5話 2人の死にたい理由
あの自殺オフ会失敗の日から約1ヶ月が過ぎたが、俺は相変わらず酒浸りで、引きこもっていた。「人は変われる」と言う人がいるが、俺の場合、全く変われる気がしない。
ただ1つ変化があったとしたら、それは田中さんと少し仲良くなった事だ。田中さんとはほとんど毎日ラインでやり取りしている。あれから田中さんの身には何も起きてないそうだ。1ヶ月も経てばもう安心だろう。
部屋で酒を飲みながらぼーっとしていたら、夕方頃、田中さんからラインが来た。
『佐藤さん、暇です。なんか面白い話してください』
暇です。と言うが、俺の方が絶対暇だと思う。何故ならこっちは3年以上も引きこもっているのだ。しかも、面白い話をしてくれと頼まれた。面白い話なんてない。俺は毎日自殺のことしか考えてないからだ。
「面白い話か……。あいり、なんか面白い話ある?」
あいりに訊ねると、あいりは不機嫌そうな声で言った。
「優雅って最近田中さんと毎日ラインしてるよね。田中さんと私のどっちが好きなの?」
「あいりに決まってるじゃん。田中さんはただの知り合いだよ」
「てか、私っていう彼女がいながら、他の女とラインするっておかしくない?」
「向こうが送ってくるんだからしょうがないじゃん。返さないのも失礼だろ」
「じゃあ私が他の男と付き合っても良いんだ?」
「それは嫌だよ」
「優雅が今やってることは、それと同じだよ。私は優雅が田中さんと仲良くなるのが嫌なの」
「そっか。じゃああんまり関わらないようにする」
俺は田中さんへの返信を適当に書くことにした。
『昨日、下痢が出た。楽しかった』
◆
俺は死んだ目でウイスキーを飲みながら、ノートパソコンを開いて、適当なネット小説を読んでいた。だが、すぐに読むのをやめた。
ニートになって脳細胞が死んでから、映画や小説など、あらゆる創作物を脳が受け付けなくなった。脳が拒否をする。会話や活字が頭の中に入ってこないのだ。
そんな俺だが、趣味で小説を書くことがある。読むのと書くのは全く別だと感じる。小説を書くのは簡単だ。思いついた事をただ並べていればいい。だが、小説を読むのは難しい。全てを咀嚼して情景を思い浮かべなければいけないからだ。
俺はウイスキーを飲みながら、最近ネットに投稿している連載小説の続きを書き始めた。
すると、あいりが横から言ってきた。
「最近よく小説書いてるね」
「うん。書いて、ネットに投稿する」
「ふーん。小説書いてて楽しい?」
「普通」
俺は更に酒を飲むペースを早めて、執筆に取り掛かる。
「ちなみに俺が書いてるのは、引きこもりニートが主人公の現代小説」
「……それって面白いの? ニートが主人公だと、物語の展開が無くてつまんなそう」
自分の小説が面白いかつまらないか、そんなこと考えたことがなかった。まあ、空っぽの頭で書いているから、内容も必然的に空っぽであろう。「面白い・つまらない」という以前に、きっと空っぽなのだ。
1時間ほど書いたところで飽きたので、俺は小説を書くのをやめた。そして、一本タバコを取り出して、吸い始めた。俺が吸っているのはピースという銘柄のタバコだ。タールとニコチンの値が普通のものに比べて高いので気に入っている。
ピースの煙を肺まで大量に吸って、吐き出す。すると、ヤニクラが起こって、頭がクラクラして、気持ちよくなった。この感覚はタバコでしか味わうことができない。
「けほっ、けほっ」
俺が口からピースの煙を吐き出すと、あいりがわざとらしく咳き込んだ。
「私、優雅の嫌いなところ5個あるよ」
「5個も?」
「うん。1つ目はタバコ吸うところ。2つ目はアル中なところ。3つ目は飲酒運転するところ。4つ目はすぐ死のうとするところ。5つ目は田中さんと楽しそうにラインして私に構ってくれなくなったところ」
「別に楽しそうにラインしてないよ」
「嘘つき。ラインしながらたまにニヤニヤしてるじゃん。どうせ私より田中さんの方が好きなんでしょ。23歳の無職が女子高生のこと好きになるって問題あると思うよ。死ねよロリコンニート」
あいりの機嫌がめちゃくちゃ悪くなっている。俺はたしかに田中さんとラインしながらニヤニヤしてたことはあるが、あいり以外の人間に恋愛感情を持ったことは無いし、これからも持つ予定は無い。
「俺はロリコンじゃないし、あいりのことしか好きじゃない。どうやったら俺があいりのこと愛してるって証明できる? 今ここで腕切れば分かってくれる?」
「……うん。じゃあ腕切ってみて。そしたら私のこと愛してるって認めてあげる」
俺はノートパソコンのすぐ横に置いてあった果物ナイフを手に取って、自分の左腕を切った。すると、一筋の線が生まれ、そこから血が出てきた。鋭い痛みが走る。
