3話 就活
翌日の昼間、俺は缶チューハイを飲みながらネットで近所の求人情報を見まくっていたが、どの仕事も辛そうに見えた。最終学歴が専門中退で3年以上の空白期間があるので、選べる仕事は自ずと限られてくる。慢性的に人手不足が謳われる介護か工場くらいだろう。それか、コンビニバイトとか?
仕事をする上で何が1番辛いかというと、人間関係だ。俺も20歳まで工場で働いていたが、人間関係に相当苦しめられた。社内で俺だけがとても浮いていたのだ。だから、出来るだけ人間と関わらない仕事が良い。昔ネットで見たが、人が抱える9割のストレスは人間関係が根源らしい。人間なんてみんなくだらない。全員死んでしまえ。
そんな中、ふいに警備員のバイトの求人が目に止まった。駅前の警備を任されるらしい。
「あいり、警備員のバイトってどう思う? あれってただ突っ立って棒振ってるだけじゃん。コミュニケーション能力うんこな俺にも余裕で出来そう」
「同じ作業の繰り返しですぐ飽きそう。優雅ってかなり飽き性だからどうせ続かないよ」
「じゃあどういう仕事が向いてると思う?」
「えー、知らない」
「俺も知らないよ」
「じゃあ私はもっと知らない!」
「……」
全てが暗礁に乗り上げてしまった。俺にはどういう仕事が向いてるんだろう。そもそも生きることに向いてないんだから、向いてる仕事があるわけない。
あと、今俺は、酔っているのでテンションが高い。俺は天を仰いで、咆哮した。
「あー! 仕事探しなんて馬鹿馬鹿しい! やってらんねえ!」
「どんな仕事したって、どうせすぐやめるのにね。私、知ってるよ。優雅って普通の人の何十倍も頑張ってやっと人並みになれるんだよね。だから小さい頃から今まで、ずっと辛い思いしてきたと思うけど、優雅は本当に頑張って生きたと思うよ。誰もそのことを優雅に教えてくれないから、私が教えるしかないんだよね。優雅はクズだけどクズなりに頑張って生きたよ。甘えてなんかない。私、すごい真面目に言ってるよ」
「そうかな? 俺って頑張った?」
「頑張ったよ。社会が定めた“普通”なんかに従う必要ない。優雅は普通を目指すだけで精一杯なんだから。結局、優雅のママは普通の人間だから、優雅の気持ちなんて分かんないんだよ。優雅は働かなくていい。仕事なんて探さなくていい」
あいりの言葉は優しかった。だが、優しい言葉をかけられたことにより、俺は尚更、働かなければいけないんじゃないかという念が湧いてきた。あいりの優しさに甘えちゃいけないような気がした。
「俺、警備員のバイトに応募するわ」
すると、横にいたあいりは、拍子抜けしたように言った。
「え? 本気で言ってるの? 今の優雅に仕事なんて出来るわけないじゃん。毎日ずっとお酒飲んでて、ずっとフラフラしてるじゃん。こんな状態で仕事なんて出来るわけないよ。今だってフラフラしてるのに」
「出来るって。大丈夫だよ。あと、こういうのは勢いとノリが大事なんだ。これだって思った仕事が見つかったら、何も考えず速攻で応募するのが一番いい。心変わりしないうちに応募しないと」
「私はまだ優雅は仕事するような段階じゃないと思うけどな……。だって優雅のママも鬱が治ってから仕事探せば良いって言ってたじゃん。そんな急がなくても……」
「よし、今日は履歴書を買いに行こう。あとスーツ着て照明写真も撮る」
俺は、求人サイトのページから、駅前の警備員の求人をクリックして、詳細を開いた。8時から17時までで日給1万円か。なかなか良いじゃないか。365連勤したら、年収365万になる。年収365万は、結構よくないか? 俺は、【応募する】という項目をクリックして、メールアドレスなどを記入した。その後、面接日を決めるページに飛んだので、俺は明日を面接日にした。明日の午後2時から面接だ。全ての行程が終わると、俺のパソコンにメールが数件送られてきた。「ご予約ありがとうございます。詳細はこちらのURLからご覧ください」的なメールが2通来ていた。持ち物は履歴書と筆記用具らしい。
「え、ほんとに応募したの?」
「うん」
「急すぎるよ。しかも面接日が明日って」
