第2章
インディーカフェでもストロベリーレアチーズケーキが売り切れ、食べられなかった。チーズケーキの呪いが続いているみたいだ。
まあまあ美味しいチョコレートシフォンケーキに小さいフォークを入れて、問題の解決方法が見つけられるように楓は食べ物を見つめている。
「1年間で結婚するなんて」とタピオカミルクティーを飲みながら、丹は言った。「難しいよな」
「難しい?楓ならダメだよ」と恵梨香は笑った。
楓は反論したいけれども、真実だった。私ならダメだと分かっていた。困った理由だ。高校からの友人の丹と恵梨香も1年間で恋愛結婚は絶対無理であることを理解しているからこそ、作戦会議にすぐ参加しに来てくれた。
楓のことを純粋に愛することができる人を見つけられるわけがない。そして、楓自身も、ユキ様以外に誰にも愛されたくない。人間じゃないけれども。ユキ様の声優は当然イケメンだが、ユキ様より興味ない。また、有名人に出会うことは簡単ではなさそうだ。
楓はフォークを口に入れる。
「困る」
「困る」と恵梨香達は繰り返した。「彼氏とか、借りれない?」
「高すぎるよ」とすでに調べた楓はため息をついた。「父の金を全部レンタル彼氏に使っちゃったら意味ねぇ」
安い彼氏も見つけたが、お嬢様の楓には、価値が高いプロしかないと思った。ユキ様を借りることができたらいいのに。
「そして、偽装結婚でも、実際に婚姻届を出さなきゃ。そうしないと、父にきっとバレてしまう」
「っえ?離婚する気?」と丹は驚いた。
「いいんじゃない?結婚式がちょっと経った後、浮気されたとかで、離婚したら認められるでしょ?」
「結婚してって言われただけ。離婚しちゃダメわけではないよね」と恵梨香はストローでアイスコーヒーの氷とレモンを混ぜながら笑った。
「その通り」
恵梨香はさすが頭がいい。丹の方は大会社で働いているが、学校で努力しないでいつも90点以上を取っていたのは恵梨香だった。現在フリーランスとしてイラストレーターをしているので、お金があまりない。フリーランスは忙しくて大変だけど、自由が好きだとよく言っている。ネイルも髪型も化粧もどうでもいい。今日は、蜘蛛の巣柄のネイルとゴシック風のワンピース。顔は白くて、瞼と唇だけが暗い紫色で塗ってある。黒い髪は厚くて巻き毛で、腰まで走っている。大学からスタイルが途切れずに変わっている。ギャル、ストリートウェア、ビジネスカジュアル。数年前からゴシックに決まったみたいだが、個性が強い恵梨香のことなので、翌日の外見は予想できない。
「バツイチになってもいい相手を探さなくちゃ」と恵梨香は指摘した。
「それも、難しいよな」と丹は言った。「じゃあ恋愛結婚はダメか」
「ダメどころじゃない、そもそも無理よ。無理無理」と恵梨香は身をかがめて言った。
「もういいよ!分かってる。二人の役立たず!」と楓は怒った。
手に顎を載せて、目を閉じた。友達の笑い顔を見たら集中できない。土曜日の正午はカフェが混んでいて、賑やかだ。家族でも友達同士でもインディーカフェで集まって、冷たい飲み物を飲みながら、暖かい春を楽しんでいる。インディーカフェは表参道にあり、今年の2月に開店した。カフェ巡りの好きな楓達には新しい集合場所になった。ソファは座り心地が良くて、また日当たりも完璧。眩しすぎないで、表参道の通行人の姿を見ることが意外と楽しい。
でも、今、目を閉じたままで、周りを忘れて、解決策を精一杯探している楓は初めてカフェの音に気づいてしまう。後ろで大学生のカップルがイチャイチャして、超うるさい。
恋人がいたら、楽だったかもしれない。29歳まで彼氏を作るために努力しなかった楓が悪いだろう。好きな人がいたらいいな。でも、閉じた瞼の前には誰もの姿が浮かんでこない。真っ黒だ。過去の知り合いについて考えても、男の名前すら覚えられない。高校、大学の時、頭の中にバーチャルアイドルしかいなかった。過去から同期になった滝崎和真だけを覚えているが、毎日仕事で会うからだ。
「同僚もダメかな」と楓は囁いた。
「誰について考えてる?」と丹は急に興奮した。
「別に、誰も」
同期の滝崎と青森は別の意味で嫌な人だし、付き合いたくない。他の同僚は既婚、年を取りすぎた、年を取りすぎない。そして、細かい問題だけれども、仕事で皆は楓のことが嫌いだ。最悪の社員だから。
楓はやっと目を開けた。
「ねぇ、恵梨香ちゃん。偽装結婚に契約しそうなゲイの友達はいないの?」
「えっ?私がゲイだから、ゲイの友達がたくさんいるって言いたいわけ?」と恵梨香は腹を立てた。
「うん」
「まあ、確かにそうだけど」
恵梨香はアイスコーヒーを一口飲む。
「男子の友達はほとんどいないよ。楓と契約しそうなやつを知らないよ」
楓は大きなため息をついた。
「まさか!ゲイもダメか」
「ごめん。同性婚がOKだったら喜んで楓と結婚してあげるけど」
「本当?」と涙が出るほど嬉しい楓は答えた。「ありがと!」
「楓と結婚したら彼女は怒らない?」と丹は聞いた。
恵梨香は一瞬怒り目で友達を見つめた。
丹は怖がって、首をすくめた。丹は恵梨香の真逆かもしれない。髪が褐色で、肩までまっすぐ。化粧も服もシンプル派。高校の時、休日にも制服を来ていた。「何を着るか考えたくないから」といつも言っていた。今は黒いズボンと白いブラウスで、とてもおしゃれだ。3人の中で、一番美人だけれども、基準が高すぎて、3日間以上誰かと付き合った経験がない。いつも相手の弱点を見つけて、厳しい上司のようにクビにする。きっとユキ様より良い彼氏が見つからない。
