オーブントースター
taaad
オーブントースター(1993年)
暗闇の中で音がする。音はしだいに大きくなり、その小刻みな断続音とともに目の前も白み始めた。足に鈍い痛みが走り、明るくなるスピードはいっきに増した。誰かの唸る声──記憶の奥底では誰だか分かっているのだが、思い出せそうにはないし、思い出す気も無い──で目の前が映像化し始めた。天井のワンパターンな柄と、けたたましく鳴るいまいましい目覚まし時計の音を認識した所で、再び右足に鈍い痛みを感じた。そして止まる目覚ましの音とは逆に、頭の中心からゆっくりと広がる重い重い痛みが始まった。毎朝俺を不幸にする音を止めたんだから、たまには柏原も役に立つよな。今度昼飯でも‥‥ん? 何で柏原が俺の部屋で、俺のコタツにもぐって、俺のクッションを枕にして、俺の足を蹴って寝てるんだ。‥‥いい天気みたい‥‥やっぱり昼飯はおごらずに‥‥頭が痛い‥‥何で柏原が居るんだ? 何で柏原だと分かるんだ? とりあえず動いて、柏原であることを目で確認して‥‥頭が重くて痛くて動けない‥‥何で柏原が? 何で柏原に俺が昼飯を‥‥。
ここで再び目覚ましが鳴り、仕方なく上半身を起こした。仕方なく。時計を止め、重く、脈打つ様な痛みの走る頭で考えた。何て事は無い。この痛みは単なる二日酔いだ。そうそう、柏原が泊まりに来て、飲んで‥‥明日の授業は‥‥ああ、もう今日か!‥‥授業が1限だから泊まりに来て、その1限は‥‥ん?!‥‥レポート提出!!。今の時間は‥‥だぁぁぁぁっ。
そのときはそれで起きたつもりであった。しかし、眠気と頭の痛みのためか、どうやら無意識のうちに行動したらしい。今、便器に向かって酸味の利いた夕食が落ちて行くのを見て、やっと頭が回転を始めた。とりあえず急げ。トイレの水を流して、うがいをして、ついでに今のうちに歯も磨くか。柏原は起こしたっけ。ああ、そう言えばオーブントースターでパンを焼き始めてたよなっ。確か、『そんな時間はないっ』て言ったのに。あいつも寝ぼけてたな。きっと。『入れといたパンがなくなってる』とか。それで、俺はなんて言い返したかな‥‥あっ『トースターも腹減ってたんじゃないの』みたいな事だったかな。今考えてみたら全然おもしろくないな。言うんじゃなかった。あいつ、のぞき込んでて聞いて無かったかな。あー、それにしてもひどい顔。やっぱり酒は俺に向いて無いな。うん。
俺はタオルで顔をふきながら、ユニットバスから部屋に戻った。そこに柏原はいなかった。訳が分からない。やっぱり酒は俺に向いて無い。頭が痛い。重い。そのとき柏原のカバンが目に入った。どこに行ったって言うのだ。頭が痛い。まあいい、俺の知ったことではない。とにかく、酒は俺に向いて無い。
オーブントースターのタイマーが音を立てて止まった。柏原じゃなかったら、誰がタイマーを回したって言うのだ。まっ、パンでも食いながら考えるか。どうせ、遅刻だし。
そして、俺はオーブントースターをのぞき込んだ‥‥。
オーブントースター taaad @taaad
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます