第七話:青龍─アナザーワン─
♢I
いつも通りの春の太陽。
時間が経過していくと、だんだん暖かな日差しが皮膚にピリつくように暑くなってくる。
江戸川ユウリと愛衣蔵レイはホテルで朝食を終えると、再び自分たちの部屋へと戻る。
カーテンは開けっぱなしにしており空調も特に運転させてはいなかったので、そんな春の陽が悪さをして、少しばかり部屋の温度が自然と上がってしまった。
いよいよ長袖の制服だと少しばかり体が火照ってしまうのか、ユウリは前腕の中間ほどまで少し袖を捲り上げてからベッドに座り込む。
それでも肌けた腕にはほんの少しだが、汗が浮き出ているようであった。
レイはというと「あっちー!」といつも通り自分の率直な感情を惜しげもなく吐き出し、さっさとスーツの上着を備え付けの机の上に被せるように脱ぎ捨て、白いYシャツを二の腕まで思いきり捲り上げていた。
おかげでいつも通りのレイの身だしなみがさらに見苦しくなるなとユウリはやっぱり思ってしまう。
とは言えレイに言っても多分直しようがないし、それがレイだしな、とユウリはいつも通り納得して何も言わなかった。
「なんか暑くね?春ってこんなに暑いんだな」
「最近は特にね。私が中学生の時はそうでもなかったかも、多分だけど」
ユウリはそう言いながら、窓の外を見やる。
いつも通り、春の太陽が照らされ、空は清々しいほどに青かった。
「なんだか夏みたいだね」
「夏ってそうなのか?」
「夏って感じじゃない?空とか」
レイも窓の外を見やる。
しかしレイはユウリの言葉にあまり納得できないように、ただ首を傾げるばかりだった。
「夏の空ってこんな感じなのか?」
「こんな感じじゃないかな。雲一つもなくて、太陽の光が溢れてるって感じ」
「へぇ。夏ってこんな感じなのかぁ」
レイは窓の外を見つめながら、少しばかり無邪気な笑みを浮かべる。
まるで子どものような新鮮な気持ちで。
「レイくんって夏を知らないの?」
ユウリはふと自分の疑問を投げかけてしまう。
いくら子ども(レイという少年は世間から見て、子どもではあるのだが)でも春夏秋冬を知っているのでは、とユウリは思えてならないのだ。
……まぁ、世間一般の常識から少しばかり外れているレイなら、それもあり得てしまうのが怖いところだが。
そんなレイはユウリの顔を見つめ、答えた。
「夏ぐらいは知ってるぜ?めっちゃ暑い季節のことだろ?夏って嫌なんだよな、結構ジメジメしてて。でも空までは見てなかったな。ずっと戦う毎日だったから見てる暇もなかったっていうか。正直、こうやって過ごすのも長髪で制服の人と会ってからだしな」
「……そっか」
その言葉にユウリは納得してしまった。
三日前ならその言葉も非日常的で嘲笑してしまうだろうが。
三日前から、ユウリのいつも通りの日常には非日常が徐々に紛れ込んでしまっているのだ。
レイの言葉にユウリが納得しない訳がなかった。
「いつも通りの日常に戻れるかな」
ふとユウリは呟く。
自分は狙われている。怪物に。
それは二度の衝撃で湧いてしまった実感だった。
これからも自分は狙われる。
そして今日狙われても、おかしくはない。
そう思ってしまう。
「どうだろ」
レイは言った。
「俺にも分かんねえよ、正直。でもさ、まだ長髪で制服の人はマシだと思うぜ?」
「そうかな?」
怪物に狙われる日常はマシではないかとユウリは思うが口にはしなかった。
「俺はそうだと思うぜ?だってさ、まだ解決の糸口?みたいなものがある訳だろ?偉そうな人も
レイはユウリに向かって、いつも通りの無邪気な笑みを崩さずに言った。
「レイくんは……何も分からず戦ってたってこと?」
ユウリは問いかけた。
そういえば、と思う。
レイの昔の話を知らないな、と。
今は一応、自分のモヤモヤを晴らす為に戦っているとユウリは理解している。
だがそれ以前のレイに関しては分からないことも多い。
「まー、そんな感じ。結局さ、生まれてすぐに神様から刀もらって放り出されたからさ。一人で戦うしかなかったって感じ。ま、途中で誰かと一緒になって戦ったり、その誰かと戦ったりなんてこともあったりしたんだけどさ。でも理由とか特に分からなかったな。ま、理解する間もなく次から次に敵が来るって感じだから。今でもそいつがなんなのか、分かんねえな。神様も特に教えてくれたりはしないしな」
「……本当に戦ってばかりの人生だったんだね」
そう聞くと、レイが世間を知らないのは仕方のないことかもしれない、とユウリは考えさせられる。
そう思うと、だ。
神様(寝言で言っていた名前の発音が分からない神)はレイになんと酷いことをしているのだろうと思う。果たして、そんな残酷な神の正体とはなんなのだろうか?