「俺の経験上、こういうのは、酔った勢いで応募するのが1番良い。前の仕事の時だってそうだったし」
◆
俺はあいりと徒歩5分の場所にあるコンビニに向かった。そして履歴書を買った。家に帰ってから、俺はクローゼットを開け、めっちゃ久しぶりにスーツに着替えた。ネクタイの締め方を忘れていたので、ネットで調べながら締めた。
自分の部屋を出て、階段を下って玄関に向かうと、たまたま母と遭遇した。母は驚いたような顔をして「どうしたの。スーツなんか着て」と言った。
「明日面接あるから、証明写真撮りに行く」
「え! なんでそんな急に……」
「俺もそろそろ仕事したほうがいいと思って」
「優雅の鬱病が治ってからでいいって言ったでしょ?」
「いや、俺は鬱病じゃないよ。じゃあ行ってくる」
「ねぇママ、優雅はかなり馬鹿なんだよ。だから何言っても無駄」
母親は無言だった。
俺は徒歩3分の場所にあるスーパーにあいりと2人で向かった。そのスーパーには証明写真機が併設されている。俺が証明写真機の中に入ると、あいりも続いて中に入ってきた。2人も入ったら、スペースが狭すぎる。ぎゅうぎゅうだ。
俺は説明に従って、液晶画面を押していった。そして顔の位置を合わせて、写真を撮る番になった。すると、あいりが俺の頬に頬をすり寄せてきて、あいりも無理矢理証明写真に写ろうとした。俺はそれを無視して、写真を撮った。
撮影した証明写真には、やっぱり俺の姿しか写っていなかった。
「優雅ってこうして見ると結構イケメンじゃない?」
「どこがだよ。ゴミだろ、ゴミ」
家に帰った俺は、履歴書を書き始めた。文字を書くということがかなり久しぶりのことだったが、割と上手い字が書けた。履歴書自体は20分ほどで書き終わった。液体のりで証明写真を貼り付ける。そして封筒に入れ、封筒に「履歴書在中」と書いた。これで準備は万端だ。
「優雅のその行動力はどこから出てくるの? 今まで3年間ニートだったのに」
「酔った勢いだよ。酔ったら、なんでも出来そうっていう全能感が湧いてくるんだ」
◆
翌朝になると、俺の心は、かなり暗くなっていた。昨日の行動力が嘘のようだった。
「……」
シラフの俺は、椅子に座って、放心していた。頭の中によぎるのは「面接行きたくねえ」という思いばかりだった。昨日の俺とは打って変わって、本当に別人だった。面接当日になると、俺の心はかなり暗く、重くなっていたのである。
「どうしたの? 元気なさそうだけど」
「どうしよう。死ぬほど面接行きたくない……」
「やっぱりね。私、絶対そうなると思ってたよ。面接に行かないんだったら、ちゃんとその会社に電話して、『ごめんなさい。やっぱり面接は行けません』って言わなきゃだめだよ」
「電話するのも嫌だ。電話しなくていいかな?」
「うーん、まぁ良いんじゃない? 相手には失礼だけど」
ということで、俺は電話せずに面接をキャンセルすることにした。いわゆる“バックれ”だ。
母親には、「ごめん。やっぱり面接行かないことにした」と言った。母親は「そう。それでいいと思うよ。でも、ちゃんと会社には電話するんだよ」と言った。「わかったよ」と俺が言うと、横にいたあいりが「わかってないよ」とつぶやいた。
こうして、俺の求職活動は水泡に帰したのであった。
◆
その後、部屋でウイスキーを飲みながら、あいりとしばらく話していたら、母親が階段を上ってくる音が聞こえたので、俺とあいりは会話を一旦中断した。やがて、母親が俺の部屋の扉をノックして、部屋の中に入ってきた。
「優雅、ちょっといい?」
「なに」
母親は、扉の前に立ったまま、平坦な口調で俺にこう言った。
「優雅はしばらく精神病院に入院した方がいいと思うの」
「え、なんで」
「じゃあ優雅は、ずっと誰と喋ってるの?」
「……」
俺は無言になった。すると母親は畳み掛けるようにして俺にこう言ってきた。
「今まであえて言わなかったけど、お母さんは優雅の精神状態がおかしいことにずっと前から気付いてたよ。ずっとぼーっとしてるし、目だって虚ろだし、一階にいると、優雅の独り言だって聞こえてくる。まるで誰かと喋ってるみたいに。優雅は誰と喋ってるの?」
「私だよ、私」
と、あいりが口を挟む。
俺はこう言った。
