第5話プライド
2024年元旦から、能登半島の大規模な地震、そして羽田空港で起こったJAL機と自衛隊機の衝突事故。
一体今年はどれだけ不幸な出来事ばかり続くのだろうと誰もが思った矢先、その事件は勃発した。
さしあたって、状況を説明しよう。
あるテロリストから警視庁宛に
『東京丸の内のとあるビルに爆弾を仕掛けた』
という内容の犯行声明が届いた。
警察はすぐさま、丸の内周辺に捜査員約2000人を動員して爆弾の捜索に当たったのだが、捜査員の懸命な捜索によりかろうじて爆弾の発見には至ったものの、
爆発までの時間は、残りあとわずか30分をのこすのみとなっていた……
丸の内の現場周辺はすぐさまパニックとなった!
ビル周辺100メートルに避難勧告が発令されると、我れ先に逃げようとする人々によって押し倒されケガをする人間も出た。
そんな中、二人の男だけが逃げまどう人々と入れ替わるように、このビルへとやって来た。
警視庁から爆弾の処理をする為に現場へと赴いた、ベテラン爆発物処理係の
『真田 源三(さなだ げんぞう)』とその助手
『山本 一平(やまもと いっぺい)』である。
☆☆☆
「ったく……こんな都会の真ん中に爆弾なんて仕掛けやがって……」
「まったく、テロリストってのはロクな事考えませんね……」
二人とも、この状況下の中でもわりかし落ち着いている。
『爆発物の処理は常に冷静である事が重要である。』
これは、この道10年のベテランである真田の口癖だ。
「さて、じゃあ~早速解除に入るかぁ~」
そう言うと、真田は腕捲りをして工具箱からドライバーを取り出し、爆弾のカバーを外しにかかった。
赤い小さなランプのようなものが定期的に点滅している。
その右側にはデジタルの四桁の数字……恐らくこれが爆発までの残り時間を表しているのだろう。
現在の数字は『20:48』
残りの時間はあと20分と少々という訳だ。
そして、爆発する火薬本体と複雑な電気回路の起爆装置……
その起爆装置からは、色の違ったコードが何本が出ている。
「なるほど……ちょっと変わったところもあるが、大方『タイプC』と見て間違い無いだろう」
真田は、冷静に爆弾の種別を確認する。
「よし、始めるぞ!山本、ニッパー貸してくれ!」
「はい!」
起爆装置解除の基本は、ニッパー(配線を切る道具)でこの何本かあるコードを一本一本丁寧に切っていく……一本でも色を間違えれば即爆発につながる大変危険な作業である。
「まずは安牌の『黒』から行くか」
「そうですね、『黒』から行きましょう」
最初に黒の配線をカットする。
まず大丈夫だろうと思っていても、やはり配線をカットする瞬間は緊張が走る。
まるでロシアンルーレットのようである。
この起爆装置からは10本の配線が出ているので、この作業をあと八回行わなければならない……本当に命が縮む思いである。
「次、『紫』!」
「はい!『紫』!」
「『白』!」
「『緑』!」
配線の数が少なくなるにつれて、危険度も高くなっていく。
「『黄色』…いや、ここは『水色』か?」
「難しいところですね……」
間違えれば即、爆発!
そのプレッシャーが徐々に二人を苦しめていく。
そして、気付けば時間はのこり10分を切っていた。
☆☆☆
「ハァ…ハァ…」
「ハァ…ハァ…」
ようやく、八本のコードの切断に成功……残るコードの色は『赤』と『青』である。
「やっぱりこの二本が残ったか……
blue or red……この先は何年やっても100%の答は無い。神のみぞ知る領域ってやつだな……」
『赤』を切るべきか、『青』を切るべきか……確率は二分の一
まさに運命の分かれ道である。
「真田さん、時間がありません!
