。


 だけどすみれは。


「……匠君なら、嬉しいよ?」


 そう言って頭を差し出したから。


 俺はそっとすみれの頭を撫でた。


「よしよし。クモが現れても俺がいるから。怖いの怖いの飛んでいけー」


 それは少し子供扱いしているみたいだけど、すみれが少し安心したような笑顔を俺に向けたから。

 

 俺は優しくすみれに口づけをした。




 それは、AIが導き出した相性のいいルームシェア相手が、俺の彼女になった瞬間だった。


 俺……少し前まで浅丘の事が好きだったはずなのに。


 目の前のこの子に、すっかり上書きされてしまったようだ。

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