考えても尽きないことばかりだった。
「だから色々と新鮮なんだよな。偉そうな人に拾われてからはさ」
「愛衣蔵ハルカさんだね。愛衣蔵さんとはどこで会ったの?」
「神様と戦った後に保護されちゃったんだよな。雪山で」
ユウリは首を傾げた。
「神様?レイくんを戦わせてる神様?」
「違う違う。俺を放り出したのは◯◯◯◯◯◯◯。俺が戦ったのは別の神様」
「……他にも神様がいるの?」
ユウリは思わず問いかけるが、レイは「うーん」と微妙な言葉で唸り声を上げる。
「あいつが勝手に言ってるだけなんだよな。あの白塗りの仮面を付けたやつ。でもとんでもなく強いんだよ。勝手に炎を出すし」
「……あとレイくんもどこからともなく火をつけるじゃない」
「いやいや、俺のとは次元が違うっていうか。あの自称神様の炎ってさ。青いんだよ。しかも強烈。俺の攻撃なんて全然通用しないし。あの時は本当に死ぬかと思ったぜ」
「でも生きてるってことは勝ったってこと?」
「いや、あいつが勝手に逃げた」
「逃げた?」
ユウリには全く持って何がなんだか分からなかった。
しかしそれはレイも同様だった。
「あの神様との戦いって何がなんだか、分からないことだらけだったんだよな。あの時の俺って本当に死ぬ間際みたいなもんだったし。でもあの炎の自称神様は俺を置いて突然どっか行っちまったんだ。追おうにも炎に包まれて消えたから、どこ行ったかも分からないし。それに俺はヤバかったし」
「なんでレイくんから逃げたんだろう……」
「ホントわかんねんだよな。でもさ……その神様と会ってからなんだよな。俺がモヤモヤしだしたのは」
「大事なものを無くした気持ちってこと?」
「そうなんだよな。あの神様が奪っていったのかは分からないけどさ」
「……多分そうなんじゃないかな。分からないけどね」
いかんせんレイの言葉の説明しかないので、ユウリにも何も言えなかった。
言えるのは……レイのモヤモヤはその自称の神が関係しているかも知れないということ。
「その自称神様はどこにいるんだろうね」
「ほんっとどこにいるんだろうな。偉そうな人も調査してくれてるんだけどさ。俺の見たことしか情報がないって言って、調査もうまく言ってないみたいなんだよな、はぁ……」
レイは窓の外を見ながら、ため息を吐いた。
「もやもやすんなぁ」
「普段もやもやしてるのに、そんなもやもやもあるってなんだか嫌だね」
「長髪で制服の人ももやもやしてるんだろ?」
「さすがにレイくんみたいなもやもやは───」
ユウリはふと思い出す。
ハルアキという言葉に対するもやもやを。
「……そうだね、確かに私ももやもやしてるよ。ハルアキって人に」
「やっぱりそうだよなー。はぁ……分からないことが多すぎてなんだかなぁ」
レイは言いながら、春の青い空を見つめながら言った。
「いいなぁ、青い空って。これぐらいすっきりしたらいいのにな」
それはレイらしからぬ言葉のようにユウリは思ってしまい、ふと笑ってしまう。
「なんだよ」
「ううん。レイくんもそんなこと言うんだなって」
「だってこんだけもやもやさせられてたら言いたくもならねえか?」
「確かにね」
レイの言葉に頷き、ユウリもまた立ち上がってから窓の外を見やる。
そこにはいつも通りの長谷川市の光景が広がっていた。
いつも通り川を挟んでの向こう側に位置する大きすぎず、小さすぎない街。
ユウリがいつも通りを過ごす毎日。
それが出窓という大きすぎず小さすぎないガラスに目一杯、光景が広がっている。いつも通りの日常ながら、改めて見ると新鮮な気持ちにさせられるともユウリは思えた。
なにせ高級ホテルから街を見下ろしたことなんてないのだから。
普段、足を踏み入れない場所から見るという行為。それが新鮮味に繋がっていた。