あと八分しかありませんよ!」
「わかってるよ!なぁ、山本……お前ならどっちを切る?」
残り時間わずか八分という時になって、真田は山本にそんな質問を投げかけて来た。
「どっちって言われても……」
そんな事を訊かれても、山本にも正解は判らない……山本は、起爆装置から出る二本の配線をじっと見つめた。
すると、その時である……
山本は、この起爆装置の根本的なある事実に気が付いたのであった!
「ああ!そうかっ!
真田さん!導火線ですよ!」
「はあ?」
「この爆弾、なんか普通と違うような気がしてたんですが……起爆装置から火薬まで『導火線』で繋がっているじゃないですか!
だったら、導火線を切ってしまえば爆発しませんよ!」
まさに『目からウロコ』
『灯台もと暗し』である。
どうして今までその事に気が付かなかったのだろう。
しかし、ともかく時間前にその事に気が付いて良かった……
これで起爆装置は無事に解除出来る。
山本は、そう思った。
だが………
「邪道だ、そんなのは」
「え………」
「俺達はプロだぞ?
そんなシロウトみたいなマネが出来るか!」
この道10年のベテラン真田は、吐き出すように言った。
「そんな事言ってる場合ですか!
あと七分しか無いんですよ!」
「七分上等~!残りはあと一本だ!」
真田は、右手の中指を上に立ててイキ捲っている。
「なに言ってんですか!死にたいんですかっ!」
「お前こそなに言ってる!この稼業に就いた時から、すでに死とは隣り合わせだろうが!」
「そういうの『無駄死に』って言うんですよ!」
「解除すりゃあ~いいじゃね~か!確率は二分の一だ!俺に任せろ!」
(ダメだぁ……この人………)
☆☆☆
「う~む……
これを作った相手はテロリスト。
血生臭い事を好む奴ならば、本命はやはり『赤』か……
いや、しかし逆にそれをトラップにするって事もあるしな……」
二人の命が懸かった配線の色の選択を、『作った人間の性格』というなんとも曖昧な根拠から導き出そうとする真田。
「やっぱり、6-4で『青』を切るべきだろうな」
「6-4って……競馬予想してるんじゃないんだから……」
残す時間はあと七分……
その時、山本の持っていたスマホが鳴った。
「はい、山本……あっ、本部長ですか?」
電話の相手は警視庁捜査本部…その本部長 長嶋だった。
『そっちの様子はどうだ?
起爆装置は解除出来たのか?』
「いえ……それがまだ……」
『なんだって!あと七分しか無いぞ!それは、そんなに複雑な代物なのか!』
「いえ、超簡単です!
解除するのは超簡単なんですがね……」
山本は、これまでのいきさつを長嶋本部長に話した。
『…………』
絶句する本部長。
「おい、山本~やっぱり『赤』ってのも捨てがたいよな~」
『なにやってんだああぁぁぁ~~
お前らはああぁぁぁ~~~~っ!』
本部長のカミナリが、電話越しでもビルのガラスが震動する位に大きく響き渡った。
☆☆☆
『とにかく導火線を切れ!真田!』
「嫌です!そんなふざけたやり方は、爆発物処理係の俺のプライドが許さない!」
『そんな事を言ってる場合かっ!
そのビル建てるのに何百億かかっていると思ってんだ!』
「僕らの命じゃ無いんだ……」
『あ……いや、別にそういう訳では……』
「とにかく!本部長といえど、現場に首を突っ込むのは止めていただきたい!ここは俺達のテリトリーです!」
真田はそれだけ言うと、再び起爆装置と向き合っていた。
「こんな調子で、いくら言っても聞かないんですよ……真田さん……」
『まったく、あんなバカ、見た事が無い!……とりあえず電話はこのまま繋いでおけ!』
「分かりました、本部長」
本部長ですら、真田を説得するまでには及ばなかった。
爆弾の爆発まで、あと六分……
☆☆☆
現場ビルから離れる事、数百メートル……捜査本部の一室では、本部長がかなり苛ついた表情で煙草を吹かしていた。
「まったく、ふざけた奴だ!
