あなたのプロローグ

結果から言うと、腹を壊したのは私だけだった。

可哀想な自身の腹を抱えながらうずくまってトイレで泣く。

悔しくて、惨めで、なんていうかとにかく。


「う、うううう、……ぅ……。」


玄関よりも薄いドア1枚隔ててケロッとしてるお前があたふたしている気配がした。パタパタとなにか忙しなく動いている。

ああ、そうだよそういう奴だ。

お前は、私が作った腐ったりんごパイをにへらにへら笑いながら平らげて、その後平気で死ぬまで笑顔で過ごす奴だ。


「ど、どうして泣いてるの?苦しい?救急車呼ぶ?」


泣きたいのに理由なんて必要か、そういうところが嫌いなんだよ。ドアの向こうのくぐもった声の心配をそう一蹴してしまいたかった。

私の不調に敏感なそういうお前の気遣いすら鬱陶しくて当たってしまったことを思い出すから。腐らせて、しまい込んで起きたかった思い出が鳴きだしてしまうから。


その思考を切り裂くように着信音が響く。

お前の携帯からだった。


「……あ、もしもし?」


なにか、電話に出てる声がする。


「うん、」


その相槌は遠ざかってく。

電話の声が私にとって鬱陶しかったらいけないと気を使っているらしい。


「ああ、……。」


床に散らばった私のものを踏まないように大股で歩いているんだろう。のし、のしと1歩1歩がおもく聞こえて離れていく。


どんどん聞こえなくなって玄関ドアの開閉音がした時ついぞ1人になってしまった気がした。


電話がおわったらきっと戻ってくるんだろう。

そうしてまた右往左往するのだろう。

それは分かっている。その上で体感温度が何度が下がった気がして、出ていた涙さえ凍るのだ。


滅多に携帯の鳴らない私にとってお前のその挙動は眩しくてたまらない。


正直なところ、お前が持ってきたリンゴは酸っぱくて青くてかなわなかったんだ。

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