「いいよ。優雅が私のこと愛してるのはわかった」
「よかった」
ティッシュで止血したが、血は止まる気配がない。俺は一階に降りて、腕に包帯を少し巻いた。
その後、俺は再び自分の部屋に篭り、酒を飲みまくっていた。ふらふらと酩酊している。そんな時だった。
「優雅ー! ちょっと下に来い」
父親が俺を呼ぶ声だった。今日は土曜か日曜のどっちかなので、父が家にいる。
俺は内心めんどくせえなと思いつつ、部屋を出た。もちろんあいりもついてきた。
◆
リビングに入ると、真ん中のテーブルのところに父親が座っていた。俺はそれに対面する形で、座った。俺の横にあいりが座った。
すると突然父が言った。
「優雅、最近なんかストレスでもあるのか」
ストレスなら毎日酒で発散している。
「別に無い」
「半年くらい前、突然優雅の独り言が酷くなって、そのあたりから優雅の様子が全体的におかしい気がするんだよ。それは父さんの目から見ても分かる」
「別に俺は何もおかしいところなんてない」
「そういうのは自分じゃ分からないものなんだよ。優雅、一回先生にちゃんと診てもらおう。優雅はいつも誰かと一緒にいて、その人と喋ってるんだろ? 今もそこに誰かいるのか? 誰がいるんだ?」
「はいはい、私でーす!!!!」
あいりが手を上げて、快活に言った。
俺は、またあいりの話か、と思った。
「誰もいないよ」
「嘘つくな。母さんや結衣も言ってたぞ。優雅が見えない誰かと喋ってるって。そういう病気は治さなきゃだめだ」
「私病気じゃないもん。勝手に私の存在を病気扱いしないでくれる?」
横からあいりが文句を言っている。
「とにかく、近いうちに、父さんと母さんと優雅で病院に行こう」
「え、絶対やだよ。俺は行かない」
「それと優雅、酒の量をもっと減らせ。最近飲み過ぎてるだろ」
「絶対無理」
俺は全てを断固拒否した。
病院にも行きたくないし、俺から酒を取ったら何が残る? 俺は現実の辛さから逃れる手段として酒を使っているのに、それが奪われたら、俺はどうやって現実と対峙すればいいのか。
「優雅のことが心配だから言ってるんだ。優雅が引きこもりになってから、優雅はどんどんおかしくなってる。もしかしたらいつか自殺してしまうんじゃないかって心配してる。さっきだって、手首を切っただろう。一階に来たとき血が見えたぞ。それに腕だってタバコを押し付けた痕が沢山ある。正常な人はそういうことはやらないんだよ。優雅は心が疲れてるんだ。病院でちゃんと診てもらって、休んだ方がいい」
過保護すぎるのではないだろうかと俺は思った。俺は俯きながら言った。
「俺は全然平気だよ。病院にはいつも通り、1人で行く」
俺がそう言うと、父親は懇願するようにこう言った。
「優雅、頼むから、自殺だけはしないでくれよな。頼む。優雅は俺にとって何よりも大切なんだ。俺は優雅が自殺しそうで心配だ。何かあったら何でも言ってくれ」
「優雅のパパは良いパパだね。私のパパなんてアル中でギャンブル中毒で仕事クビになって宗教に依存した挙句に首吊って死んだよ」
横からあいりが明るい口調で暗いことを言う。俺はあいりの家庭環境について詳しい。大体のことは知っているつもりだ。
「自殺はしないよ」
俺は曖昧に返事をした。
俺は毎日自殺のことを考えている。1ヶ月前には、自殺オフ会にも参加した。計画は始まる前に頓挫したが、もしかしたらあの日、俺は死んでいたかもしれないのだ。
【死】は常に俺のそばにある。死は常に俺の日常生活に根差している。死ぬことを考えることで心が少し楽になる。
どうして俺が生きているのかといえば、それは、本能的な問題だけだ。痛いのが怖い。という点に尽きる。
「自殺しないって約束できるか?」
父親は力強い口調で言う。
「うん。自殺しないよ」
弱々しく答える。
「じゃあ指切りしよう」
父親は、俺の前に小指を出してきた。俺は父親の小指に自分の小指を合わせる。すると、父親は俺の小指を強く握った。
指切りなんて、いつ以来だろうか。小学生以来かもしれない。
「絶対自殺するなよ。わかったな?」
「わかったよ」
「パパ、絶対優雅わかってないよ」
あいりの言う通り、俺はわかってなかった。自殺する気満々だった。
◆
俺は酒を飲みながら考えた。
前回、自殺オフ会した際は、主催者がクズすぎて頓挫した。だったら主催者がまともな奴なら成功する。つまり、俺が自殺オフ会の主催者をやればいい。
でも、俺は自殺オフ会を主催するのがめんどくさいし、知らない人とやり取りするのもめんどくさいし、諸々の準備もめんどくさい。それに、参加者の中に出会い厨みたいな奴がいたら、この前みたいに破綻してしまう。だから、信頼できる人と死にたい。