真田の奴、失敗でもしやがったらクビにしてやる!」
クビというより、爆弾が爆発すればその時には真田も山本も死んでいると思うのだが……
爆発まで、あと六分となったこの時……緊迫するこの捜査本部に、ある一本の電話がかかってきた。
「はい、こちら『丸の内ビル爆破事件対策捜査本部』」
『爆発まで、あと六分というところかな……クックックッ♪
どうだね、起爆装置は解除出来たかね?』
捜査員の他には、犯人にしか知り得る事の無い爆発時間をこの電話の男は知っていた。
「お、お前!あの爆弾を仕掛けた男かっ!」
『そうだ、俺様があの芸術的爆弾を作り出し、仕掛けた張本人だよ♪
……どうやら、苦労しているようだね?』
犯人の、少々高飛車な態度が鼻につく。長嶋は、尚更に苛ついた表情で犯人に対した。
「お陰様で苦労しているよ!
アンタがあんなシロウトみたいな爆弾作るもんだから、ウチの処理係がプライドを傷つけられたと起爆装置の解除を拒否している」
『ハッハッハ♪面白い冗談だな
あの起爆装置のどこがシロウトなんだね♪』
「導火線。なんでもそれを切れば、爆発しないらしいじゃないか」
『え………』
犯人は、その事実にたった今気が付いたらしい。
電話口の向こう側で小さくうろたえる犯人の声が聴こえた。
「おい、犯人……何やってんだ?
もしも~し?」
少しの間が空いて、再び犯人が電話に出た。
『それで…そこまで解っていて、何故起爆装置を解除しない!』
当然の疑問だ。本部長は犯人にこれまでのいきさつを交えて、まるで飲み屋のオヤジに客がクダを巻くように話して聞かせた。
「………ってな訳でよ…………まったく、責任取らされるのはこっちなんだからよぉ~あのバカは、そういうところが分かっちゃいねぇんだよぉ~!」
すると……本部長からその話を聞かされた犯人は、思わぬ言葉を口にした。
『『青』のコードを切ってくれ!』
「何?」
『『青』のコードを切れば起爆装置は解除出来ると言ったんだ!』
本部長は驚いた。
「なんでお前がそれを教えるんだ?」
『あの爆弾は『失敗作』だ!
あんなものを爆発させたら、爆弾魔としての俺様のプライドに傷がつく!』
また、プライドかよ……
☆☆☆
再び現場ビルの中……
「真田さん、どうするんですか!
あと五分しか無いですよ!」
「うるさいな~わかってるよ!
そんなに逃げたきゃ、お前一人で逃げろ!」
「真田さん置いて一人で逃げられる訳無いでしょ!
逃げるなら、一緒に逃げましょう!」
「誰が逃げるかっ!
俺はこの起爆装置を解除する!」
「じゃあ~早く解除して下さいよ!」
「よしわかった!じゃあ『青』だ!」
「ちょっと待って下さい!」
青いコードを切ろうとする真田を、山本が慌てて制した。
「『青』って根拠は何です?」
「いや、何となく……」
「だめぇぇぇ~~っ!
そんな曖昧な理由で切らないでえええぇぇぇ~~~っ!」
「なんだよ……急かしたり、止めたり、わからねぇ奴だな……」
「わからないのはアンタだっ!
よくそんな理由でコードが切れますねっ!」
と、その時だった。
『おい、真田!聴こえているか!』
繋ぎっぱなしにしていた山本のケータイから、本部長の声が聴こえてきた。
「はい、聴こえてますよ。何ですか、本部長?」
『朗報だ。その起爆装置は、青のコードを切れば解除出来るそうだ!』
「えっ?」
本部長の言葉に、真田と山本は顔を見合わせる。
「どうして本部長がそんな事を知っているんですか?」
『実は、犯人から連絡があった。
これは罠とかそういうものでは無い!信頼出来る情報だ!』
どういう経緯で犯人がそれを教えてくれたのかは、二人には分からなかった。
しかし、これでようやく起爆装置を解除出来る……山本は、ホッと胸を撫で下ろした。
☆☆☆
「さあ、真田さん『青』です!