「そういえば、リナちゃんの写真を見たい?」と再び顔が明るくなった恵梨香は聞いた。
「見たい」と楓達は答えた。
恵梨香は鞄からスマートフォンを出して、早くギャラリーからカップルの写真を見せた。
「リナちゃんよ!」
小さい画面にゴシック系の格好いい恵梨香の隣に、ロリータ系の女の子が立っている。短い金髪をツインテールで分けている。何層もの化粧は人形みたいに顔を変えている。目がフィルターで凄く大きくて真っ黒に映している。ピンク色のコルセットとスカートを着ていて、同じ色の長いネイルのある指は恵梨香の手で心の形をしている。
「美人だね。」丹は驚いた。「何歳?」
「25だよ―」
「若いね。いいね」
「超可愛いよ」と楓は言った。
「羨ましいな・・・私も恋人ほしいな」と丹は悲しんだ。
「2人は無理よ」と恵梨香は笑った。「ユキくんのことしか考えてないから」
戦略会議は大失敗だった。
ケーキを食べ終わって、アイスティーを飲み切って、イチャイチャしている大学生のカップルも帰ったけれども、今日は解決策が見つからなかった。後363日。楓は契約結婚相手を見つけられなかったら、新しい貧乏生活が始まる。(本当は貧乏じゃない)
認められない。
きっと相手を見つけて、反対されても結婚してやる。今はまだ父のお金がある。お金で権力が来る。お金で全てが解決できる。
職場でライブのチケットを忘れた楓は夜に会社に寄ってきた。
月曜日まで待って良かったが、チケットがなくなることをとても心配して、カフェから帰った後も、家で落ち着かなかった。父親のせいで落ち込んだ楓は、友達からもらったシューティング・スターのアルバムも聴けなかった。ユキ様のデビューライブのチケットまでなくすわけにはいかないと思って、鞄を肩にかけて、職場に戻った。
外で夜の帳が落ちてきた。東京では星が見えない。でも、町の人工的な光を浴びて皆は空を無視している。いつも通りの土曜日の夜に、新宿で遊んだり、お酒を飲んだりしている人が多い。同期の青森達は、昨日一緒に居酒屋に行ったらしい。今の嬉しそうな酔っぱらっている社会人のように、楽しんでいただろうか。店を出て歌を歌ったり、叫んだりしていただろうか。楓が来たとしても、皆東京の夜を楽しめただろうか。
休日に会社に来ることは初めてだ。カギを持っていないので、入れなかったらどうしようと楓はひやひやしていたが、入口で警備員が見えて安心した。職員証を見せて、建物に入った。廊下が暗くて、誰もいない。早くエレベーターに乗って7階のボタンを押した楓はドキドキする。こんな時間にここにいるはずないので、ひどく違和感を感じる。外はあんなに賑やかなのに、対照的に、建物の中の静かな空気が不安になった。早くチケットを取って帰りたいと思った。
エレベーターのモニターが「7」を表示すると、ドアは空いた。楓はエレベーターを出て、オフィスへの透明な扉に向かった。電気が消えていて、非常口誘導灯の光だけが道を教えてくれている。真っ暗な事務室で楓はいつもの席に着いて、ライブのチケットが入っているコンビニエンスストアの封筒を手に入れる。
「もういいや。帰ろう」と呟いた。
振り向くと、デスクのモニターが眩しかった。楓は何百回も瞬きした。真っ暗な事務室で誰かのコンピューターが起動している。封筒を一旦自分のデスクに戻した。左右をチェックしたが、同僚の姿も影もない。よく見たら、眩しいのは滝崎のパソコンだ。消し忘れたのかしら。いや、彼がそういうミスをおかすとは思えない。滝崎は休日に一人で仕事をしているのだろう。
おかしい。
身の毛がよだった。そうなると、怪しい滝崎は会社で何をしているのか。知りたいけれど、知りたくない。滝崎にバレる前に帰った方がいいと思いながら、足が動かない。モニターはまだスリープしないで、普通のエクセルシートを表示している。個人情報もなくて、ただのシステムアップデート用のシートだ。本当に仕事をしていただろうか。どうして、休日に。いつも「忙しい」と滝崎は言っているが、ただの言い訳だと思っていた楓は当感した。普通に仕事をしている場合、普通に電気を付けてもいいのに。
部屋の奥にある会議室から音が漏れている。どうしようもなくて知りたがっている楓はひっそりと会議室に向かった。ドアが少し空いていて、光の影が絨毯を黄色で切る。
耳を傾けたら、「分かってるってば」と滝崎の声が聞こえた。
驚いた楓はドアのノブの逆方向に壁に仰向けになった。
「だから―だから落ち着いてよ」
敬語を使わない滝崎を聞くのはとても久しぶりだった。高校時代からだろうか。仕事で、滝崎はいつも冷たくて礼儀正しい。上司に叱られても、同僚と口論しても、いつも冷静だ。高校の時、先生に声を上げたり、授業中に机をひっくり返したりしていた。サボらないで実際に学校に来ていた日だが。学生、先生、皆怖がっていた。
「今は会社にいるよ。もう言ったじゃん。・・・いや、他に誰もいない」
楓は唾液を飲み込んだ。
「ちゃんと考えているよ。でも・・・」
誰と話しているだろう。敬語を使わないなら親しい相手か、敬語の要らない相手か。
「500万円なんてないよ」
500万?!