「……なんだか悩み事なんて無くなりそうな気持ちになるかも」
「分かる分かる。俺もいつも寄るめっちゃでかい建物から街を見下ろしてると、不思議と悩み事なんて無くなりそうな気持ちになるんだよな。それに街がキラキラしてて輝いてみえるんだよな」
「……一応言っておくけど」
「なんだ、長髪で制服の人」
「ここ、そのめっちゃでかい建物だからね?」
「…………何言ってんだよ。そんなわけないじゃん!」
レイは嘲笑するように大きく笑い、ユウリの言葉を否定した。
「……まぁ、夜しか見てないもんね。景色」
「長髪で制服の人も冗談言うんだな。なんでここが俺がよくいくめっちゃでかい建物になるんだよ?」
「うーん……」
さて、なんと説明しよう。
ユウリは頭を抱えた。
ここでホテルの名前を言っても理解はしてもらえないことは分かった。
おそらくレイはいつも来る建物の屋上がこのホテルの屋上とは結びついていないのだろう。
ユウリはこの街のことはある程度わかるから結びついているのだが、まだこの街を訪れて間もなく、その知識もないレイにとっては結びつきが難しいのではないだろうか?
それを結びつける方法は……一番手っ取り早いのは屋上にいくことなのだが、それをしてしまうと不法侵入に近い行動となってしまうのでユウリは除外した。
そしてそれを口にはしなかった。言ったらまた不法侵入の件で色々突っ込まれてしまうから。
「……夜まで待ってみるしかないよね。ここの景色は多分屋上から見える景色とある程度一緒だから、多分結びつけられると思うけど。でもここって一泊だけだよね、多分」
「どうだろ。偉そうな人に聞いてみようか?」
「愛衣蔵さんに言ってどうにか出来るわけじゃ…………いや、出来ちゃうよね、うん……」
無理やりレイを入学させちゃうような人だから、とユウリは勝手に納得してしまう。
それを他所にレイはいつも通り偉そうな人こと愛衣蔵ハルカにスマートフォンで連絡する。
「あ、偉そうな人。俺だよ俺、俺、俺」
「……それじゃ詐欺の電話みたいになっちゃうよ、レイくん」
「ここのホテル、いつまでいれるんだ?……え、ずっといていいのか……?……あ、違う?……今日もこのホテルにいてくれって?……え、なんで……?……?いや、なんで俺、殴られるんだ?というか誰に……え?……分かったような分からないような………ま、分かった。じゃ」
レイは首を傾げながら電話を切ると、ユウリを見つめた。
「今日はいていいってさ」
「なんでそんな疑問に満ちた顔をしてるの?」
「いや、むしろそのホテルから出ない方がいいって」
「私が?……でもそうだよね。怪物に狙われてるわけだし」
「いや、俺が出るなって言われた」
「…………なんで?」
「殴られるんだって、俺」
「殴られる?誰に?」
「店長の人に」
「…………なんで?」
「俺に聞かれたって知らねえよ。俺なんかしたっけ」
「……もしかして私とレイくんが最初に会った時のこと、まだ根にもってるとかかな……でもあれって誤解を解いたし」
ユウリもまた首を傾げるしかなかった。
無論、ユウリは知ることはない。
店長の人……関町タダユキの正体を。
……それとは別に異性と仲良くしていることに対して、自分の娘を取られてしまうのではないかという父親特有の感情を。
♢II
時間というのは流れ去っていくものだ。
暑い春の
その代わりに春の夜を浮き出させるように、夜の月が金色に輝きを増していく。
街灯や看板、自動車の光で点々と照らす街も。
ユウリとレイが今日一日を過ごした、ホテルの一室も。
月の光が差し込んでいた。
ジリジリと焦がされた腕も落ち着き、ユウリは制服の裾を戻してから、カーテンを開けた窓から街を見下ろした。
いつも通りの街。
されどユウリにとってはいつも通りにはあまり感じられなかった。