今度は止めたりなんかしませんから!」
「やっぱり『青』か……俺の睨んだ通りだったな……」
真田はニッパーを握りしめ、満足そうな表情で青いコードを凝視していた。
「だが……」
「だが?」
「犯人に教えてもらったコードなんて切る事は、プロの爆発物処理係のプライドがそれを許さない!!」
「なんでそぉ~~なるんだよおおおぉぉぉ~~~っ!」
「山本……非常に残念な事だが、この起爆装置を解除する手段はすべて絶たれた……
あとは、潔くこの場所で爆弾が爆発するのを責任を持って見守る以外に無い!」
「なに言ってんだあああっ!
アンタが勝手に絶ってるだけだろうが~~っ!
どうせ『絶つ』ならコードの方を絶ってくれよ~~っ!」
「山本、お前上手い事言うな~
ハッハッハッハッ♪」
「笑ってる場合かっ!」
やっぱり、さっき一人で逃げていればよかった……
山本は、今更ながらその事を心底後悔するのだった。
「そうだ、そういえば一度やってみたかった事があるんだ」
真田は、そう呟くと胸のポケットから煙草を取り出す。
「爆発寸前の爆弾の前で煙草を吸ってやるゼェ~♪ワイルドだろぅ~?」
「なんで僕はこんな人についてきてしまったんだろう!」
爆弾の前でおどけてみせる真田と、
この世の不幸をいっぺんに背負ったような顔の山本……
爆発までの時間は、あと四分を切っていた……
☆☆☆
すると突然、現場の部屋のドアが開き一人の男が飛び込んで来た。
「なにやってんだお前らっ!
『青』を切れと言っただろう!」
「誰だ、お前は?」
「俺はこの爆弾を仕掛けた犯人だ!
なにモタモタしてる、早く起爆装置を解除しないか!」
「犯人?」
そう聞いて、思わず顔を見合わせる真田と山本。
犯人は、電話で本部長からこの二人が起爆装置の解除を放棄してしまった事を聞き、シビレを切らしてこの現場へとやって来たのだ。
「しかしあいにくだな、犯人さんよ!
この爆弾はここで爆発させる。
命が惜しかったら、さっさと逃げるんだな!」
「冗談じゃ無い!爆発なんてさせるかっ!起爆装置は解除する!」
「うるせぇ!こんなポンコツ爆弾の解除なんて出来るか!」
「ダメだ!こんな失敗作、爆発させられるか!」
「なんか、立場が逆になってるような……」
爆発まで、あと三分。
☆☆☆
ニッパーを握りしめ爆弾に近付こうとする犯人に、真田が勢いよくタックルをおみまいする。
犯人と真田はそのままもつれ合って床をゴロゴロと転がった。
「邪魔するんじゃねえ!」
「それはこっちのセリフだっ!」
山本はといえば、そんな二人の様子を複雑な心境でただ見守るだけだった。
「いったい、どっちの味方すりゃあいいんだよ……」
時間は刻々と過ぎていく……
このままでは、いずれタイムオーバーとなり三人とも木っ端微塵になってしまうであろうという、その時だった……
パチン
「え……?」
いつの間にこの部屋に入って来たのだろう?
掃除婦の格好をした一人のおばさんが、いとも簡単に起爆装置の導火線を切り離し、爆弾の傍に立っていた。
「アンタ達、掃除のジャマだから出て行ってくれんかね」
「は……?」
「このビル、爆弾仕掛けられたからって全員に避難命令が出てましたよね?」
「なんで今ここに、掃除のおばさんがいるんだ?」
突然のおばさんの登場に、一同は呆気に取られていた。
すると、そんな三人に対し掃除のおばさんはニッコリと微笑んでこう言うのだった。
「あたしゃ~このビルの掃除を30年やっとる……
今まで、一度だって掃除を途中でやめにした事は無いでしてな!」
「おみそれしました!!」
どんな職業にも、【プライド】というのはあるものである……
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