第8話 高嶺の花がとんでもない事を言い出した。
そんなすみれとの日々を過していたある日。
部活から帰ると、玄関の前に部屋着に裸足のままのすみれが座り込んでいた。
「すみれ!? ど、どした??」
驚いて声を掛けると、俺の顔を見た途端すみれが泣き出した。
「た、匠君……やっと帰って来てくれたあ! ……クモ。クモが出たの。それも、おっきいやつ。……私、どうしても苦手で……怖くて部屋から飛び出しちゃったんだけど、スマホも鍵も部屋の中だし、こんな格好だし。中にも外にも行けなくて、匠君帰って来てくれるの待ってた」
そして涙顔のままそんな事を言うから。
「……でも、その格好……ちょっと他のやつに見られたら……やだ。中、入ろ? 立てるか?」
そう言ってすみれに手を差し伸べた。
すみれはただのルームシェア相手だけれど、学校で見せる制服姿とは違って、部屋着は明らかにプライベートな感覚があって、そして。
『ね、見て。匠君と一緒に暮らせるって知ってから、新しく買ったんだーこのルームウェア』
『うん、可愛い』
『やった。匠君に褒められた。嬉しい。……この姿知ってるのは、匠君だけだよ』
先日そんな会話をした部屋着で。ちょっと他のやつに見られるのは嫌だった。これは俺の勝手な独占欲なのかもしれない。
掴んだ手をしっかりと握って引き寄せた。するとその反動で抱き寄せたような体勢になった。
俺の腕の中に、すっぽりとすみれの全身が納まる。
すみれに触れるのは、先日、頭に乗っていた泡を取って以来だけど、クモへの怖さで動揺しているからなのか、すみれは躊躇ったり嫌がったりする様子はなくて。その後もびくびくしながら後ろから両手で俺の服の裾を掴んだまま、ほぼ俺の背中に抱き付いているような状態でついて来ていた。
あの時言っていた『いつかもっと仲良くなったら、匠君に頭撫でて欲しい』以上の距離感だぞと心の中では思いつつ、何も言わないでいた。
「なあ、クモ、どこ?」
「そこ、そこの壁にいたの!!」
「……いないよ?」
「どこかに隠れてるのかも!!」
探してみるが見つからず。すみれが逃げ出している間に外に逃げたのかもしれないと思った。けれど、すみれは依然怖がって俺に抱き着いたままで。
「なあ、すみれ。俺……部活後で汗臭いからさ、そんなにくっつかれてると恥ずかしいんだけど」
「そんなの気にならない」
「いや、俺が……気にする」
「……じゃあ、匠君のお風呂について行く」
怖さで思考回路がバグっているのか、すみれはとんでもない事を言い出した。
「いや、そういうわけにはいかないだろ」
「だってー怖いんだもん。水着、水着着るから!! 一人にしないで。お風呂、一緒に入ろ?」
「え、いや、すみれ? 男と一緒にお風呂とか、恥ずかしくないの」
「匠君となら、一緒に入りたい」
……参った。もう一度思うけど。
『いつかもっと仲良くなったら、匠君に頭撫でて欲しい』以上の距離感だぞ? おい。
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