いつも通りの日常なら、ユウリは学校を終え、タダユキの喫茶店へと赴き、手伝いをして、閉店して、家路に着く。
……そういえば藤原先生に提出したアルバイト許可証はどうなったのだろうか、ユウリはふと思い出した。
一方のレイはというと、窓に手をつきながら、いつも通り子どものような無邪気な目で街を見下ろしていた。
「綺麗だよな、やっぱり」
レイはふと夜の街に照らされた街を見て、呟いた。
「随分センチメンタルなこと言うんだね」
ユウリはレイの隣で街を見下ろしながら、そう言った。
「せんちめんたるってなんだ」
「センチメンタルっていうのは……なんだろうね。でもこんな時に使うと思うんだよね。センチメンタルって」
「
「かっこいいかな」
「なんかかっこよくないか?」
「その感覚は私にはないかも……キョウコだったら分かるかもしれないけど」
「かっこいいと思うんだよな、せんちめんたるって」
「……多分だけど、その辿々しい言い方だと全然かっこよくないと思うよ」
ユウリは苦笑しつつ、また街の方へ目線を送った。
いつも通りの街。けれどもいつも通りではない街を。
時刻は19時を回った頃。
……いつも通りなら怪物が現れる時間帯。
「まさか今日、出たりしないよね」
「何が?」
「怪物」
レイは無邪気な面持ちを切り替えるように表情を変える。
……険しい戦士のような表情に。
「大丈夫だって。出ても俺がちゃっちゃと成仏させてやるから」
「頼もしいね」
ユウリは笑みを浮かべながら、レイを見つめた。
「でも……レイくんならなんとか出来ちゃうよね。この前もなんとかしちゃったし」
「この前のは神様の力もあったからな。ま、大丈夫だって」
レイがユウリに対し、安心させるように笑みを浮かべた直後だった。
───いつも通りの日常を壊すような爆音が小さくホテルの中に響いたのは。
♢III
春の冷たい風が囀るような19時の校舎。
そこはユウリがいつも通り通学し、レイがつむじ風の如く転入してきた長谷川中央高校。
そして……一階の階段部分が破壊された一号棟の校舎。
そこには誰もいない。
突如として休校となり、職員たちも帰路に着き、誰もいなくなった校舎。
そして階段の突き当たりに位置した、破壊された大きな姿見。
いつも通りそこにあるはずものが壊されながら、ブルーシートも掛けられず、春の風に晒された鏡は若干の破片で、破壊された階段の瓦礫にあるものを見つめた。
───白い仮面の戦士の姿を。
炎をあしらったような、漆黒の体に描かれた白い刺青。
炎を閉じ込めたような、右胸部に埋め込まれる結晶体。
白い仮面の戦士は階段の跡地であったコンクリートの地面に膝をつけると、真っ白に塗られた右手をかざした。
そうすると、真っ白な右手は蒼く燃ゆるように輝きを放つ。
それはいつも通りの日常にあるはずもない現象。
隙間風のような冷たい春の空気に触れながら、白い仮面の戦士は無言で地面に手をかざし続ける。
そうすると、どうなるか。
地面……レイと戦ったあの巨大な炎の怪物が出現した地面が赤く輝きを放つではないか。
校舎の壁は昨夜の騒動により破壊され、剥き出しになり、月の光が注ぎ込む。
赤い輝きと金色の輝きが混じり、春の夜には似合わない、怪しい輝きとなっていた。
白い仮面の戦士は全身でその光を浴びながら、立ち上がる。
無言の白い仮面の戦士が考えていることは誰にも分からない。
そして今から起きることは誰も知らない。
知るのは白い仮面の戦士のみ。
そうして白い仮面の戦士は意を決したように白い右腕にどこからともなく青い炎を宿した、その時だった。
ザッ……ザッ……。
それは地面を踏み締める音。
誰もいない春の夜に響き渡る足音。
白い仮面の戦士はその青い炎を白い腕から全身へと一瞬にして駆け巡らせる。
そうすると、白い仮面の戦士は青い炎に包まれ、その全身を収縮していく。