「ちょっと貯金があるが・・・そんなに・・・そんなにない」と震えている声で滝崎は言った。
「貯金全部でも200万円しかない。それでも仕事を始めてから節約できたお金なんだよ」
楓は顔を下げた。
7年間で200万円しか節約できなかった。毎月何もしないで父からお金をもらう楓は、節約の概念が分からない。滝崎は借金があるかもしれない。父親がうどん屋さんを閉店した影響で、お金を失っただろうか。滝崎は国立大学を卒業したらしいが、国立でも学費が安くはない。都内の物価も高いし、ここの給料とボーナスもあまり良くない。
でも、一番知りたいのは、どうして500万円が必要だったのかという理由。
「仕事が忙しくて、副業が難しいとおも―分かった、分かったよ。解決を見つけるから、ちょっと時間頂戴」と滝崎は小さい声で言った。その声はどこか絶望的な雰囲気を帯びていた。
滝崎から、こんな声を聞いたのは初めてだった。高校時代の怒りっぽい声と現在のロボットっぽい声しか知らなかった楓は、少し悲しくなった。怪しいと思いつつ、本当の滝崎のことについてあまり考えていなかった。不要だと思っていた。興味もなかった。
今日はようやく滝崎について知りたくなった。
急に500万円が必要になった理由は何だろうか。相手は誰だったか。ディーラー?麻薬や依存症等の問題があれば、お金が非常にかかると聞いている。お金を上げない(返さない?)場合、どうなるか。命が危ないか。
胸が痛くなった。
「マジか」と電話を切った滝崎はため息をついた。
椅子に座る音がした。楓はドキドキしながら、静かに机に戻った。会話が聞こえたことがバレたらまずい。暗い部屋の中で指でデスクに残った封筒を探している。
突然7階の電気がついてきた。
「鈴木さん?」
息が止まった楓は振り向いた。スイッチを押したままで滝崎は無表情で楓を見ている。
「い、今来たばかりですよ」と楓は喚き叫んでしまった。
静かなオフィスで楓の声が壁まで飛んだ。
「はい」
気にしなさそうだ。
「どうしてここにいるんですか」
滝崎と直接話すことはかなり変だ。今まで仕事中に背中同士だけは無言の会話をしていた。
楓は机を見て、早く封筒を取って、高く手で見せた。
「わ、忘れ物よ」
「そうですか」
「すぐ帰りますね」
「分かりました」
沈黙が落ちた。
いつも通り冷静な滝崎は楓の側を通って、自分の席に戻った。
楓は立ったまま、ちゅうちょしている。
「い、忙しいですか?」
無意識に聞いてしまった。
「はい」
「そ、そっか」
当たり前なことを言っている。心臓が重くて、早く会社を出たくなった楓は大切な封筒を鞄に入れた。
「じゃ、失礼します」
滝崎はモニターから目を離さず何も言わない。キーボードの音が流れている。
「お邪魔しました」とまるで滝崎の自宅にでも入ってしまったかのように楓は言って、透明なドアへ向かった。
手がガラスを触った瞬間、振り返った。
「滝崎さん」
目が合わない。聞いていないみたいだ。
「はい」
「無理をしないでね」
キーボードの音がやんだ。楓は内気に微笑んで、反応を期待せずにドアを押して、7階に止まったままのエレベーターに乗った。警備員に挨拶をせずに会社を出た楓は、春の冷たい風を歓迎した。建物に振り向いて、頭をあげる。7階だけはまだ明るい。
今日、元同級生・現在の同僚の滝崎は大金が必要なことが分かった。大金のある楓には、とても重要な情報だ。お金で権力が来る。お金で全てが解決できる。それは、滝崎も知っているはずだ。今の滝崎は怖いというより、むしろ可哀想だった。
悪いけれども、楓は笑う。
多分、思ったより早く問題の解決策を見つけたかもしれない。
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