「別に。ただの独り言だよ」
「お母さんにはそうは思えない。結衣だって前から言ってたよ。『お兄ちゃんが毎日ずっと誰かと喋ってる』って。優雅はたぶん何かの病気なんだよ。正常じゃない」
「病気なわけない。仮に俺が病気だったとしても、俺は精神病院なんかには絶対入院しないから。入院なんてする意味が無い」
「私も優雅が入院する意味無いと思う。だって優雅は生まれつき頭がおかしい人間だからね。生まれつきおかしい人は、入院したって何も変わらないし、何も根本的な解決にはならない」
あいりの言葉は正論に思えた。今にして思えば、俺は小さい頃から生きにくさを抱えていたし、小さい頃から常に、周りから浮いている子供だった。つまり俺は小さい頃から頭がおかしい人間だった。どうしても周囲の人間と馴染むことができない。仮に仲良くなれたとしても、それは一時的なものに過ぎず、すぐに俺は仲間外れにされた。そういった事実が、俺の頭のおかしさを裏付けている。生まれ持った俺の性質は、何をどうやっても変えられない。
つまり、仮に俺のそばからあいりがいなくなったとしても、俺の頭のおかしさは治ることが無い。だったら、あいりがいてもいなくても同じことじゃないか。
「とにかく俺は絶対精神科には入院したくない」
「今も誰かいるんでしょう。そこに」
俺のすぐ真横にあいりがいる。
「誰もいないよ」
俺は真顔で嘘をついた。
母親は困ったような顔でしばらく黙り込んだ後、そのまま部屋を出て行った。
しばらくしてから、あいりがつぶやいた。
「なんか私がいるせいで優雅の頭がおかしいみたいになってるね」
「いや、あいりは何も悪くないよ」
◆
俺はその後、ノートパソコンを開き、ぼーっと匿名掲示板を見ていた。自殺に関する掲示板を見ていると、やがて俺の目を引く書き込みが目に入った。
『北関東に住んでる方で一緒に練炭自殺してくれる人を募集します。車や練炭など、準備は全て私がします。今までずっと1人で生きてきたので、最期の時くらいは誰かと一緒に逝きたいです。もし一緒に死んでくれる方がいましたら、こちらの捨てアドまでご連絡ください』
自殺オフ会か。俺は若干興味が湧いた。しかも俺が住んでいるのは群馬県で北関東だ。俺はその捨てアドにメールを送ってみようか迷った。
「優雅、自殺オフ会に参加するの?」
「どうしよう。迷ってる。一応メールだけ送ってみようかな」
「私は死んでほしくないけど……」
「メール送るだけだよ」
俺は簡単なメールを書き始めた。
『初めまして。群馬県在住の23歳の男です。あなたの書き込みを読んで、自殺に参加したいと思ったのでメールを送らせていただきました。具体的な日時や場所などを教えていただけると嬉しいです』
すると、15分後くらいに返信が来た。
『メールありがとうございます。私は栃木県に住んでる25歳の男です。具体的な日時や場所はまだ決めていませんが、私を含めて2人か3人で決行したいと考えています。また詳しい情報が決まり次第、連絡します。ちなみに私は無職で引きこもりです。大学を中退した頃から引きこもりになり、それ以来ずっと家に引きこもっています。生きていても苦しみしかないので、今回、掲示板で自殺志願者を募りました。甘えている人間だと思われるかもしれませんが、私はもう限界です』
俺はそのメールに返信をすることにした。
『私も無職で引きこもりです。私は20歳の頃に仕事を辞めて引きこもりになりました。なので引きこもり歴は3年になるのですが、あなたと私は境遇が似ているなと思いました。生きていても苦しみしかないというのは、同感です。生きてたって何もいいことないですよね。私は、あなたが甘えているとは思いません』
俺は勝手に40歳とか50歳のおっさんを想像していたので、25歳の若者だとは思わなかった。しかも無職で引きこもりであるらしい。
「優雅に似てるね、この人。どうする? 私が優雅よりもこの人のこと好きになっちゃったら」
「そしたら俺はあいりにDVする」
俺は冗談でそう言った。
〜次回に続く〜
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