それは一瞬の出来事。
春の冷たい風をほんの少し熱くさせながら、すぐに白い仮面の戦士は───消えた。
その事実を知るのは粉々に破壊されながらも校舎にいつも通り存在したはずの大きな姿見のみ。
そして月の光を浴びながら、その足音の主は破壊された一号棟の入り口から現れた。
……それは黒いYシャツにジーンズのボトムを身につけ、グラデーションのサングラスを身につけた……いつも通りの姿をしたタダユキだった。
白い仮面の戦士がいたことは知らず、タダユキはただ、怪しく輝く瓦礫だらけの地面を見つめた。
「……はぁ、まさか成仏もできず残骸になってるとはな」
タダユキの右手には鞘に収められた刀が握られていた。
レイが持つものに酷似している刀が。
「しかし昨日の巨大なやつがどんなことをしたのか気になって入ってきたが……こんなことが起きているなんてな。やっぱり怪物がいると、いつも通りという訳にはいかんな」
タダユキはサングラスの奥から、その怪しい光を覗き込む。
赤い輝きはまるでマグマのようにうねっているようにも見える。
見たこともない現象。そしてさらには春の冷たい風を飲み込むように突如として火が灯される。
その火は最初は小さいものだった。
しかし目の前に敵がいることに気付いたのか。小さな火種は渦を巻くように動き出す。そうすると、ただの風が台風になってしまうように、だんだんと巨大になっていく。
さらにタダユキが驚くことに、残された瓦礫を燃やす……のではなく、炎が飲み込んでいくではないか。
タダユキは咄嗟に刀を抜いた。
「ま、こういうことはいつものことだから慣れっこだからな」
剥き出しになった刀の刃。
タダユキは逆手で持っていた鞘を地面に突き刺すように打ち付け、武器にするように持ち直す。そして剥き出しになった刀の刃をまっすぐに掲げ、左手に持った鞘を十字に交差するように横に掲げた。
「力、貸せよ」
その言葉が合図だった。
タダユキの前にいる炎は瓦礫を飲み込みながら大きくなり、姿を形成していく。
それはさながら肉食恐竜のような二足歩行の生物。しかし頭部から背部にかけて瓦礫を溶かして形成した白い鎧を身に纏っていく。
昨夜現れた怪物に酷似した龍ではあるが、決して同一ではない。
その証拠に今目の前にいる怪物は炎のみで形成されている。
すなわち怪物の残骸から生まれた炎の怪物。
そして。
2、3mほどある恐竜のような炎の怪物は悲鳴なような叫び声を上げ、生まれた。
そして恐竜のような炎で形成された怪物は目の前で刀を十字に交差するタダユキを睨みつける。
怪物にとって目の前の存在は、敵。
まごうことなく、敵。
春の夜の風を打ち消すように怪物はその恐竜のような、それでいて実体のない炎の口を大きく開け、息を飲むように素振りを見せ───撃ち放った。
いつも通りの日常であれば、花火を打ち上げたような轟音。
いつも通りではない日常であれば、大砲が放たれた轟音。
───轟音混じりの一撃の炎がタダユキに放たれた。
しかしタダユキは動じることはしない。
こんなことはいつも通りの日常茶飯事なのだ。
だからタダユキの体は一瞬にして、透明で青い水へと衣服ごと変化した。
だからタダユキの体は水から一気に実体のある青い体へと変化した。
だからタダユキの体はその体をさらに変身させた。
龍のような二本の角を生やした結晶の仮面。
上半身に身につけた龍の鱗を装飾したような鎧。
左手には龍のように長い尾。
右手には青い龍の顔。
その龍の顔は、まるで青龍。
タダユキの体は変身した。
───そして轟音と共に、タダユキの体は炎に飲み込まれた。
♢Ⅳ
春の夜には似合わない轟音が校舎に二度轟いた時だった。
ちょうど一号棟とニ号棟の間の、一階の通路に突如、赤い炎が灯る。
