価値観とか

のーと

私のエピローグ

なんでうっかり開けてしまったんだろう。


ビニール袋からこぼれ出てしまったものだから、膝を曲げず手だけを伸ばして、一見ものぐさのような姿勢でつまみ出すように触れる。

イメージと真反対の感触だった。

ぶに、と押したらなにか染み出てきそうな柔さだった。


もうひとつ入っていた青りんごも直視しなかったからよく分からないが、確かしっかり黒ずんでいた。


長い間地面についていたであろう箇所は特にじっくり傷んでいて、黒点のようにそこにあった。

なにか恨まれているような気がして、早く手放したくて、気味の悪い手触りが分からぬよう手のひらから転がしてビニール袋にいれ縛った。


もとより赤かったりんごと、黄緑色だったりんごは袋の中でぶつかったはずだがその音はしなかった。

忘れてしまって捨てる前にもっととんでもなく腐らせてしまったらきっと虫がたかる。だからわざわざ見える位置に放置しておく。


床を埋め尽くす服を空っぽのハンガーラックに几帳面に掛けていく。ハンガーが足りなくなって、しまい込んでいる倉庫部屋に追加分を取りに行くことを、今日は億劫に感じなかった。


かしゃん、かしゃんとハンガーに厚手の冬服を掛ける時ふと、己の手から先程付着したりんごの欠片が香った。

甘い甘い香りがした。

腐敗しているからなのか強く、気持ち悪くさえなる程。


何となく鼻がツンとなって視界が滲む。顔から手を遠ざけて洗面所へ向かった。


その時ピンポーンと部屋に響いたので蛇口を捻って止める。


近所に友達の居ない私と頼んでない宅急便。

ならば立っているのは間違いなくお前だろう。

先程床に散乱する物どもをのけてやっとできた道をバタバタバタとまっすぐ玄関まで踏む。


未だに出しっぱなしの趣味じゃないやっすい蛍光色のサンダルを引っ掛けてドアノブに片手を添えた。


「なんの用。」


開ける前に1度。声を張るついでに怒気を含めて隔てた先のお前に仕掛ける。


「リンゴ!友達から送られてきたんだあ。」


単語にアクセントの効いた子供らしい感じ。

まさにお前だ。


「ああ、そう。」

そう言いつつなるべく自然なタイミングでノブを下げて開く。

徐々に視線をあげて目を合わせるとうざったい笑顔が目に入る。発光でもしてんのかって程眩しい。

多分、最近全然外に出てないから、それもあって余計に。


「おじゃましまーす。」

ビニール袋のカシャカシャ言う音と一緒に低い段差を超えて侵入してくる。

もちろん相槌さえもうたずにリンゴだけ受け取る。

お前が片手で持ってたそれは、私には重く両手でしっかり掴んでいる必要があるのは癪だった。


「何個か剥いたげよう。」


シンクに皿とプラスチックゴミが積み重なったうちのキッチンにいつの間にか立っていて、既に包丁を探し始めている。


鼻歌を歌うお前から目をそらすと、縛って置いておいたリンゴの痣と目が合った。もう匂いは収まっていたので、近ずいていってみて、つまんで固結びの下をばつん、とハサミで切り落とした。

もちろん落下していったが、床にあたってもりんごは鳴らなかった。




2時間くらい経った頃、今度は私がキッチンに立っていた。すっかりこたつで寝こけているお前にあの頃とおそらく同じ種類の苛立ちが湧く。

オーブンからほとんど出来上がりのアップルパイを取り出してしばらくすると鼻をひくっとさせた後に俊敏に起き上がる。

「アップルパイ?!大好物。」

正解なので、否定する必要がない。故に声をあげることはしない。背を向けたまま天板を慎重に持ち上げた。

用意しておいた白い皿にアップルパイをおろす。砂糖を回すように降らせて完成。わざわざ両手で皿を持って、染み付いた甲斐甲斐しい振りのまんま優しくコタツのテーブルに置いてやった。


レシピでは、最後にミントをのせるらしい。ただ、ミントに熟しすぎたりんごは似合わない。

でもお前にはお似合いだと思うよ。

もちろん私にも。

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