第4話
「もう時間がない。帰るぞ、音々」
「
臥威というのが男の名前なのだろうか。俺は音々を庇うように、二人の間に割って入った。巨大な体躯から放たれる圧倒的な威圧感に、思わず気圧されそうになる。
「なあ、ちょっと待ってくれ」
「そこを退け」
「音々から話は聞いてる。バイト先の同僚なんだってな」
「……」
臥威の鋭い眼光が、俺を睨みつける。
「随分と、大変な仕事だって聞いた。音々も参ってるみたいじゃないか」
「珠樹……」
後ろで音々が小さく呟く。
「少しの間、休ませてやることはできないのか? そんなに簡単な話じゃないのかもしれないけど、せめて明日だけでも……」
臥威は俺の言葉を遮り、淡々とした口調で答えた。
「音々からどう聞いているのか知らんが、俺たちの役目はそんな軽々しいものではない」
「役目って……たかだかバイトだろう。そんな大げさな……」
「お前は一つ、大きな勘違いをしている」
臥威は俺を窘めるように、こう続ける。
「そもそも俺たちは、人間ではない」
「……は?」
予想に反した答えに、思考が停止する。いきなり、何を言っているんだ?
「人間じゃなかったら、何だっていうんだ」
「俺たちは歳神。お前たち人間の、営みを見守るものだ」
「神……。お前たちは、自分が神様だとでも言うのかよ」
「そうだ」
ちょっと、理解が追いつかない。
臥威の表情は真面目そのものだ。こんな面をしておいて、真顔で冗談を言うような面白キャラだったのか、こいつは?
「ふ、ふざけんなよ! こっちは真面目な話をしてるんだ。いい加減な事を……」
「事実だ」
臥威の回答はにべもない。助けを求めるように、俺は音々の方を向く。
「なあ、音々。お前も黙ってないで、何か言ってやってくれよ」
「……ごめん、珠樹」
音々は沈痛な面持ちで首を振り、臥威の言葉を肯定する。
「嘘、だろ……」
訳がわからなかった。いきなり神様です、なんて言われたところで信じられる訳がない。
「歳神はね、一年ごとに代わる代わる役目につくの。臥威は今年の歳神で、わたしは来年の歳神」
「……じゃ、じゃあ、歳神の役目ってのは、一体なんなんだ」
「一年の間に起こる出来事はね、その年の歳神が司っているの。歳神が役目に就かないということは、その年に何も起きないってこと。言い換えれば、歳神が役目に就かない限り、新しい年は訪れない」
音々はあらかじめ用意されていた台本をなぞるように、すらすらと答える。
こいつらは一体、何がしたいんだろう。あらかじめ話を合わせておいて、俺を騙そうと企んでいたのか? どうして? 何の得があって?
こんなドッキリ紛いの嫌がらせを受けるために、俺は一日中振り回されていたのか?
さっきまで音々と話していたことも、過ごしていた出来事も、このための嘘だったのか?
「話は済んだか」
「臥威……」
後ろで待つ臥威が、俺たちに声をかける。
「信じろとは言わない。だが、こちらも急いでるんでな。……行くぞ」
目の前で起きている理不尽な出来事に、俺はだんだんと腹が立ってきた。
音々を連れ戻そうとする臥威の前に立ち塞がり、進路を妨害する。
「……なあ。臥威、だっけか。歳神さまってのは、その年の人間の営みを司ってるって話だよな」
「そうだ」
この期に及んでも、臥威の態度は相変わらずだ。
「じゃあお前は、俺が今年一年、どういう風に過ごしてきたのかもお見通しって訳だ」
「そういう事になるな」
「……ああ、そうかよっ!!」
俺は拳を振り上げ、おもむろに臥威に殴りかかった。その拳を臥威は、難なく掌で受け止める。
「ちょっと珠樹、何してるの!?」
「……何のつもりだ」
ふつふつと、頭の奥から怒りが湧いてくる。
俺にはこいつらが、本当に神様かどうかなんてわからない。
けど、俺をハメようとしてるにせよ、あるいは本当に神様であるにせよ、この怒りをぶつける相手として不足はない。
「俺はな……ちょうど神様ってやつを、ブン殴ってやりたいって思ってたところなんだよ!!」
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