と思っていたときに、俺の中に一つの案が浮かんだ。
「そうだ。田中さんと一緒に自殺すればいいんだ」
「田中さん?」
「そう。田中さんなら互いに素性も知ってるから安心して一緒に自殺できる」
「じゃあ私も参加する。私と優雅と田中さんの3人ね。優雅と田中さん2人きりで会うのは許さないから」
「わかってるよ。2人で会ったりしない」
俺は田中さんにラインを送ることにした。
『俺と田中さんで一緒に練炭自殺しませんか? 道具とか車は全部俺が用意します。この前はあいつがいたから出来なかったけど、田中さんと俺だったら無事に死ねると思うんです』
すると、30分後くらいに返信が来た。
『わかりました。私も、佐藤さんと一緒だと安心感があります。よろしくおねがいします。日にちとかは佐藤さんにお任せします。一緒に死にましょう。あと、睡眠薬は私が大量に持ってるので、私が持っていきます』
俺は酒を飲みながら、あいりに言った。
「田中さんと死ぬことになった」
「そういえば田中さんってなんで死にたいんだろうね」
「俺も実は田中さんが死にたがっている理由が前から知りたかったんだけど、そういうことはあまり詮索しない方がいいと思って、今まで聞いたことがなかった。聞いてみるか」
俺は田中さんが死にたい理由を思いきって聞いてみることにした。
『そういえば、田中さんはどうして死にたいって思うようになったんですか?』
すると、10分後くらいに返信が来た。
『私は母子家庭なんですが、小さい頃からずっと母からの虐待を受けてきました。そのせいで自己肯定感の無い人間に育ったんです。対人恐怖症で、社交性もないし、人との距離感もわからない。だからみんなから嫌われてました。中学生になった頃、自暴自棄になって、ネットで知り合った男性と援助交際をするようになりました。お金が欲しかったわけじゃありません。自分のことがとにかく嫌いで、自分のことを汚したかったんです。自傷行為みたいなものでした。高校生になってもずっと援助交際は続けてました。それで最近になって、そんな今までの自分の人生を振り返って、酷く自己嫌悪して、死にたくなってきました。私は汚いし、まともな人間じゃない。他にも死にたい理由はありますが、感覚的なものなので、うまく言葉で説明できません。死ぬ理由がしょぼくてすいません。とにかく私は今まで生きてて幸せというものを感じたことがないし、ずっと孤独だったし、生きたい理由もありません』
俺のスマホの画面をあいりが覗いている。そのうち、あいりがつぶやいた。
「田中さんも色々あったんだろうね。まあ私も結構辛い人生だったけど。パパもママも私が小さい頃に自殺したし。友達もいない。家も無い。だからずっと優雅の家に住んでるんだけどね」
「うん。死ぬまでずっと住んでていいよ」
俺は田中さんに返信した。
『教えてくれてありがとう』
◆
翌日、俺は練炭自殺の準備に着手し始めた。
俺は練炭自殺の知識があまり無いから、事前に知識を得ておく必要があった。俺は匿名掲示板から、練炭自殺の知識を得た。必要な道具や、詳しい手順はその掲示板に全て書いてあったので、それを参照しながら、ホームセンターで道具を買ったりした。ホームセンターで買えないものはネット通販で買った。全てを揃えようと思うと、結構な金が掛かってしまった。俺の金の発生源はもちろん親である。親が俺の口座に振り込んだ金を使っている。それに対する罪悪感は、もはや無い。
家に帰って、酒を飲みながらぼーっとしていると、田中さんからラインが来た。
『佐藤さんが死にたい理由も知りたいです。この前教えてもらったけど、もっと詳しく知りたいです。もし教えるのが嫌だったら、言わなくて大丈夫です』
俺は、できるだけまともに返信した。
『引きこもりで人生に絶望してるっていうのが一番の理由ですが、実は俺はASDという発達障害を持っています。つまり自閉症です。この発達障害があるせいで、集団や社会に馴染むのが異常に苦手な人間に育ちました。常に孤独を感じながら生きてきたし、間違いなく、これからもずっと孤独なままだと思います。小さい頃から今までずっと生きにくさを感じて生きてきました。集団の中では必ず浮いていたし、友達だってほとんどいたことがありません。大人になるにつれて、生きにくさはどんどん増しました。まともな社会人になれませんでした。俺が死にたいのは、自閉症であることが理由です』
〜次回に続く〜
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