それもまた春には似合わない炎。
温度もなく、ただ燃ゆる炎をかき消すように、その戦士は現れた。
黄竜のような金色の戦士、レイが。
『なんでまたここなんだ!?……でも長髪で制服の人が襲われてないだけマシか……』
黄竜の
───目の前で炎に包まれた誰かがいることを。
『お、おい!今助けてやるからな!』
『必要ないな』
『……あれ、その声って』
一号棟の破壊されたままの壁から、黄竜の
しかし怪物によって炎に撃たれた戦士……青龍の
『店長の人!?店長の人じゃねえか!?なんで店長の人が襲われてるんだ!?というかなんでそんな平気な声が出せるんだ!?人間じゃなかったのかよ!?』
『ちゃんと人間だから安心しろ』
黄竜の
それはさも神の所業とも言えた。
青龍の
それどころか、青龍の
『炎如きが水に勝てる訳ないだろ』
青龍の
怪物は悲鳴のように叫んだ。
まさか生きているとは思っていなかったから。非常に短絡な思考であるが、怪物には残念ながら浅知恵しかない。
『店長の人!あとは俺が───』
『必要ないぞ、レイ』
黄竜の
するとどういう原理なのか、長い尾はしなやかな弓へと切り離されながら変化する。
そしてそのまま、青龍の
『えぇ!?店長の人、なんだよそれ!?』
『悪いな、レイ。俺も仕組みはよく分からん』
弦の張られた弓を横向きに構えると、弦を掴む。
その掴む腕は……青龍の顔が取り憑いた右腕。
その長い口から月の光に負けないほど、眩く青い光が溢れていく。
そうすると光は自らの役割を理解するように、形を長く形成していく。
弓があるなら、そう。矢へと。
『ーーーーーーーーー!!!!!』
怪物もまた悲鳴のような叫び声を上げ、その口内に炎を集中させていく。
再び火球を撃ち放つつもりだったのだろうが……それより先に矢は完成した。
青い結晶体で形成した鏃を備えた、矢を。
『ブリッツクリーグ』
青龍の
その意味は……電撃戦。
すなわち短期決戦。
何故、水ではなく電撃なのか。
そんなことは瑣末事というものであろう。
右腕の青龍の口が開かれた瞬間。
───矢は解き放たれ、一瞬で怪物の顔を貫いた。
そこに悲鳴はない。
神の如き速度で放たれた矢は誰の目に映ることもなく怪物の顔を貫く。
そうすると怪物はただ一歩、退いたと同時……その体が溶け始めた。
黄竜の
……分かったことは。
一瞬の内に怪物の炎は体内から突如として溢れた水によって鎮火させられたこと。
そして残された瓦礫の鎧は自立することなく、激しい音を春の夜に響かせながら落ちていった。
怪物を消すことなんていつも自分がしていることではあるが、黄竜の
青龍の
『す、すげぇ。あんなでかいやつを一瞬で倒しちまった。すげぇ……すげえよ、店長の人!』
黄竜の
『え、なんだよ……店長の人』
『……愛衣蔵ハルカから電話でなんて言われてたか、覚えてるか?』
『もちろん覚えてるぜ!店長の人に会ったら殴られるから身を隠せ……あ』
黄竜の
『………俺、殴られる?』
『あぁ。ユウリを助けてくれていることには礼を言うが、それはそれとして、な』
『なんでだよー!俺、なんもしてないじゃんか!ちゃんとお金払って珈琲飲んでるぜ!?』
『それは当たり前のことだな……ただ』
不意に青龍の
『お前の実力を見るのに殴る必要はないかもしれん』
そう言って……一号棟の屋上を見つめた。
『え!?俺、殴られる必要なくなったのか!?』
『あぁ。別の誰かが殴ってくるからな』
『……なんで?』
黄竜の
『離れろ、レイ!!』
それは神による試練なのだろうか?
───二人の戦士を飲み込むほどの蒼い爆炎が地面に燃え広がった。
(第七話:青龍─アナザーワン─ 完)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます