第6話映画館ではお静かに
「和哉…あなたともっと早く出逢えていたなら……」
「今からだって遅くない!
美幸とは別れる。もう俺は、貴子無しでは生きていけないんだ!」
「でも、美幸は私の大切な友達……
その美幸を裏切る事なんて……」
「じゃあ俺はどうしたらいい!
本当に好きなお前を諦め、偽りの愛に縛られろって言うのか!
そんなの愛じゃない!
俺は貴子がいいんだ!」
「和哉……」
「貴子!」
………なんていう恋愛映画が上映されている最中の映画館で……
突如として鳴り響く、携帯電話の着メロ。
♪~♪♪♪~♪♪~♪♪♪~
「チッ」
「チッ」
「チッ」
「チッ」
観客席のあちらこちらで、舌打ちが聴こえる。
『映画館では携帯電話の電源を切りましょう。』
今は暗くて見えないが、映画館の扉にもそんな注意書きがしっかりと貼ってある。
しかし、着メロはなかなか鳴り止まない……
「あれ?……もしも……あれ?……」
その携帯の持ち主『影山 信夫』は、電話に出ようとしていた。
「もしも~し……あれ?これどうやって出るんだ?」
首を傾げながら、右手のスマホの液晶ディスプレイを見つめる影山。
実は彼、今日新しくスマホに替えたばかりで、使い方がよく解らないのだ。
「あの…すいません。これってどうやって電話に出るんですか?」
隣の全く面識の無い女性『高島 啓子』に、スマホの使い方を尋ねる影山。
啓子は「出るのかよ!」と言わんばかりの迷惑そうな顔をしたが、それでも着メロ鳴りっぱなしよりはいくらかマシとスマホの使い方を影山に教えた。
「その『通話』の所をフリックして……」
「フリ?……フリ何です?」
「ああ~~もうっ!そこを指で横になぞって!」
「なぞって……あ~なるほど♪
こりゃどうも♪」
(こりゃどうもじゃねぇよ……)
「もしもし~♪」
「通話は外で!」
「あ、そうですね♪」
「…ったく……」
暗くてよくは見えないが、おそらくヘラヘラと笑っているのだろう……
影山は、スマホを耳に当てながら出口の方へ向かって歩いて行った。
やれやれ、ウザい邪魔者も消えやっと映画に集中出来る……
啓子は溜め息をひとつ吐き、改めてスクリーンへと目を移した。
と、その時であった。
「なんだって!マリが死んだ?」
出口の扉の手前で、影山の悲痛な声が響いた。
「そんな……だって…昨日まであんなに元気だったのに……」
影山へかかって来た電話は、訃報を報せる電話だったのだ。
それを知った啓子の意識は、映画よりも自然と影山の電話の方へと傾いていた。
『マリ』とはいったい誰なのだろう……奥さん?…恋人?…それとも、最愛の娘だろうか……
「どうしてだよ……そんなのあんまりに酷過ぎるだろ………」
影山の声は震えていた。
『マリ』とは、彼にとってよほど大切な人物だったに違いない……
最初こそ迷惑に思っていた影山の電話だったが、今では彼の携帯の電源が入っていた事は、彼にとっては不幸中の幸いであったと啓子には思えた。
もう、映画の内容など啓子の頭の中には全く入ってはこなかった。
啓子は、まだ上映途中の映画鑑賞を切り上げ、席から立ち上がった。
そして、スクリーンに背を向け悲しみに明け暮れている影山のもとへと歩みを進めて行く。
「これ、良かったら使って下さい」
影山に自分のハンカチを差し出した。
「あ…ありがとう……」
影山は少し驚いた顔をしたが、素直に啓子の好意に甘えた。
「お辛いでしょうね……」
「マリと初めて出逢った夏祭りの夜の事を思い出していました……」
影山はハンカチで涙を拭いながら、そう答えた。「花火がとっても綺麗で、マリもそれを見てとても喜んでいました……」
「そう……」
喧騒な祭の夜の、二人の姿が啓子の目にも浮かぶようであった。
「マリさん、ご病気だったの?」
少々厚かましいとも思ったが、啓子は影山に尋ねてしまった……彼が愛したマリという人物の事をもっとよく知りたいという欲求を抑え切れなかったのだろう。
「いえ、病気ではありませんでした……
彼女は…………………………………
ピラニアに食べられたそうです」
「何?」
「ピラニアです、ご存知無いですか?」
「いや知ってますよ!あの魚のピラニアですよね?」
「そうです、あのピラニアです。
弟がショップで買って来たんですが、あのバカそれをマリの水槽に入れやがったんです!」
「水槽って…………あの、マリさんってまさか…………」
「ウチの金魚です。金魚のマリちゃん」
「金魚かあぁぁ~~いっ!!」
「そうですよ。去年の夏祭りの金魚すくいで初めてGETした、金魚のマリちゃんです」
「ハンカチ返せっ!てか、映画代千八百円返せっ!そしてアンタは二度と映画館に来るなっ!」
映画館では、携帯電話の電源は切りましょう。
ショートコメディ福袋 夏目 漱一郎 @minoru_3930
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